第47話 勝利の代償
歓声は、長くは続かなかった。
「……被害状況を確認しろ!」
誰かの怒号が響いた瞬間、現実に引き戻される。
戦場だった場所。
そこはもう、“戦場の跡”に変わっていた。
「……ひどい」
澪が小さく呟く。
視線の先。
地面は大きく抉れ、ひび割れ、爆発の痕が何層にも重なっている。
さっきまで立っていたはずの地形は、原型を留めていない。
遠くまで続く焼け跡。
砕けた構造物。
煙が、まだ上がっている。
ここは本来、都市の外縁だったはずだ。
それが――
「これ、ほぼ更地じゃねぇか……」
太陽が息を呑む。
その声は、さっきまでの高揚とはまるで違う。
透花が静かに目を伏せる。
「……守れたのは、市街地の一部だけですわね」
その言葉に、誰も反論できない。
確かに、都市の中心部は直接の破壊を免れた。
でも。
その代わりに。
この場所が、壊れた。
「医療班、急げ!!」
鬼塚の声が飛ぶ。
その先。
地面に横たわる人影。
兵士。
魔法少女。
動いている者もいれば、動かない者もいる。
「こっち、意識なし!」
「呼吸微弱、早く!」
「……間に合わない……!」
悲鳴のような声。
怒号。
足音。
混乱。
さっきまでの“勝利”が、音もなく崩れていく。
透花が駆け出す。
「こちらを優先してください!」
杖が光る。
回帰魔法。
巻き戻し。
倒れていた兵士が、息を吹き返す。
「……っ、は……!」
「大丈夫ですわ、戻しました」
透花の声は落ち着いている。
でも。
その額には汗が滲んでいる。
「次を!」
間髪入れずに移動。
また光。
また一人。
戻す。
でも――
「……多すぎる」
小さく呟く。
誰にも聞こえないくらいの声で。
回帰できる範囲。
時間。
魔力。
全部に限界がある。
「こっちは……!」
澪も降りてきて、負傷者のそばに膝をつく。
「意識ある? しっかりして!」
声をかける。
応答はない。
でもまだ温かい。
「透花、こっち!」
「すぐ行きます!」
透花が駆ける。
でも、その途中で――
一瞬だけ、足が止まる。
視線の先。
完全に動かない体。
呼吸も、鼓動もない。
時間が、過ぎている。
「……」
何も言わず。
透花は視線を外す。
そして、次へ向かう。
できることを、やるしかない。
太陽は、その場に立ち尽くしていた。
拳を握ったまま。
震えている。
「……俺たち、勝ったんだよな」
誰にともなく呟く。
でも。
返事はない。
鬼塚がゆっくりと歩いてくる。
その顔は、戦闘中とは別人みたいに重い。
「……勝った」
低く言う。
「だが――」
視線を周囲に向ける。
壊れた地面。
倒れた人々。
走り回る医療班。
「この結果だ」
短く、それだけ。
十分すぎるほど伝わる。
僕はその光景を、少し離れた場所から見ていた。
何も言わず。
何もせず。
ただ、見ている。
アルゴが隣に座る。
低く唸るでもなく、ただ静かに。
「……」
視線を動かす。
破壊の範囲。
被害の密度。
回復の進行速度。
全部、頭の中で整理されていく。
数字になる。
割合になる。
結論になる。
「……まだ足りない」
小さく呟く。
誰にも聞こえない声で。
勝った。
確かに勝った。
でも――
代償が大きすぎる。
このままじゃ。
同じことを繰り返す。
四天王は、まだいる。
「……次は」
僕は空を見上げる。
何もない空。
でも、その向こうには。
まだ敵がいる。
「もっと削る」
小さく言う。
誰にも聞かせるためじゃない。
ただの事実として。
その間にも。
戦場では、救助と確認が続いている。
勝利の余韻なんて、どこにもなかった。
「……多すぎる」
透花の小さな呟きが、風に溶ける。
回帰魔法の光が何度も瞬く。
一人、また一人と救い上げていく。
それでも――
追いつかない。
「次を……!」
