第44話 最初の一撃は、こちらから
警報が鳴った瞬間、僕は立ち上がっていた。
耳障りなサイレン。
学校の静けさを、容赦なく切り裂く音。
「来たか」
呟くより先に、スマホが震える。
鬼塚からだ。
『理久! 四天王反応を確認! 場所は――』
「分かってる」
僕は通話を遮る。
すでにフェーズ・ディープスキャンは起動済み。
座標も、規模も、全部見えてる。
「海外。都市部。規模は前回と同等以上」
『……やっぱりな』
鬼塚の声が低くなる。
「校庭集合でいいだろ」
『了解。すぐ動く』
通話を切る。
僕は軽く伸びをした。
「さて」
口元が少しだけ上がる。
「実戦だ」
――――――
数分後。
虚界研究部の前――天霧中学校の校庭。
そこに、全員が集まっていた。
澪、太陽、透花。
それぞれすでに装備は装着済み。
緊張しているけど、逃げる気配はない。
いいね。
鬼塚と、その後ろに並ぶ自衛隊の隊員たち。
動きに無駄がない。
空気が張り詰めている。
「状況を説明する」
鬼塚が前に出る。
短く、的確に。
「四天王バル=グラドの出現を確認。場所は――」
一瞬、僕を見る。
「理久」
「言う?」
「任せる」
僕は軽く頷いて、一歩前に出た。
「ヨーロッパ圏。中規模都市。人口は数十万」
澪が息を呑む。
太陽が拳を握る。
透花は静かに目を伏せる。
「まだ完全侵攻前。準備時間はある」
僕は続ける。
「だから――先に行く」
鬼塚が頷く。
「全員、即時展開する」
その一言で、空気がさらに引き締まる。
僕はポケットに手を突っ込んで、小さなデバイスを取り出した。
「その前に」
全員の視線が集まる。
「これ」
軽く放る。
澪が受け取る。
「……イヤーピース?」
「翻訳装置」
あっさり言う。
太陽が「え?」と声を上げる。
透花がぱちりと瞬きをする。
鬼塚がこめかみを押さえた。
「……お前な」
「なに」
「いつの間にそんなもんを」
「ついでに作った」
僕は肩をすくめる。
「音声解析してリアルタイム翻訳。精度はほぼ完璧」
澪がデバイスを見つめる。
「……もう何でもありね」
太陽が笑う。
「すげーなこれ! 海外でも会話できんのか!」
透花が静かに装着する。
「助かりますわ」
鬼塚は――
深くため息をついた。
「……本当にとんでもないものばかり作るな」
「褒めてる?」
「呆れてる」
「そっか」
どうでもいい。
僕はそのまま背後を指差す。
校庭の中央。
すでに設置されているフェーズ・ゲート。
リングが淡く光を帯びている。
「行くよ」
短く言う。
全員が動く。
迷いはない。
ゲートの中に入る。
僕も中央に立つ。
軽く装置に触れる。
「座標固定。外縁経由、再侵入」
機械音が低く唸る。
空間が歪む。
光が収束する。
「――転移」
次の瞬間。
世界が切り替わった。
――――――
視界が戻る。
足元に感触。
風の匂い。
空気の温度。
「……ここは」
澪が周囲を見回す。
広い。
建物の少ないエリア。
郊外の開けた土地。
遠くに都市が見える。
煙も上がっていない。
まだ間に合ってる。
「ちょうどいい場所だな」
鬼塚が呟く。
そのまま僕を見る。
「……まさか」
一瞬の間。
「ここを狙って転移したのか?」
僕は軽く頷く。
「そりゃそうでしょ」
あっさり答える。
鬼塚が目を細める。
「現地の地形、状況……全部把握してるのか」
「まあね」
僕は肩をすくめる。
「ディープスキャンと位相観測で見えるし」
澪が小さく呟く。
「……それ、ほぼ神の視点じゃない」
太陽が苦笑する。
「どこでも見れるってことだろ? やべーな」
透花が静かに息を吐く。
「本当に……理久さんは規格外ですわね」
鬼塚がもう一度、深くため息をついた。
「……とんでもないものを平然と」
「今さらだろ」
僕は軽く言う。
その時。
遠くから音がした。
エンジン音。
複数。
こちらに向かってくる。
鬼塚が即座に反応する。
「来るぞ。現地部隊だ」
自衛隊員たちが動く。
配置につく。
澪たちも自然と戦闘態勢に入る。
僕はその様子を見ながら――
少しだけ口元を上げた。
「じゃあ」
軽く呟く。
「挨拶でもするか」
砂煙を上げて接近してくる車両。
その向こうに見える、見知らぬ兵士たち。
そして――
異国の魔法少女たちの気配。
ここから先は。
本当の意味での“共同戦線”だ。
砂煙を上げながら、装甲車両がこちらに接近してくる。
数台。
