第48話 逆侵攻という発想
「……平和、だな」
自分で言っておいて、ちょっと笑いそうになる。
つい数日前まで、街一つが消し飛びかけてたとは思えないくらい、天霧市はいつも通りだった。
朝の通学路。自転車の音、学生の雑談、コンビニの前でたむろする連中。
全部、普通。
「理久くん、今の“平和だな”って絶対フラグよね?」
横から澪がじとっとした目で見てくる。
「フラグとかじゃなくて事実だろ。少なくとも今はヴォイドの出現兆候なし。フェーズレーダーも静か」
「そういう問題じゃないのよ……」
ため息をつきながら、澪は前を歩く。
その背中は、前より少しだけ軽く見えた。
まあ、無理もない。
バル=グラドを倒した。
四天王を一体、確実に仕留めた。
それはつまり——
「人類が、ちゃんと勝てるって証明した」ってことだ。
「よーっす理久! 今日も平和だな!」
後ろから元気すぎる声。
振り返ると太陽が全力ダッシュでこっちに来ていた。
「お前もそれ言うのか」
「いやだってよ! なんかこう……勝った後って感じするじゃん!」
「ゲームじゃないんだから」
「でも実際勝ったじゃん!」
間違ってはいない。
間違ってはいないけど——
「勝った“だけ”だろ」
そう言うと、太陽は「え?」って顔をする。
澪も足を止めて、こっちを見る。
「四天王一体倒した。でも残りは?」
「……あ」
「ルク=エリオス。イグ=レイヴ。それに——ゼル=フィア」
名前を並べるだけで、空気が少しだけ重くなる。
太陽は頭をかきながら、
「……まあ、確かにあと三体か……」
「しかも一番強いのが残ってる」
「うわ、それ言うなよ……」
苦笑する太陽。
澪は腕を組んで考え込んでいる。
でも、その顔は“恐怖”じゃない。
“どうするか考えてる顔”だ。
——いい傾向だ。
「まあでもさ!」
空気を振り払うように太陽が声を張る。
「とりあえず今日は学校だろ? 戦い終わったしさ、ちょっとくらい普通でいいじゃん!」
「それはそうだな」
「理久くんもたまには普通に過ごしなさいよ」
「普通って何?」
「そこからなの!?」
――――――
教室。
黒板には「中間テストまであと○日」とか書かれてる。
誰が書いたか知らないけど、戦場よりよっぽど現実感がある。
「理久、ノート貸してくれ」
「嫌だ」
「即答!?」
「前日に泣きついてくる奴に貸すノートはない」
「まだ前日じゃない!」
「じゃあ自分でやれ」
「ぐぬぬ……」
太陽が机に突っ伏す。
いつも通りの光景。
周りのクラスメイトも、もう慣れたものだ。
僕が何してるかなんて知らないし、知る必要もない。
ただの“ちょっと変なやつ”で済んでる。
——それでいい。
「理久くん」
後ろから小声。
澪だ。
「鬼塚さんから連絡来てる」
「内容は?」
「“今日の放課後、時間を取れないか”って」
「……来たか」
想定通り。
「戦後報告会ね」
「だろうな」
太陽が顔を上げる。
「なになに? またなんかやんのか?」
「会議」
「うわ一番テンション下がるやつ」
「お前は黙って座ってるだけだろ」
「それがつらいんだよ!」
昼休み。
屋上。
風が気持ちいい。
透花も一緒に来ていた。
「わたくし、こうして普通にお昼を食べるの、なんだか久しぶりな気がします」
ふわっと笑いながらお弁当を広げる。
「まあ、戦地にいたしな」
「はい……あの時は本当に……」
少しだけ表情が曇る。
でもすぐに、柔らかく戻る。
「でも、勝てましたものね」
「ああ」
短く答える。
澪がパンをかじりながら言う。
「……被害は大きかったけどね」
「うん」
全員、少しだけ黙る。
あの街の光景が、頭に浮かぶ。
崩れた建物、倒れた人、煙。
——勝ったけど、無傷じゃない。
「だからさ」
自然と、口が動く。
三人がこっちを見る。
「このまま同じこと続けるの、効率悪い」
「……効率?」
澪が眉をひそめる。
「敵が来るの待って、出てきたら戦う」
「まあ、そうね」
「その間に被害が出る」
「……」
太陽が真顔になる。
「だったら?」