澪が声を張る。
太陽も歯を食いしばって立っている。
でも。
“できること”がない。
その現実が、一番重い。
僕はその様子を見て――
「……ああ、なるほど」
小さく呟いた。
原因は単純だ。
魔力が足りない。
だったら。
「渡せばいい」
僕はその場にしゃがみ込んで、地面に置かれていた工具箱を引き寄せる。
中からいくつかのパーツを取り出す。
配線。
小型コア。
位相制御リング。
組む。
迷いはない。
数分もかからない。
「理久……?」
澪が不思議そうに見る。
太陽も首を傾げる。
「また何か作ってるのか?」
「うん」
僕は手を止めずに答える。
「簡単なやつ」
カチ、と最後の接続。
小型のブレスレット状デバイスが完成する。
「はい」
それを透花に投げる。
透花が受け取る。
「これは……?」
「魔力譲渡装置」
あっさり言う。
その場の空気が、一瞬止まる。
「……は?」
太陽が間抜けな声を出す。
澪が目を見開く。
「魔力を……譲渡?」
「そう」
僕は立ち上がる。
「お前、魔力足りてないだろ」
透花が一瞬だけ言葉に詰まる。
でも、すぐに頷いた。
「……はい」
「だから供給する」
僕は太陽と澪を指差す。
「こいつら、治療に使えない魔力余ってるし」
「おい」
太陽が反応する。
でも否定はしない。
事実だ。
「接続して流せばいい。ロスはあるけど、ないよりマシ」
透花が装置を見つめる。
それから、静かに頷いた。
「……お借りしますわ」
装着する。
次の瞬間。
「太陽、澪」
僕が言う。
「魔力、流せ」
「おう!」
「分かった!」
二人が同時に反応する。
装置が光る。
魔力が流れる。
透花へ。
「……っ」
透花の表情が変わる。
足りなかった“余力”が、戻る。
「いけます」
静かに言う。
その声は、さっきよりもはっきりしている。
「次を」
再び、回帰魔法。
光が強くなる。
倒れていた兵士が、次々と戻っていく。
その様子を見て。
現地の魔法少女たちがざわつく。
「……魔力供給?」
「そんなことが……」
一人が、恐る恐る近づく。
透花の装置を見る。
それから。
「……私たちも」
小さく言う。
透花が顔を上げる。
「お願いできますか」
その一言。
迷いはなかった。
現地の魔法少女たちが装置に手を添える。
魔力を流す。
繋がる。
「……すごい」
澪が呟く。
回復速度が明らかに上がる。
助かる人数が増える。
間に合う範囲が広がる。
「これなら……!」
太陽が拳を握る。
僕はその様子を一瞬だけ見て。
「まあ、こんなもんでいいか」
と呟いた。
それから。
視線を別の方向に向ける。
壊れた地形。
崩れた建物。
焼けた地面。
「……で、こっち」
僕は歩き出す。
瓦礫の中へ。
「理久?」
澪が呼ぶ。
「何するの?」
「復元」
短く答える。
地面に手をかざす。
目を閉じる。
思い出す。
さっきまでの形。
いや。
戦闘前の形。
ディープスキャンで観測した、完全なデータ。
全部ある。
「……だいたいでいい」
小さく呟く。
完璧じゃなくていい。
方向性だけ。
手を動かす。
魔力が流れる。
地面が、わずかに動く。
砕けた土が寄る。
ひび割れが閉じる。
瓦礫が、元の位置へと“戻ろうとする”。
「え……?」
太陽が目を見開く。
澪も言葉を失う。
透花も、回復の手を止めかける。
「理久……それ」
「観測データの再構成」
僕は淡々と答える。
「完全じゃないけど、目安にはなる」
建物の骨格が、ぼんやりと形を取り戻す。
地形が、なんとなく整う。
「……すごい」
誰かが呟く。
現地の兵士か、魔法少女か。
分からない。
でも。
それだけじゃ終わらない。
僕は手を止める。
「これ以上は無理」
振り返る。
「魔力が足りない」
太陽が「だよな」と呟く。
澪が小さく頷く。
