第46話 規格外を越えるために
空気が、裂けた。
音じゃない。
衝撃でもない。
“存在そのもの”が変わる感覚。
「――下がれ!!」
鬼塚の怒号。
でも、その声が届くより先に。
バル=グラドの変化は終わっていた。
――異形。
それが一番近い。
人型は保っている。
でも密度が違う。
筋肉が膨れ上がり、装甲のように変質している。
表面を走る黒い紋様。
その隙間から、赤い光が漏れている。
そして何より――
「……重い」
澪が息を詰まらせる。
空間そのものが、押し潰されている。
ただ立っているだけで。
圧が違う。
「これが……本気……」
太陽が呟く。
さっきまでの余裕はない。
それでも、目は逸らしていない。
いい。
「……潰す」
バル=グラドが言った。
短く。
次の瞬間。
消えた。
「来るぞ――!」
僕が言い切る前に。
――ドォン!!
爆音。
衝撃。
地面が抉れる。
「がっ……!!」
前線にいた現地兵士の一団が、まとめて吹き飛んだ。
防御も何も関係ない。
ただの一撃。
それだけで。
「医療班!!」
誰かが叫ぶ。
透花が即座に動く。
「戻します!」
光が走る。
倒れた兵士たちが、直前の状態に戻る。
でも――
「間に合わない……!」
数が多すぎる。
攻撃が速すぎる。
「散開しろ!!」
鬼塚の指示。
部隊がばらける。
でも。
「無駄だ」
バル=グラドが言う。
腕を振るう。
それだけで。
――空間が消える。
範囲が広い。
さっきまでとは比べ物にならない。
「っ!!」
澪が空中で回避する。
でも。
「遅い」
次の一撃。
角度が読めない。
「澪!!」
僕が叫ぶ。
プレディクターが暴れる。
ラインが乱れる。
予測が追いつかない。
「くっ……!」
澪が無理やり軌道を変える。
かすめる。
腕の一部が削れる。
「っあ……!」
血が散る。
その瞬間。
「戻します!」
透花の声。
光。
澪の腕が元に戻る。
でも。
「消費が……!」
透花の息が乱れる。
明らかに負荷が上がっている。
当然だ。
攻撃密度が違う。
「太陽、引きつけろ!!」
僕が叫ぶ。
「任せろ!!」
太陽が踏み込む。
全力。
音速に近い加速。
そのまま――殴る。
――ドンッ!!
確かに当たる。
でも。
「軽い」
バル=グラドが言う。
そのまま。
掴む。
太陽の腕を。
「っ!?」
「弱い」
振る。
――ドゴォン!!
太陽の体が地面に叩きつけられる。
衝撃で地面が砕ける。
「太陽!!」
澪が叫ぶ。
太陽は――動かない。
一瞬。
完全に止まる。
「戻します!!」
透花が叫ぶ。
光。
太陽の体が巻き戻る。
直前の状態へ。
「っ……はぁ……!」
太陽が息を吐く。
立ち上がる。
でも顔色が悪い。
「……くそっ……」
歯を食いしばる。
その間にも。
戦線が崩れていく。
現地部隊が押し返される。
魔法少女たちも距離を取らされる。
完全に――
「押されてる……!」
澪が呟く。
否定できない。
さっきまでの優勢は、消えた。
バル=グラドが一歩前に出る。
それだけで。
前線が下がる。
「……いい」
低い声。
「さっきまでよりは、いい」
でも。
目が細くなる。
「だが」
次の瞬間。
圧が跳ね上がる。
「足りん」
その一言で。
戦場の空気が、完全に変わった。
これは――
“勝てる戦い”じゃない。
普通なら。
「……理久」
澪が小さく呼ぶ。
声が揺れている。
太陽も無言でこっちを見る。
透花は歯を食いしばっている。
全員、分かってる。
このままじゃ――
終わる。
でも。
僕は。
「……想定通り」
小さく呟いた。
視線はバル=グラドに向けたまま。
動きを見る。
変化を見る。
構造を見る。
そして――
「まだ、終わってない」
口元が、少しだけ上がる。