澪が聞く。
「来る前に叩けばいい」
「……え?」
一瞬、風の音だけが聞こえる。
「出現前に叩く。もしくは——」
少しだけ間を置いて、
「向こうで戦う」
「……は?」
太陽が完全に固まる。
澪も目を瞬かせてる。
透花は、きょとんとした顔でこっちを見ていた。
「向こうって……虚界?」
「そう」
「いやいやいやいや!?」
太陽が立ち上がる。
「無茶だろ!? 行けるのかよそんなとこ!」
「行けるかどうかじゃない」
「は?」
「どうやって行くか、だろ」
沈黙。
澪が額に手を当てる。
「……理久くん、それ本気で言ってる?」
「本気」
「虚界よ? 敵の本拠地よ?」
「だから?」
「だからって……!」
言葉に詰まる澪。
太陽は半笑いで、
「いやでもさ……もしそれできたら……」
「被害ゼロで戦える」
「……!」
透花が小さく息を呑む。
「地球で戦うから被害が出る」
「だったら戦場を変える」
「それだけ」
シンプルな話だ。
でも——
「……そんなの、今まで誰も……」
澪が呟く。
「やってないだけ」
その一言で、空気が変わった。
透花が、ゆっくりと頷く。
「理久さんが言うなら……できる、んですよね?」
「できる」
即答。
太陽が笑う。
「はは……出たよ、いつものやつ」
「問題は?」
「ねえの?」
「ある」
「あるのかよ!」
「座標がわからない。空間が安定してない」
「めちゃくちゃ問題じゃねえか!」
「でも解決できる」
また沈黙。
澪が深く息を吐いた。
「……はあ……もういいわ」
「いいのかよ」
「どうせ止めてもやるでしょ」
「やる」
「でしょ」
少しだけ笑う。
「だったら、最初から“どうやるか”考える方が建設的」
——決まった。
その時だった。
ポケットのスマホが震える。
画面を見る。
差出人は——鬼塚。
「……来たな」
メッセージは短い。
『放課後、会議室を押さえた。戦後報告と今後の方針について話す』
僕は画面を閉じる。
「ちょうどいい」
三人を見る。
「その話、会議でやる」
――――――
放課後。
いつもの部室——じゃなくて、今日は校内の会議室。
やたらとちゃんとした長机と椅子が並んでいる、いかにも“話し合い用”って感じの部屋だ。
「……場違い感すごいな」
「理久くんが言わないで」
澪が即座にツッコむ。
「いやだって、ここでやる内容じゃないだろ。どう考えても」
「それはそうだけど……」
太陽は椅子に座ってくるくる回っている。
「おおー、なんか偉い人の部屋って感じ!」
「やめろ落ち着け」
「これ怒られるやつだよね!?」
透花は少し緊張した様子で姿勢を正していた。
「こういった会議、わたくし少し慣れておりますけれど……それでもやはり、緊張いたしますね」
「協会の人間だもんな」
「はい。ですが今回は……理久さんが中心ですので」
「僕?」
「ええ。今回の勝利は、どう考えても理久さんの技術があってこそですもの」
事実ではある。
けど、あまり興味はない。
「別に勝つためにやっただけだし」
「その“勝つため”がすごいのよ……」
澪が小さく呟いたその時——
ドアが開いた。
「待たせたな」
鬼塚だ。
相変わらずの無駄のない動きで入ってくる。
その後ろには、モニター用の機材を持った自衛隊員が数人。
「お、鬼塚さん!」
太陽がビシッと姿勢を正す。
「そんなに固くなるな。今日は形式ばった場じゃない」
そう言いながらも、机の上に資料を並べていくあたり、完全に“仕事モード”だ。
僕たちも自然と席につく。
鬼塚は一度全員を見渡してから、ゆっくりと口を開いた。
「——まずは、バル=グラド戦の戦後報告から入る」
空気が変わる。
さっきまでの軽い雰囲気が、一瞬で消えた。
モニターに映像が映し出される。
焼けた地面。
崩壊した建物。
黒煙。
そして——
巨大な影。
バル=グラド。
「……」
誰も言葉を発しない。
戦っていた時は、そんな余裕なかったけど。
こうして後から見ると、よく勝てたなって思う。
「被害状況は既に報告している通りだ」
鬼塚の声は淡々としている。