透花も、息を整えながらこちらを見る。
「でも」
僕は軽く指を鳴らす。
カチ、と音が響く。
「土台はできた」
視線を周囲に向ける。
少しだけ戻った地形。
輪郭を取り戻した建物。
「あと魔力流せば、ある程度戻る」
鬼塚がゆっくりと歩いてくる。
その光景を見て。
「……復興の目途、か」
低く言う。
「そんなとこ」
僕は肩をすくめる。
「全部は無理。でもゼロよりはマシ」
それだけ。
でも――
その“ゼロじゃない”が、どれだけ大きいか。
この場にいる全員が分かっていた。
戦いは終わった。
でも。
やることは、まだ残っている。
しばらくして。
怒号と悲鳴で満ちていた空気が、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。
負傷者の搬送。
簡易治療。
現地部隊による再編。
そして――
透花の回帰魔法によって、助かった命。
「……これで、一通りですわ」
透花が静かに息を吐く。
その声は、疲労を隠せていない。
澪が隣に立つ。
「お疲れ様、透花」
太陽も大きく息を吐く。
「マジで助かったな……」
僕はその様子を横目で見ながら、軽く肩を回した。
「じゃあ帰るか」
あっさり言う。
鬼塚が振り返る。
「……もういいのか?」
「やることないし」
僕は指で周囲を示す。
「後処理はそっちの仕事だろ」
鬼塚が苦笑する。
「まあ、そうだな」
少しだけ間を置いて。
「日本との調整もある。こちらに残る」
「だろうね」
僕は頷く。
「じゃあ帰りは連絡くれれば転移するから」
鬼塚が一瞬、言葉を失う。
それから小さくため息をついた。
「……本当に便利すぎるな」
「そう?」
「そうだ」
短く言う。
でもその目は、少しだけ柔らかい。
「助かった」
ぽつりと。
それだけ言った。
僕は軽く手を振る。
「どういたしまして」
それで十分。
踵を返す。
澪と太陽、透花も続く。
その時。
「――待って!」
声が飛んだ。
振り返る。
現地の魔法少女の一人。
さっきまで一緒に戦っていたやつだ。
息を切らしている。
その後ろには、兵士たちもいる。
数人。
いや、もっと。
「……ありがとう」
翻訳越しの言葉。
でも、伝わる。
その表情で。
その声で。
「あなたたちがいなければ……」
言葉が続かない。
でも十分だ。
兵士の一人が一歩前に出る。
敬礼。
「……感謝する」
短く。
重い言葉。
その後ろでも。
次々と頭を下げる人たち。
魔法少女。
兵士。
救われた人たち。
「英雄だ……」
誰かが呟く。
「本当に……ありがとう……!」
その声が、広がる。
さっきまで戦場だった場所で。
今度は、感謝の声が満ちていく。
太陽が少し照れくさそうに頭をかく。
「いやー、そんな大したことしてねーよ!」
澪が苦笑する。
「……でも、助かったのは事実ね」
透花が静かに微笑む。
「皆様がご無事で何よりですわ」
僕はその光景を少しだけ見て――
「じゃあね」
それだけ言った。
特別なことは何も言わない。
必要ない。
僕はフェーズ・ゲートを起動する。
空間が歪む。
光が集まる。
「帰るぞ」
短く言う。
三人が頷く。
そのまま、ゲートの中へ。
最後に。
もう一度だけ振り返る。
手を振る人たち。
頭を下げる人たち。
生き残った人たち。
その全員が、こっちを見ている。
僕は軽く手を振り返して――
そのまま、転移した。
――――――
戦いは終わった。
四天王は、一人倒した。
でも。
それは、まだ途中だ。
次は。
もっと強い敵が来る。
それでも。
「……まあ」
僕は小さく呟く。
「なんとかなるだろ」
そう言って。
日常へと、戻っていった。
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