第43話 机上から戦場へ
「で、これ全部使うんだよな?」
目の前に広がる光景を見て、鬼塚が低く呟いた。
広大な演習場。
コンクリートと土が混じる地面に、いくつもの装置が設置されている。
フェーズ・ゲート。
ディープスキャンの簡易展開型。
シフトシールドの予備ユニット。
プレディクターの投射機。
そして――
「うん」
僕は軽く頷いた。
「全部使う。想定は“バル=グラド戦そのまま”」
空気が少しだけ重くなる。
その理由は単純だ。
ここにいるメンバーが、“それを理解している”から。
視線を向ける。
澪がいる。
少しだけ緊張した顔。でも目は逸らしていない。
太陽がいる。
腕を組んで、無理やりテンションを上げてる感じ。
透花がいる。
いつも通り柔らかい表情だけど、その奥は真剣だ。
そして――
周囲には自衛隊の隊員たち。
装備はフル装備。
動きに無駄がない。
明らかに“精鋭”だ。
鬼塚が一歩前に出る。
「今回の編成だが」
低く、はっきりとした声。
全員の視線が集まる。
「対バル=グラド戦の主戦力は、魔法少女三名」
澪、太陽、透花を順に見る。
「星川澪、朝比奈太陽、橘透花」
太陽が軽く手を上げる。
「おう!」
澪は小さく息を吐いて、姿勢を正した。
透花は静かに頷く。
「そして支援として、自衛隊ヴォイド対策部隊から選抜した精鋭を配置する」
後方の隊員たちが一斉に敬礼する。
動きが揃っている。
訓練されてる。
「役割は後方支援、状況把握、及び緊急時の回収」
鬼塚が一度区切る。
それから、少しだけ声のトーンを変えた。
「――加えて」
空気が微妙に変わる。
「今回、日本政府からの正式な方針が出ている」
僕は特に気にせず、近くの装置をいじっていた。
鬼塚が続ける。
「本作戦において、日本国内での即時転移は全面的に許可されている」
太陽が「おお」と声を上げる。
澪が少し驚いた顔をする。
透花は静かに聞いている。
「さらに」
鬼塚は一拍置いた。
「海外への転移についても、現在各国と調整中だ」
「調整中、ね」
僕はぼそっと呟く。
鬼塚が軽くこちらを見るが、そのまま続けた。
「正式な合意はまだ出ていない。だが――」
少しだけ、口元が歪む。
「万が一、バル=グラドが国外に出現した場合」
全員が息を潜める。
「事後承諾を認める、という言質は取っている」
一瞬、静寂。
それから太陽が吹き出した。
「それってつまり、先に行っていいってことじゃねーか!」
「そういうことだ」
鬼塚があっさり肯定する。
澪が苦笑する。
「……かなり無茶してますよね、それ」
透花が小さく口元に手を当てる。
「でも、それだけ切羽詰まっているということですわね」
鬼塚が頷く。
「四天王の出現で、各国とも対応が後手に回っている」
淡々とした口調。
でも内容は重い。
「防衛ラインは崩壊。情報共有も混乱。指揮系統も統一できていない」
隊員の一人が無言で頷く。
現場の人間だ。
分かってる。
「各国とも“自分の国を守る”ので手一杯だ」
鬼塚の視線が遠くを見る。
「連携は理想だが、現実はそう簡単じゃない」
少しだけ間。
それから、短く締めた。
「だから、こちらで動く」
その言葉に、誰も異論を挟まない。
当然だ。
僕はその会話を聞きながら――
「まあ、その辺はそっちでやっといて」
軽く言った。
全員の視線が一瞬こっちに集まる。
僕は気にせず続ける。
「政治とか連携とか、興味ないし」
肩をすくめる。
「来たら倒す。それだけでいいだろ」
沈黙。
数秒。
それから太陽が笑った。
「はは、相変わらずだな理久!」
澪が呆れたように息を吐く。
「ほんとにブレないわね……」
透花は少しだけ微笑んだ。
鬼塚は――
小さくため息をついた。
でも、否定はしない。
