第42話 天才はもう作り終わっている
「終わった」
僕は実験机の上に転がる工具を足でどかしながら、スマホを耳に当てた。
「必要なやつ、全部できたから来て」
通話の向こうで一瞬の沈黙。
それから、低い声が返ってくる。
『……は? 全部って、お前……』
「説明するから。来て」
それだけ言って通話を切る。
余計な前置きはいらない。どうせ見れば分かる。
僕は椅子に腰掛け、軽く背もたれに体を預けた。
天井を見上げる。
蛍光灯の白い光が、やけに眩しい。
――四天王、バル=グラド。
あの映像。
都市が“消えた”光景。
普通の人間なら恐怖するんだろうけど、正直に言えば――
「面白いよな、あれ」
思わず口に出る。
位相削除。
干渉不可。
不可逆。
理論としては成立する。でも実現してるのが異常すぎる。
だからこそ――
「対抗できる」
ドアが勢いよく開いた。
「おい理久!!」
鬼塚が息を荒げて部室に入ってくる。制服じゃない、いつもの自衛隊の作業服姿だ。顔には明らかに焦りと、少しの苛立ち。
「全部できたってなんだ、あの会議からまだ――」
「一晩あれば十分だろ」
僕は肩をすくめる。
鬼塚の眉間にしわが寄った。
「……魔法少女たちは修行に出てる。少しでも戦えるようにってな」
「だろうね」
当然だ。
あの差を見せられて、何もしないやつはいない。
「だから今ここにいるのは俺だけだ。……で?」
鬼塚が部屋を見回す。
机の上、床、壁際。
そこら中に置かれた見慣れない装置。
コードが絡み合い、金属フレームがむき出しで、明らかに“実験室”の空気じゃない。
戦場の準備だ。
「順番に説明する」
僕は立ち上がり、最も手前に置いてあった装置を軽く叩いた。
金属音が乾いた音を立てる。
「まず一つ目。センサー」
鬼塚が腕を組む。
「フェーズレーダーの改良か?」
「改良ってレベルじゃないけどね」
僕は装置のカバーを外した。
中から現れるのは、幾重にも重なったリング状の構造体。その中心には、ゆっくりと回転する透明な結晶体。
淡く光っている。
「名前は――フェーズ・ディープスキャン」
「……深層探査?」
「そ。今までのフェーズレーダーは“表層”しか見てなかった」
僕は指で空間をなぞる。
「ヴォイドの出現予兆って、空間の歪みとして観測してたろ。でもあれ、実際はもっと深いところで起きてる」
鬼塚が無言で聞いている。
理解しようとしている顔だ。
「バル=グラドは、その“さらに奥”から来てる」
僕は結晶体を指で弾いた。
カチ、と軽い音。
「だから、そこを直接見るようにした」
「……簡単に言うな」
「簡単だよ。位相の多層構造を分解して、干渉パターンを逆算してるだけ」
鬼塚が頭を押さえた。
「意味が分からん」
「分かんなくていい。結果だけ覚えて」
僕は指を一本立てる。
「バル=グラドの出現、最速で“数時間前”に分かる」
「……は?」
空気が止まる。
鬼塚の目が見開かれた。
「数時間……だと?」
「うん。しかも精度も段違い。座標もほぼピンポイント」
僕は軽く笑う。
「逃げる時間も、迎撃準備の時間も、全部こっちのもの」
鬼塚が装置をじっと見つめる。
その視線には、驚きと、現実味のなさと、ほんの少しの――希望。
「……本当に、そんなことが可能なのか」
「もうできてるって言ってるだろ」
僕は肩をすくめる。
「試験運用も終わってる。誤差はほぼゼロ」
鬼塚がゆっくりと息を吐いた。
「……化け物め」
「褒め言葉として受け取っとく」
僕は軽く手を振って次の装置に歩く。
床に据え付けられた、大型のフレーム。
円形の台座。その周囲を囲むように配置された八本の支柱。上部ではそれらがリングで繋がり、まるで檻のような構造になっている。
中心には――何もない。
ただの空間。
「で、二つ目」
僕はその中心に立つ。
鬼塚が一歩近づいた。
「これは?」
「移動手段」
僕は軽く床を踏んだ。
コン、と乾いた音。
「名前はフェーズ・ゲート」
鬼塚の目が細くなる。
「……転移装置か」
「正確には、“位相間ジャンプ”」
僕は上を見上げる。
リング部分が微かに光を帯びる。
「バル=グラドのせいで、既存の転移は干渉されてたろ?」
「ああ。完全に封じられた」
「だから別ルート使うことにした」
「別ルート?」
僕はにやりと笑う。
「“同じ世界の中で移動するから干渉される”んだよ」
「……?」
「だったら一回、世界の外に出ればいい」
沈黙。
鬼塚が固まる。
「……は?」
「位相の外縁を経由して、目的地の座標に再侵入する」
僕は空中に線を描くように指を動かす。
「こう、ぐるっと回って入る感じ」
「待て待て待て」
鬼塚が両手を上げた。
「それ、もう転移ってレベルじゃないだろ」