「都市機能は大幅に損壊。死傷者多数。完全防衛には至らなかった」
透花がわずかに視線を落とす。
澪も拳を握っている。
太陽は……真剣な顔で画面を見ていた。
「だが」
鬼塚が一度区切る。
「四天王、バル=グラドを撃破。これは人類史上初の成果だ」
静かな重みのある言葉。
画面が切り替わる。
今度は戦闘の映像。
澪のビーム。
太陽の突撃。
透花の回復。
そして——
僕の装置。
「戦闘データの解析結果から結論を述べる」
鬼塚がこちらを見る。
「今回の勝因は、三つだ」
指を一本立てる。
「一つ。出現直後への先制攻撃」
映像がその場面に切り替わる。
「フェーズ・ディープスキャンにより出現を事前把握。最大火力を初動で叩き込むことに成功した」
次に二本目。
「二つ。位相干渉技術による防御と回避」
フェーズシールド、そしてシフト。
攻撃が“すり抜ける”映像。
「従来の防御では耐えられない攻撃を無効化した」
三本目。
「三つ——弱点の特定と集中攻撃」
ここで、僕の方を一瞬見る。
「戦闘中のリアルタイム解析により、バル=グラドの位相構造の“継ぎ目”を発見」
映像がスローになる。
「そこへ全戦力を集中。撃破に至った」
会議室が静まり返る。
「……要するに」
太陽がぽつりと呟く。
「最初から最後まで、理久頼りだったってこと?」
「違うな」
鬼塚が即座に否定する。
「“技術があっても実行する戦力がなければ意味がない”」
澪たちを見る。
「スターライト・ミオの火力。サンブレイザーの突破力。ヒーリング・ルクスの継戦能力」
透花が少しだけ驚いた顔をする。
「そして現地戦力との連携。どれが欠けても成立しなかった」
一拍置いて、
「——総合戦力による勝利だ」
少しだけ、空気が軽くなる。
太陽が照れくさそうに笑う。
「へへ……なんかちゃんと褒められた気がする」
「実際そうだろ」
僕が言うと、
「お前が言うとなんか違うんだよ!」
小さな笑いが起きる。
でも——
鬼塚は続ける。
「ただし、問題はそこじゃない」
また空気が引き締まる。
画面が切り替わる。
戦闘後の街。
「……これか」
自然と口に出る。
「そうだ」
鬼塚が頷く。
「勝った。だが——被害は甚大だ」
静かな声。
「この規模の戦闘が、あと三回続くとしたらどうなる?」
誰も答えない。
「都市はいくつ残る?」
重い沈黙。
「……残らない、かもね」
澪が小さく言う。
太陽も言葉を失っている。
透花は目を閉じていた。
「これが現実だ」
鬼塚が言う。
「我々は勝てるようになった。しかし——代償が大きすぎる」
その言葉に、
僕は少しだけ口角を上げる。
「だから非効率なんだよ」
全員の視線がこっちに集まる。
「……理久?」
澪が怪訝そうに名前を呼ぶ。
「敵が来るの待って、出てきたら戦う」
机に指で軽くトントンとリズムを刻む。
「その間に被害が出る。当たり前」
鬼塚も黙って聞いている。
「だったら——」
一拍。
「戦場を変えればいい」
会議室の空気が、静かに凍る。
「……どういう意味だ」
鬼塚の低い声。
僕は、いつも通りの調子で答える。
「地球で戦うから被害が出る」
全員の顔を順番に見る。
「だったら、向こうで戦えばいい」
沈黙。
数秒遅れて——
「……は?」
鬼塚が声を漏らした。
「……どういう意味だ」
低く、抑えた声。
鬼塚だ。
太陽たちは驚いてはいない。
さっき屋上で話しているから当然だ。
でも——
“それを正式な場で言う”のは別だ。
「言葉通りだよ」
僕は椅子にもたれたまま答える。
「地球で戦うから被害が出る。だったら、戦場を虚界に移す」
鬼塚は数秒、無言でこちらを見た。
その視線は鋭い。
評価と警戒、両方混ざってる。
「……実現可能性は?」
「ある」
即答。
「根拠は」
「既存技術の延長でいける」
机の上にあったペンを取り、軽く回す。
「フェーズ・ゲート、覚えてるだろ」
「位相外を経由した転移装置だな」
「そう。それの拡張」
モニターを指さす。
「今は“位相外”までしか行ってない。でも、その先がある」