「……そうだな」
それでいい。
それでしかない。
僕は軽く手を叩いた。
パン、と乾いた音。
「じゃあ本題」
全員の意識が切り替わる。
空気が締まる。
いいね。
この感じ。
「まずは魔法少女用の強化装備」
僕はさっきのケースを持ち上げる。
ゆっくりと前に出る。
澪、太陽、透花の前まで。
足を止める。
「これはお前ら専用に調整してある」
ケースを地面に置く。
カチ、とロックを外す音。
「対バル=グラドだけじゃない」
僕は三人を順に見る。
「その先も見てる」
全員の表情が、少しだけ変わる。
期待。
緊張。
覚悟。
全部混ざってる。
僕はゆっくりと蓋に手をかけた。
「だから――ちゃんと使いこなせ」
そのまま、蓋を開ける。
中に収まっている装備が、光を反射する。
「説明する」
そう言って――僕は口を開いた。
ケースの中に収まっていたのは――
「……え」
澪が小さく声を漏らす。
それも無理はない。
中にあるのは、ただの装備じゃない。
それぞれ明確に“違う”。
形も、構造も、発する気配すら。
「三人分、個別に作ってある」
僕はしゃがみ込んで、一つ目を取り出した。
細身のデバイス。
腕輪と、指輪、それから背中に装着する小型ユニットがセットになっている。
白と青を基調としたデザイン。
澪の魔法少女衣装と同じ色だ。
「まず澪」
僕はそれを軽く放り、澪の方へ投げる。
反射的に受け取る澪。
「これ、お前用」
「え、ちょっと……これって」
戸惑いながらも、澪は装備を見つめる。
僕はそのまま説明を始めた。
「スターライト・ミオ用強化装備、“ルミナス・フレーム”」
澪の目がわずかに見開かれる。
「機能はシンプル。魔力の“増幅と制御”」
僕は指を立てる。
「お前の星光魔法、出力自体は高いけど無駄が多い」
「うっ……」
図星らしい。
「だから、ロスを削って出力を底上げしてる」
僕は腕輪を指差す。
「それで基礎性能が約三倍」
「三倍!?」
太陽が横から叫ぶ。
澪もさすがに驚いた顔をしている。
「それだけじゃない」
僕は続ける。
「その背中のユニット、見える?」
澪が恐る恐る手に取る。
小型の翼のような形状。
「それ、“光子展開ユニット”」
僕は軽く説明する。
「空間に光の粒子をばら撒いて、そこを“踏める”ようにしてる」
「……踏める?」
「空中機動の自由度が上がる。ほぼ三次元移動」
澪の目が一気に真剣になる。
理解したな。
「それと」
僕は指輪を指差す。
「これで“集束”」
「集束?」
「ビームの収束率を極限まで上げる」
僕は軽く笑う。
「今までのレーザー、広がってたろ?」
「……ええ、多少は」
「それ、ほぼゼロになる」
澪が息を呑む。
「つまり」
僕はあっさり言う。
「貫通力が段違いに上がる」
澪が無言で装備を見つめる。
その手が、少しだけ強く握られる。
いい反応。
「あとおまけ」
「まだあるの!?」
「ある」
僕は平然と頷く。
「予備魔法回路積んでるから、簡単な汎用魔法なら使える」
「……汎用魔法?」
「シールドとか、加速とか、最低限のやつ」
澪が完全に固まる。
「……それ、私の魔法の範囲じゃ」
「だから拡張してるって言ってるだろ」
僕は軽く手を振る。
「次」
そのまま二つ目を取り出す。
今度はごつい。
手甲と脚部装甲、それに胸部コアユニット。
赤と金。
分かりやすい。
「太陽」
「おっしゃ来た!!」
太陽が勢いよく前に出る。
僕はそのまま装備を投げる。
「サンブレイザー用、“ブレイズ・コア”」
太陽がガシッと受け取る。
その顔はもう完全にテンションMAXだ。
「見た目通り、パワー系」
僕は簡単に言う。
「お前の陽炎魔法、出力はあるけど安定しない」
「うぐっ……」
これも図星。
「だから“燃焼制御”を入れてる」