その後ろには軍用トラック。
統制の取れた動き。
完全に臨戦態勢だ。
「止まれ!」
鋭い声。
車両から降りてきた兵士たちが、即座に武器を構える。
こっちに向けて、じゃない。
周囲全体を警戒してる。
慣れてるな。
鬼塚が一歩前に出る。
「こちらは日本自衛隊、ヴォイド対策部隊」
はっきりとした声。
その瞬間。
兵士の一人が何かを言う。
――聞き取れない言語。
でも。
「……確認したい、って言ってる」
澪が小さく呟く。
イヤーピースがちゃんと機能してるらしい。
「身元と目的」
僕は軽く肩をすくめた。
「面倒だな」
鬼塚が横目で睨んでくる。
無視。
僕は一歩前に出た。
「四天王が来る」
短く言う。
場の空気が一瞬で変わる。
兵士たちの動きが止まる。
ざわつき。
「数時間後」
僕は続ける。
「バル=グラド。前回都市を消したやつ」
言葉が翻訳されて伝わる。
その瞬間。
兵士たちの顔が明らかに変わった。
知ってるな。
当然か。
「だから先に来た」
僕は指で地面を指す。
「共同戦線。迎撃する」
短く、簡潔に。
それだけで十分。
少しの沈黙。
それから――
強い口調の返答が返ってきた。
翻訳される。
「……“協力は感謝するが、戦闘は自国で行う”」
太陽が「え?」と声を漏らす。
澪が眉をひそめる。
透花は静かに様子を見ている。
鬼塚が一歩前に出る。
「既に複数都市が壊滅している。単独では――」
遮られる。
兵士の一人が強く言い返す。
翻訳が追いつく。
「“我々にも誇りがある”」
空気が少しだけ張り詰める。
「“貴国の技術には感謝している。だが戦場は我々のものだ”」
太陽が小さく舌打ちする。
「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃ――」
「太陽」
澪が制する。
その視線は真剣だ。
理解している。
これは単なる意地じゃない。
国としての、軍としての――
プライドだ。
透花が静かに口を開く。
「……お気持ちは分かります」
柔らかい声。
でも芯がある。
「ですが、相手は四天王です」
少しだけ間を置く。
「これまでの戦いとは、次元が違います」
兵士たちが言葉を失う。
分かってる。
でも認めたくない。
そんな顔だ。
鬼塚が低く続ける。
「こちらは既に対抗手段を用意している」
「“対抗手段”……?」
疑いの声。
当然だ。
僕は軽くため息をついた。
「面倒だな」
小さく呟く。
それから。
一歩、前に出る。
「じゃあ一つだけ言う」
全員の視線が集まる。
「単独でやっても、死ぬだけ」
空気が凍る。
兵士の一人が怒気を帯びた声を上げる。
「“侮辱するな!”」
「事実だろ」
僕は即答する。
感情は乗せない。
ただの結論。
「前回のデータ、見てるはず」
沈黙。
誰も反論しない。
できない。
「だから」
僕は少しだけ首を傾ける。
「プライド守りたいなら、勝て」
静かに言う。
「そのための選択肢は、今ここにある」
少しの間。
風が吹く。
砂が舞う。
兵士たちが互いに視線を交わす。
迷い。
葛藤。
そして――
諦め。
やがて。
指揮官らしき男が、一歩前に出た。
低い声で何かを言う。
翻訳が流れる。
「……“話を聞こう”」
鬼塚が小さく頷く。
「賢明な判断だ」
男が短く息を吐く。
「“だが条件がある”」
「聞こう」
「“主導権は我々にある”」
少しの間。
鬼塚がこちらを見る。
僕も見る。
どうでもいい。
僕は軽く肩をすくめた。
「好きにすれば」
それで勝てるなら。
鬼塚が視線を戻す。
「了承する」
その一言で、空気が少しだけ緩む。
完全ではない。
でも、敵じゃなくなった。
それで十分。
「場所を移す」
指揮官が言う。
「“作戦会議を行う”」
鬼塚が頷く。
「案内してくれ」
僕はそのやり取りを横目で見ながら――
小さく呟いた。
「さて」
口元が少しだけ上がる。
「やっとスタートラインか」
――――――
異国の兵士たちに案内されながら、僕たちは拠点へと向かう。
その先に待っているのは。
初めて顔を合わせる、現地の魔法少女たち。
そして――
数時間後に迫る、四天王との戦い。
準備の時間は、もう多くない。
案内された先は、簡易的に設営された前線指揮所だった。
大型テントの中。
中央には簡易テーブル、その上に広げられた地図とタブレット端末。
周囲には兵士と――魔法少女。
異国の装い。