「……虚界か」
「そう」
鬼塚が腕を組む。
「座標はどうする」
「観測する」
「方法は?」
「フェーズ・ディープスキャンの応用。ヴォイドの出現位置って、完全なランダムじゃない」
澪が頷く。
「確かに……似た場所に出やすい傾向はあるわね」
「そういうこと」
僕は続ける。
「出現っていうのは、“向こうからこっちに繋がる瞬間”だ」
「つまり……その逆を辿れる?」
澪が言う。
「正解」
鬼塚の眉がわずかに動く。
「空間の安定性は」
「そこは問題」
正直に言う。
「虚界はこっちと違って、位相が不安定。転移先がズレる可能性がある」
「それは致命的ではないか」
「だから補正する」
当然のように言う。
「リアルタイムで空間情報を取得して、ズレを修正するフィールドを張る」
「……そんなことが可能なのか」
「やればできる」
一瞬、沈黙。
太陽がぼそっと言う。
「出たよ……理久の“やればできる”」
透花は真面目な顔で頷いている。
「理久さんが言うと、本当にできそうで怖いですわね……」
鬼塚は深く息を吐いた。
「……仮に、だ」
前に体を乗り出す。
「それが実現できたとして、利点は何だ」
「シンプル」
指を一本立てる。
「被害ゼロ」
会議室が静まる。
「少なくとも地球側の被害はゼロになる」
二本目。
「戦闘の主導権を握れる」
「向こうは基本的に“攻めてくる側”。こっちから行けば、不意を突ける」
三本目。
「情報が取れる」
「虚界の構造、ネメシスの配置、ヴォイドの発生源」
少しだけ口角が上がる。
「今まで“わからない”で済ませてた部分、全部見れる」
「……なるほど」
鬼塚が低く呟く。
「防衛戦から、侵攻作戦に変わるわけか」
「そういうこと」
澪が腕を組む。
「でもリスクもあるわよね」
「ある」
今度は即答しない。
少しだけ考えてから、指を立てる。
「まず、帰ってこれない可能性」
太陽の顔が固まる。
「え、それ普通にヤバくね?」
「ヤバい」
「軽く言うな!」
「転移の安定性が確保できないと、片道になる」
「……」
透花が静かに息を飲む。
「次」
二本目。
「未知の環境」
「重力、空気、魔力密度。全部違う可能性がある」
「適応できなければ、戦う前に終わる」
三本目。
「敵の本拠地」
「当然、戦力は向こうが上」
鬼塚が頷く。
「迎撃ではなく、包囲される側になる可能性がある」
「そう」
澪がゆっくりと口を開く。
「……つまり、“安全圏がない戦い”になる」
「正解」
しばらく、誰も喋らない。
メリットとデメリット。
並べれば、どう見ても——
「リスクの方がでかくないか……?」
太陽が正直に言う。
「普通に考えればな」
僕は肩をすくめる。
「でも、このまま待つ方がリスク高い」
鬼塚がこちらを見る。
「根拠は」
「さっきの映像」
崩壊した街の映像を指さす。
「これがあと三回続く」
静かに言う。
「それでも“待つ方が安全”って言えるなら、止めればいい」
完全な沈黙。
鬼塚は目を閉じて、数秒考えた。
そして——ゆっくりと開く。
「……作戦として成立はする」
その一言で、空気が変わる。
「だが条件がある」
「何」
「確実な帰還手段」
即答だった。
「それがない限り、部隊は出せない」
「まあそうだろうな」
「それと——」
一瞬だけ間を置く。
「単独行動は禁止だ。最低でもチームで動く」
「了解」
あっさり頷く。
太陽が小声で言う。
「……なんか普通に話進んでるけど、これマジでやるやつ?」
澪が苦笑する。
「もう止まらないわよ、これ」
透花は静かに、でもしっかりと頷いた。
「わたくしも、同行いたします」
「当然だろ」
僕が言うと、透花は少しだけ嬉しそうに笑った。
鬼塚が資料をまとめながら言う。
「では結論だ」
全員を見る。
「虚界への逆侵攻作戦——検討段階から実行準備段階へ移行する」
その言葉で——
“守るだけの戦い”は終わった。
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