胸部のコアを指差す。
「そこが中枢。魔力を一回圧縮してから放出する」
太陽が目を輝かせる。
「つまり?」
「爆発力アップ」
「よっしゃあああ!!」
分かりやすい。
「それと」
僕は手甲を指差す。
「近接戦闘用の強化」
「おお!」
「魔力を打撃に変換する。殴れば殴るほど燃える」
「最高じゃねーか!!」
完全に喜んでる。
「あと脚」
僕は脚部装甲を軽く蹴る。
「推進機構入れてる」
「え?」
「高速移動。直線なら音速近くまで出る」
太陽が一瞬固まってから――
「マジかよ!!」
叫んだ。
うるさい。
「それと最後」
僕は軽く言う。
「過熱制限、解除してる」
空気が一瞬止まる。
太陽の笑顔が固まる。
「……それって」
「限界まで出せるってこと」
僕は淡々と言う。
「その代わり、制御ミスると自分も焼く」
太陽が数秒沈黙して――
にやっと笑った。
「上等だ」
いいね。
「最後」
僕は三つ目を取り出す。
これは一見するとシンプルだ。
細い杖のようなデバイスと、小さな球体ユニット。
白と金。
透花の色だ。
「透花」
「はい」
静かに一歩前に出る。
僕はそれを手渡した。
「ヒーリング・ルクス用、“リバース・エンジン”」
透花がそれを大事そうに受け取る。
「回復特化、だけじゃない」
僕はゆっくり説明する。
「お前の回帰魔法、“時間を戻す”だろ」
「はい」
「でも制限がある」
「……1分以内、ですわね」
「それ」
僕は球体ユニットを指差す。
「それで拡張してる」
透花の目がわずかに見開かれる。
「……拡張?」
「時間の“記録”を外部に持たせる」
僕は空中に円を描く。
「そのユニットが、状態を常時保存する」
「つまり」
透花が息を潜める。
「巻き戻しの基準を……増やす?」
「正解」
僕は頷く。
「1分制限、実質解除」
空気が止まる。
澪も太陽も、完全に固まっている。
「……そんな」
透花の声が少し震える。
「代償はあるけどな」
僕は続ける。
「魔力消費がバカでかい」
透花がゆっくりと頷く。
「それでも……」
その目は強い。
「必要ですわね」
いい判断。
「あとその杖」
僕は指差す。
「回復だけじゃなくて、“状態操作”もできる」
「状態……?」
「強化、減速、簡易バフ・デバフ」
僕は軽く言う。
「サポート特化」
透花が小さく微笑む。
「わたくし向きですわね」
「だろ」
僕は立ち上がる。
三人がそれぞれ装備を手にしている。
表情は違う。
でも共通してるのは――
覚悟だ。
「で」
僕は軽く手を叩く。
パン、と音が響く。
「使い方は簡単。着けて、魔力流すだけ」
太陽が即座に動く。
「よっしゃ! やるぞ!」
澪も深く息を吸う。
透花は静かに目を閉じて、開いた。
鬼塚が後方から声を上げる。
「全員、配置につけ!」
空気が一気に変わる。
訓練じゃない。
実戦だ。
僕は少しだけ口元を歪めた。
「じゃあ――」
視線を三人に向ける。
「試してみろ」
その一言で。
戦闘テストが、始まる。
「――開始!」
鬼塚の号令が、演習場に響いた。
その瞬間。
空気が変わる。
「行く!」
最初に動いたのは澪だった。
白と青の装備が淡く光る。
背中の光子展開ユニットが展開――粒子が空中に散る。
次の瞬間。
「……っ!」
澪の体が“跳ねた”。
いや、違う。
踏んだ。
空中を。
「え……!?」
本人が一番驚いている。
でも止まらない。
連続で踏む。
空、空、空。
まるで見えない足場があるみたいに、三次元的に加速していく。
「すご……これ……!」
声が弾む。
そのまま腕を構える。
光が集まる。
「スターライト――!」
撃つ。
一直線の光。
今までとは明らかに違う。
収束。
拡散しない。
細く、鋭く、そして速い。
――ドンッ!!