色も形も違うけど、分かる。
同じだ。
“戦う側の人間”だ。
僕たちが入ると、視線が一斉に集まる。
警戒。
興味。
そして、わずかな対抗意識。
「……来たか」
低い声。
さっきの指揮官だ。
鬼塚が軽く頷く。
「情報を提供する」
短く言う。
余計なやり取りはない。
いいね。
僕は壁際に寄って、適当に腕を組む。
会議? 興味ない。
必要な部分だけ拾えばいい。
鬼塚が端末を操作する。
空中に投影されるデータ。
フェーズ・ディープスキャンの解析結果。
空間の歪み。
座標。
時間。
全部。
現地の兵士たちがざわつく。
魔法少女の一人が息を呑む。
「……こんな精度で……?」
翻訳越しでも分かる驚き。
鬼塚が淡々と続ける。
「出現予測は約三時間後」
場が静まる。
「地点はここだ」
地図上にマーカーが表示される。
都市中心部から少し外れたエリア。
開けた場所。
僕たちが転移してきた場所の、少し先。
「……誘導しているのか?」
誰かが言う。
鬼塚は首を横に振る。
「違う。元からそこだ」
僕は内心で笑う。
“そこを選んだ”んだけどね。
まあいい。
説明は面倒だ。
そのまま鬼塚が続ける。
「敵はバル=グラド。能力は――」
位相削除。
防御不能。
発動ラグ。
対策。
シフトシールド。
プレディクター。
全部説明される。
僕はぼーっと聞いてるふりをしながら、頭の中で別のことをしていた。
――位置。
――時間。
――初動。
「……どう動く?」
指揮官が言う。
それから。
向こう側だけで話し合いが始まる。
僕たちは外。
完全にオブザーバー扱い。
いいね。
楽で。
「前線は我々が抑える」
「市街地への侵入は絶対に防ぐ」
「魔法少女部隊は中央配置」
「重火器は後方支援」
声が飛び交う。
意見がぶつかる。
でも方向性は一つ。
“守る”
その一点。
澪が小さく呟く。
「……防衛戦ね」
「だな」
太陽が頷く。
透花は静かに聞いている。
僕は――
「無駄」
小さく言った。
誰にも聞こえないくらいの声で。
守るだけじゃ勝てない。
あいつは止まらない。
だから――
「最初で削る」
頭の中で決める。
出現直後。
完全に“こちらを認識する前”。
その瞬間が最大の隙。
そこに。
全火力。
叩き込む。
澪の貫通。
太陽の爆発。
透花の支援。
シフトシールドで耐えて。
プレディクターで避けて。
――一撃で流れを作る。
それが最適解。
向こうの会議はまだ続いている。
でももういい。
必要な情報は全部取った。
僕は軽く壁にもたれた。
「理久?」
澪が小声で聞いてくる。
「なに考えてるの?」
「別に」
適当に答える。
「勝つ方法」
それだけ。
澪が一瞬だけ黙る。
それから、小さく頷いた。
信じてるな。
いいね。
数分後。
会議が終わる。
指揮官がこちらを見る。
「“配置は決まった”」
鬼塚が頷く。
「了解」
「“貴国の部隊は中央に配置する”」
魔法少女と同じライン。
前線だ。
「異論はない」
鬼塚が即答する。
当然。
僕は軽く肩を回す。
「じゃあ」
小さく呟く。
「行くか」
――――――
空気が変わる。
さっきまでとは違う。
張り詰めた、重い空気。
全員が配置につく。
広い平地。
その中心。
僕たちはそこにいる。
澪が隣に立つ。
太陽が拳を握る。
透花が静かに目を閉じる。
遠くで兵士たちが展開している。
魔法少女たちも、それぞれの位置へ。
静寂。
風だけが吹く。
そして――
「来る」
僕が呟いた。
次の瞬間。
空間が歪む。
嫌な感覚。
圧力。
存在そのものが押し込まれてくるような――
「――出るぞ!!」
誰かが叫ぶ。
光が裂ける。
そこから。
現れる。
人型。
巨大な気配。
圧倒的な“何か”。
バル=グラド。
その姿が、完全に現れる――
その瞬間。
「――今」
僕は言った。
同時に。
澪が動く。
空を踏む。
最高速。
太陽が踏み込む。
炎が圧縮される。
透花が展開する。
強化、固定、支援。
全部が一瞬で重なる。
そして――
「撃て!!」
僕の声。
次の瞬間。
光が走る。
爆発が重なる。
圧縮された火力が、一点に叩き込まれる。
出現したばかりの“それ”へ。
完全な先制。
最大火力。
――叩き込んだ。
閃光。
衝撃。
空気が震える。
戦いは。
もう、始まっている。
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