「そう? ただのショートカットだけど」
「世界の外を通るショートカットがあるか!!」
声が部室に響く。
僕は少しだけ肩をすくめた。
「でも実際できるし」
軽く装置の側面を叩く。
低い駆動音が響いた。
「これ使えば、地球のどこにいても“数秒”で到達できる」
鬼塚の顔が、言葉を失ったまま固まる。
そのままゆっくりと、装置全体を見上げた。
「……バル=グラドがどこに出ても、か」
「そう」
僕は頷く。
「逃げられないよ、あいつ」
少しだけ間を置いて。
僕は笑った。
「今度は、こっちが“行く側”だから」
鬼塚はしばらく黙っていたが、やがて深く息を吐いた。
「……分かった。続けろ」
その目はもう、完全に覚悟を決めている。
逃げるつもりはない。
戦う気だ。
いいね。
そうじゃないとつまらない。
僕は軽く手を叩いた。
「じゃあ次。防御と予測――まだあるから」
――まだ半分も説明してない。
だけど、ここからが本番だ。
「じゃあ次」
僕はフェーズ・ゲートから降りて、部屋の奥に歩いていく。
鬼塚の視線が、自然と僕の後を追ってくるのが分かる。
いい感じに頭が追いついてない顔だ。
「……まだあるのか」
「むしろここからが本題」
軽く振り返って言うと、鬼塚は呆れたように息を吐いた。
「お前の“本題”は毎回スケールが狂ってるんだよ……」
無視する。
そんなことより。
僕は壁際に立てかけてあったケースを開いた。
中に収まっているのは――腕輪型のデバイス。
既視感はあるはずだ。
「フェーズシールド……か?」
鬼塚がすぐに反応する。
「まあ、元はね」
僕はそれを手に取り、軽く放ってからキャッチした。
「これは改良型。対バル=グラド専用仕様」
鬼塚の表情が引き締まる。
「……説明しろ」
「前提として」
僕は腕輪を指先で回しながら言う。
「バル=グラドの攻撃、“防げない”」
「……ああ」
即答だった。
あの映像を見れば誰でも分かる。
防御は意味がない。
「だから方向性を変えた」
僕は腕輪を鬼塚に投げた。
反射的に受け取る鬼塚。
「それ、ただのシールドじゃない」
「……どういうことだ」
「受けない」
短く答える。
鬼塚の眉が動く。
「……は?」
「位相削除ってのは、“そこに存在してるもの”を消す攻撃」
僕は床を軽く踏みながら説明を続ける。
「だったら、“存在しなければいい”」
数秒の沈黙。
鬼塚の理解が一段階進むのが、表情で分かる。
「……まさか」
「そう」
僕は笑った。
「フェーズ・シフトシールド」
腕輪を指差す。
「攻撃を受ける瞬間だけ、装着者を“別位相”にずらす」
鬼塚が息を呑んだ。
「……回避、だと?」
「完全回避」
僕ははっきり言い切る。
「物理的に触れない。干渉できない。削除対象から外れる」
鬼塚が腕輪をじっと見つめる。
「……そんなことが可能なのか」
「既に可能だからここにある」
僕は肩をすくめる。
「しかもこれ、自動発動」
「自動?」
「攻撃の発動タイミングに合わせて強制シフト」
僕は指を鳴らした。
パチン、と乾いた音。
「ラグはあるけど、あいつの攻撃にもラグがある。相殺できる」
鬼塚がゆっくりと顔を上げる。
その目には、さっきまでとは違う光があった。
理解した人間の目だ。
「……つまり」
「“当たらなければどうということはない”ってやつ」
僕が言うと、鬼塚は一瞬だけ苦笑した。
「……軽く言うな」
でも否定はしない。
むしろ――納得している。
「ただし制限はある」
僕は続ける。
「連続使用は不可。位相ズレの負荷がデカい」
「何回だ」
「数回が限界。使いどころは選ぶ必要がある」
鬼塚が頷く。
「それでも……十分すぎる」
「でしょ」
僕は次の装置に向かう。
机の上に置かれている、小型の球体デバイス。
表面は滑らかで、ほとんど継ぎ目がない。
中央には薄く光るラインが走っている。
「で、最後」
僕はそれを手に取る。
軽い。
でも中身は軽くない。
「これは予測装置」
鬼塚が即座に反応する。
「フェーズレーダーの延長か?」
「近いけど別物」
僕は球体を軽く放り、空中で回転させる。
「名前はフェーズ・プレディクター」
鬼塚が目を細める。
「……予測、か」
「バル=グラドの攻撃、発動にラグがあるって言ったよな」
「言っていたな」
「つまり“予兆”がある」
僕は球体をキャッチして、そのまま鬼塚に見せる。
「空間の歪み、魔力の流れ、位相の揺らぎ」
一つずつ指でなぞる。
「全部、兆候として出る」
鬼塚が息を潜める。
「……それを読むのか」
「読むだけじゃない」
僕は首を振る。
「“未来を出す”」
沈黙。
数秒。
鬼塚の顔が固まる。
「……は?」
「予兆から行動を逆算して、数秒先の攻撃位置を表示する」