遠方のターゲットが、貫かれて爆ぜた。
澪が目を見開く。
「……今の、私?」
「出力三倍って言ったろ」
僕は腕を組みながら答える。
澪が息を呑む。
それから、ゆっくりと笑った。
「……いける」
その一言。
十分だ。
「次ぃ!!」
叫びながら突っ込んだのは太陽。
もう装備は起動済み。
胸部コアが赤く輝いている。
「うおおおおおお!!」
踏み込む。
瞬間――消えた。
いや、速すぎて見えない。
「速っ!?」
澪が叫ぶ。
次の瞬間にはターゲットの目の前。
拳を振り抜く。
――ドゴォォン!!
爆発。
衝撃波が周囲の砂を吹き飛ばす。
「っしゃああ!!」
太陽が叫ぶ。
そのまま連続で踏み込む。
推進。
加速。
止まらない。
「もう一発!!」
拳に炎がまとわりつく。
いや、違う。
圧縮されている。
凝縮された熱量。
それを――叩き込む。
――ドンッ!!
さっきよりも重い音。
ターゲットが“消し飛ぶ”。
太陽が一瞬止まる。
自分の拳を見る。
「……やべぇ」
にやっと笑った。
「これ、やべぇぞ理久!!」
「分かってる」
僕は適当に返す。
その時。
「お二人とも、少し落ち着いてくださいませ」
透花の声。
柔らかい。
でも芯がある。
杖が光る。
球体ユニットがふわりと浮かび、淡い光を放つ。
その瞬間。
澪と太陽の周囲に、薄い膜のような光が展開された。
「……軽い?」
澪が呟く。
太陽が拳を握る。
「力、出やすくなってる」
「強化バフですわ」
透花が微笑む。
「それと――」
次の瞬間。
ターゲット側から発射された模擬攻撃。
高速で迫る。
澪が一瞬反応が遅れる。
――当たる。
その瞬間。
「――戻します」
透花が静かに言った。
光が弾ける。
時間が“巻き戻る”。
澪の位置が、攻撃前に戻る。
澪が息を呑む。
「……今の」
「セーブポイントですわ」
透花が穏やかに答える。
球体ユニットが静かに回転している。
「常時保存しておりますので」
「……すご……」
澪が呆然とする。
太陽も思わず口を開けている。
「ほぼ無敵じゃねぇかそれ……」
「代償はありますけど」
透花が苦笑する。
でも、その目は揺れていない。
「それでも、守れます」
その一言。
空気が締まる。
「いい感じじゃん」
僕は軽く言った。
その時。
「理久!」
鬼塚の声。
振り返る。
「第二フェーズに移行する!」
「はいはい」
僕は手を振る。
同時に。
空中に光が走る。
フェーズ・プレディクターが展開される。
赤いライン。
複数。
地面、空中、様々な位置に“危険領域”が描かれる。
「うわ、なにこれ!?」
太陽が叫ぶ。
「当たる場所」
僕が即答する。
「避けろ」
次の瞬間。
模擬攻撃が一斉に発射された。
高速。
数も多い。
「っ!」
澪が動く。
ラインを避ける。
空中を踏む。
完璧な回避。
「いける……見える……!」
太陽も突っ込む。
直線的に。
でもラインを踏まない。
「避けられるぞこれ!!」
透花は後方で支援。
危険な瞬間だけ、巻き戻す。
その連携。
数分後。
すべてのターゲットが破壊された。
静寂。
風が吹く。
砂が舞う。
澪がゆっくりと降りてくる。
太陽が肩で息をする。
透花が静かに杖を下ろす。
鬼塚が前に出る。
周囲を見回す。
そして――
「……成功だな」
低く言った。
僕は軽く肩をすくめる。
「まあ、こんなもんでしょ」
澪が僕を見る。
「理久」
その声は、もう迷っていない。
「これなら……戦える」
太陽が笑う。
「いや、勝てるだろこれ!!」
透花が静かに頷く。
「ええ……勝ちに行けますわ」
僕は三人を見て。
少しだけ考えてから。
「――さあな」
そう答えた。
でも。
「少なくとも」
僕は空を見上げる。
青い空。
何もない。
今は。
「前よりは、ずっとマシ」
それだけ言った。
鬼塚が小さく息を吐く。
「……これで準備は整った」
その言葉に。
誰も否定しない。
できることはやった。
あとは――
来るのを待つだけ。
風が吹く。
その静けさの中で。
誰もが同じことを思っていた。
次は――
本番だ。
そして。
その“本番”は、そう遠くない。
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