ここからだ。
本番は。
「……想定通り」
僕はそう言ったけど。
実際のところ、余裕なんてない。
戦線は崩れている。
押し返されている。
それでも――
「まだ、終わってない」
視線は外さない。
バル=グラドの動き。
筋肉の収縮。
位相の揺らぎ。
全部、見てる。
「理久!」
澪の声。
その瞬間。
「――そこだ」
バル=グラドの視線が、僕に向いた。
まずい。
そう思った瞬間には、もう遅い。
消える。
次の瞬間には――目の前。
「っ!!」
圧が来る。
腕が振られる。
位相削除。
直撃すれば、終わり。
でも。
「――アルゴ」
僕は一言、呼んだ。
その瞬間。
空間が“裂けた”。
何もないはずの場所から。
黒い影が飛び出す。
四肢。
鋭い爪。
猟犬のようなシルエット。
「――グルルルッ!!」
低い唸り。
アルゴ。
僕のフェーズビースト。
そのまま――
バル=グラドの腕に噛みついた。
「……ほう?」
バル=グラドの動きが止まる。
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
でもそれで十分。
位相削除が逸れる。
僕の横の空間が、丸ごと消える。
地面も、空気も。
でも――当たらない。
「……やるな」
バル=グラドがアルゴを見る。
興味深そうに。
アルゴは離れない。
噛みついたまま、力を込める。
その全身が淡く光っている。
強化済み。
何度も。
何度も。
僕が手を入れてきた。
「理久の防衛専用ユニット」
僕は軽く呟く。
「お前がいる限り、僕は死なない」
アルゴが唸る。
まるで、それに応えるみたいに。
バル=グラドが腕を振るう。
アルゴが弾かれる。
でもすぐに体勢を立て直す。
再び、間に入る。
完全に“壁”だ。
「……面白いな」
バル=グラドが言う。
その視線が、僕からアルゴへ移る。
「貴様の犬か」
「まあね」
僕は肩をすくめる。
その間にも。
頭は止まってない。
解析。
更新。
最適化。
「……なるほど」
小さく呟く。
見えてきた。
さっきまで分からなかった部分。
変身後の構造。
位相の重なり方。
干渉の仕組み。
「そういうことか」
僕は軽く笑った。
その様子を見て。
澪が叫ぶ。
「理久、何か分かったの!?」
「まあね」
軽く答える。
「弱点、見えてきた」
太陽が地面から起き上がりながら叫ぶ。
「マジかよ!!」
透花が息を整えながらこちらを見る。
「……どこですの?」
僕は指を一本立てる。
「まだ確定じゃない」
正直に言う。
でも。
「もう少し削れば、確定する」
視線をバル=グラドに戻す。
アルゴが再び飛びかかる。
時間を稼ぐ。
その間に。
「アップデート」
僕は小さく呟く。
フェーズ・シフトシールドの制御を微調整。
プレディクターの演算精度を引き上げる。
リアルタイムで書き換える。
現場で。
戦闘中に。
鬼塚が目を見開く。
「……お前、今それをやってるのか」
「やってるけど」
僕は軽く言う。
「じゃないと勝てないし」
澪が苦笑する。
「ほんとに……規格外ね」
太陽が笑う。
「頼もしいけどな!!」
透花が静かに頷く。
「ええ……希望ですわ」
その間にも。
戦いは続いている。
バル=グラドがアルゴを弾く。
でも止まらない。
何度でも食らいつく。
時間を稼ぐ。
僕のために。
「……いい」
バル=グラドが言う。
少しだけ、楽しそうに。
「面白い」
その目が、再び僕を見る。
「貴様が鍵か」
「さあね」
僕は軽く答える。
その裏で。
計算は終わった。
構造が見えた。
「――見つけた」
小さく呟く。
これで。
勝てる。
その確信が、初めて生まれた。
「――見つけた」
僕の声に、全員の意識が集まる。
澪が空中で静止する。