僕は床に軽く投げた。
球体がふわりと浮かび、淡い光を広げる。
空間に、線が描かれる。
まだ何も起きていないのに。
「こんな感じで、危険領域を可視化する」
鬼塚の目が、その光に釘付けになる。
「……回避行動が取れる、ということか」
「そう」
僕は頷く。
「見えてれば避けられる。避けられれば死なない」
単純な話だ。
鬼塚はしばらく何も言わなかった。
ただ、装置と僕を交互に見ている。
その目にあるのは――
驚き。
理解。
そして。
「……勝てるのか」
小さく、呟いた。
僕は少しだけ考えてから答える。
「さあ」
正直に言う。
でも。
「少なくとも、“戦いにはなる”」
前よりは。
確実に。
鬼塚はゆっくりと目を閉じて、息を吐いた。
そして、もう一度開く。
その視線は、完全に戦場のものだった。
「……十分だ」
そう言った。
僕は軽く笑う。
「でしょ」
そして。
まだ説明してないものに、視線を向ける。
「あと一個ある」
鬼塚が眉をひそめる。
「……まだあるのか」
「これはおまけ」
僕は肩をすくめた。
「魔法少女用の強化装備」
鬼塚の表情が少しだけ変わる。
「……汎用か?」
「うん。対四天王だけじゃない」
僕はケースに手をかける。
「全部の戦いを想定したやつ」
ゆっくりと蓋を開ける。
その中身を、鬼塚が覗き込む――
――そこで僕は、一度言葉を切った。
ケースの中を覗き込もうとした鬼塚の動きが、ぴたりと止まる。
僕はそのまま蓋を閉じた。
パタン、と軽い音。
「……見せないのか?」
鬼塚が眉をひそめる。
「今はいいや」
僕はあっさり言った。
「これは本人たちに直接説明する」
「……魔法少女用か」
「そう。個別最適化も入ってるし、第三者に説明しても意味ない」
僕はケースを軽く叩く。
中身はまだ秘密でいい。
どうせ――
「実戦で見せた方が早いし」
鬼塚が少しだけ口元を引き締める。
「……つまり、使う気か」
「当たり前だろ」
僕は椅子に腰掛けて足を組んだ。
「机の上で完成したって、現場で使えなきゃゴミ」
軽く肩をすくめる。
「特に今回の相手は“規格外”だし」
鬼塚がゆっくりと頷く。
その顔はもう、完全に現実を受け入れている。
「……テストをやるんだな」
「うん」
僕は指を一本立てる。
「実戦想定。全装備」
「場所は?」
その問いに、僕は一瞬だけ考えるふりをして――すぐに答えた。
「派手に暴れられるとこ」
「……具体的には」
「人がいなくて、壊れても問題なくて、広い場所」
僕は指を折りながら条件を並べる。
「できれば障害物もあった方がいい。バル=グラド想定なら地形も重要だし」
鬼塚が腕を組む。
数秒、思考。
そしてすぐに口を開いた。
「演習場を押さえる」
「さすが」
僕は軽く手を叩く。
「自衛隊様は話が早くて助かる」
「お前のためじゃない。人類のためだ」
「結果同じだろ」
僕は笑う。
鬼塚は小さくため息をついた。
でも、その目はもう迷っていない。
「全員集める。魔法少女協会にも連絡を入れる」
「うん」
「時間は?」
「早い方がいい」
僕は即答する。
「準備は終わってる。あとは使うだけ」
鬼塚が一度だけ深く頷いた。
「分かった。今日中に段取りをつける」
そのまま踵を返して、ドアに向かう。
手をかけて、止まる。
振り返る。
「……理久」
「なに」
鬼塚は一瞬だけ言葉を選ぶように黙ってから、静かに言った。
「本当に、これで戦えるんだな」
僕は少しだけ目を細める。
そして――肩をすくめた。
「さあ」
正直に答える。
でも。
「だから試すんだろ」
それが全部だ。
鬼塚は数秒だけ僕を見て――
「……そうだな」
短く言って、部室を出ていった。
ドアが閉まる音。
静けさが戻る。
僕は椅子に深く座り直して、天井を見上げた。
白い光。
無機質な空間。
その中で。
机の上に並ぶ装置たちだけが、やけに異質だった。
センサー。
転移。
回避。
予測。
全部揃ってる。
――あとは。
「使えるかどうか」
それだけ。
僕は立ち上がって、フェーズ・シフトシールドを手に取る。
軽く握る。
感触を確かめる。
問題ない。
「……まあ」
小さく呟く。
「どうせ、できるだろ」
根拠はない。
でも、外れたこともない。
だから――
僕は笑った。
「次は、こっちの番だ」
――――――
その日、天霧市の外れにある広大な演習場に、関係者が集められることになる。
魔法少女たち。
自衛隊。
そして――
天才中学生が作った、“規格外に挑むための装備”。
全てを持ち込んで。
実戦テストが始まる。
次は――
机の上じゃない。
戦場での証明だ。
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