太陽が踏み込みを止める。
透花が杖を握り直す。
鬼塚も、現地の部隊も。
ほんの一瞬だけ、僕を見る。
「どこだ!」
太陽が叫ぶ。
「心臓でも頭でもない」
僕は即答する。
「位相の“継ぎ目”」
バル=グラドの体を指差す。
「変身で位相を重ねてる。その接合点が一番脆い」
澪の目が鋭くなる。
「……見える?」
「今ならね」
プレディクターが光る。
赤いラインが走る。
でも今度は違う。
回避じゃない。
“狙うべき場所”が、浮かび上がる。
「右肩から胸にかけて」
僕は短く言う。
「そこが核」
透花が息を呑む。
「……あそこを破壊すれば」
「崩れる」
僕は頷く。
「全部」
沈黙はなかった。
迷いもなかった。
「やるぞ!!」
太陽が叫ぶ。
その瞬間。
全員が動いた。
「アルゴ、時間稼げ」
「――グルァッ!!」
アルゴが飛び込む。
バル=グラドの正面へ。
噛みつき、引き裂き、絡みつく。
その動きは完全に“足止め”だ。
「鬱陶しい」
バル=グラドが腕を振るう。
でも、その一瞬。
「今だ!!」
僕が叫ぶ。
澪が動く。
空を踏む。
一直線に加速。
「貫く――!」
光が収束する。
極限まで。
一点へ。
太陽も同時に踏み込む。
「ぶち抜く!!」
炎が圧縮される。
限界まで。
そのまま――
「合わせる!!」
現地の魔法少女たちが叫ぶ。
魔法が重なる。
雷。
氷。
光。
全部が一点へ。
透花が静かに手をかざす。
「全強化、最大出力」
光が弾ける。
澪と太陽の能力が跳ね上がる。
同時に――
「失敗はさせません」
巻き戻しの準備。
全てが整う。
「――撃て!!」
僕の声。
その瞬間。
全火力が、収束した。
バル=グラドの“核”へ。
――ドォォォン!!
衝撃が走る。
空気が裂ける。
光が、爆ぜる。
「――ぬ……」
初めて。
バル=グラドの声が、揺れた。
体が、歪む。
位相が、崩れる。
「貴様ら……!」
腕を振るう。
最後の抵抗。
「澪、避けろ!」
「分かってる!」
空を蹴る。
ギリギリで回避。
太陽も後退する。
でも。
「遅い」
僕が言う。
もう。
終わってる。
核が、壊れた。
その瞬間。
バル=グラドの体が――
崩れた。
内側から。
位相がバラバラになる。
重なりが外れる。
存在が、維持できなくなる。
「……見事だ」
低い声。
さっきまでの圧は、もうない。
ただの、残滓。
バル=グラドがこちらを見る。
「次は……」
そこで。
言葉が途切れる。
体が、砕ける。
光になって。
消えていく。
完全に。
何も残さず。
静寂。
風の音だけが残る。
数秒。
誰も動かない。
理解が追いつかない。
それから――
「……終わった?」
太陽が呟く。
澪がゆっくりと周囲を見る。
もう、あの圧はない。
透花が静かに息を吐く。
「……ええ」
小さく頷く。
「終わりましたわ」
その一言で。
張り詰めていた空気が、一気に崩れた。
「うおおおおおおおおおおお!!」
太陽が叫ぶ。
その場で拳を突き上げる。
「やったぞ!! 勝った!!」
澪が思わず笑う。
「ほんとに……勝ったのね」
透花が胸に手を当てる。
「……信じられませんわ」
現地の兵士たちも。
魔法少女たちも。
ざわめきから歓声へ。
勝利の実感が、広がっていく。
鬼塚がゆっくりと歩いてくる。
僕の前で止まる。
「……やったな」
低く言う。
僕は肩をすくめた。
「まあね」
そのまま空を見る。
何もない。
さっきまで、あれがいた場所。
「言ったろ」
小さく呟く。
「勝つだけって」
その言葉に。
誰も、もう疑問は持たなかった。
――バル=グラド、討伐完了。
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