第41話 見えない破壊の記録
――都市が、消えたらしい。
そんな一文だけが、通信端末の通知欄に表示されていた。
けど僕は、その通知を一瞥しただけで、すぐに視線を手元に戻す。
今はそれどころじゃない。こっちはもっと面白いことをやってる最中だ。
「……やっぱりそうか。魔力波形の位相差、ここで打ち消してる」
机の上には分解された装置がいくつも転がっている。フェーズレーダーの改良版、魔力波形の記録装置、それから――今まさに組み直している、魔法構造解析ユニット。
どれも既存の技術を一段階引き上げるためのパーツだ。
いや、“引き上げる”って表現は正確じゃないな。
僕はただ、構造を理解して、最適な形に組み替えてるだけだ。
「理久、それもう三時間は同じことやってるわよ……」
背後から呆れた声が飛んできた。
振り返らなくても誰かは分かる。
「澪、今いいとこ。あと少しで証明終わる」
「さっきも同じこと言ってたでしょ……」
星川澪はため息をつきながら、部室の窓際に置かれた椅子に腰掛けている。制服姿のままだけど、どこか疲れた顔だ。
まあ無理もない。放課後からずっとここに付き合わされてるんだから。
「で、何してるの?」
「魔法の“干渉”の再現。複数の魔法を同時に発動したとき、どうやって安定させてるのか調べてる」
「……それ、必要なの?」
「必要。これ分かれば、魔法同士をぶつけて相殺できる」
「えっ」
澪が顔を上げる。目がちょっとだけ見開かれた。
「つまり、相手の魔法を“消す”ことができる」
「ちょっと待って、それってかなり――」
「うん、強い」
僕はさらっと言い切って、手元の装置に視線を戻す。
重要なのは強いかどうかじゃない。
できるかどうか、それだけだ。
カチッ、と部品が噛み合う音がした。
「……できた」
簡易的な試験ユニットを起動する。魔力波形を流して、干渉パターンを再現。
――綺麗に打ち消した。
「よし、理論通り」
「……もう慣れたけど、本当にやりたい放題ね」
「できることをやってるだけ」
僕が肩をすくめた、そのときだった。
――バンッ!!
勢いよく扉が開かれる。
「天原!!」
荒い呼吸と一緒に、鬼塚が飛び込んできた。
自衛隊の制服のまま、明らかに走ってきた様子だ。額には汗、肩で息をしている。
いつも冷静なこの人が、ここまで慌ててるのは珍しい。
「……なに」
僕は作業の手を止めずに答える。
「海外の都市が……壊滅した!」
「へぇ」
ドライな反応が口から出る。
澪が「ちょっと理久!」って小声で突っ込んでくるけど、無視。
「詳細は!? 被害規模は!? 原因は!?」
「分からない!」
即答だった。
「……は?」
さすがに僕も顔を上げる。
「通信は途絶、観測機器もすべて沈黙。生存者の報告もない……何が起きたのか、誰にも分からないんだ」
鬼塚の声は低く、重い。
ただの“被害”じゃない。
“情報が消えてる”。
「フェーズレーダーは?」
「反応はあった。だが、記録は途中で消失している」
「……へぇ」
面白い。
思考が一気に加速する。
観測不能。記録消失。通信断絶。
つまり――“見えない何か”が、完全に情報を遮断した。
「……理久?」
澪が不安そうに僕を見る。
「分かった」
僕は立ち上がる。
そして机の上のパーツを一気にかき集めた。
「ちょ、何するの?」
「原因を見に行く」
「行くって、どうやって――」
「“過去”を見ればいい」
僕はそう言いながら、装置を組み上げていく。
カメラのフレーム、魔力記録ユニット、位相干渉制御装置。
それらを一つにまとめる。
「……理久、それってまさか」
鬼塚が息を呑む。
「過去視。時間遡行じゃない、記録再現」
僕は淡々と説明する。
「その場所に残った魔力の“痕跡”を読み取って、映像として再構成する。理論上は可能だったから、今作る」
「今!?」
澪が声を上げる。
「うん、今」
カチッ、と最後の接続が完了する。
「――完成」
手のひらサイズのビデオカメラ。
ただし中身は、普通の機械じゃない。
「これ、現地に持ってって」
僕はそれを鬼塚に投げ渡す。
「その場で撮影すれば、直前に何が起きたか分かる」
鬼塚はそれを受け取りながら、目を見開いていた。
「……こんな短時間で……」
「時間かける理由ないでしょ」
僕は肩をすくめる。
「詳しい話は、それ見てからでいい」
「……ああ、分かった」
鬼塚の表情が引き締まる。
さっきまでの焦りは消えて、いつもの“任務中の顔”になっていた。
「すぐに人員を派遣する。これを持たせる」
「よろしく」
「……天原」
鬼塚が一瞬だけ、言葉を詰まらせる。
「これは――本当に、切り札になる」
「でしょ」
僕は軽く手を振る。
「じゃあ行って」
「……ああ」
鬼塚は踵を返し、そのまま部室を飛び出していった。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
しばらくの静寂。
「……ねえ理久」
澪が静かに口を開く。
「都市が壊滅したって……それ、かなりまずい状況じゃない?」
「うん、まずいね」
僕はあっさり肯定する。
「じゃあなんでそんな平然としてるのよ……」
「原因分かれば対策できる」
それだけの話だ。
未知は問題じゃない。
分からないままなのが問題なだけ。
「それに」
僕は再び椅子に座り、作業を再開する。
「まだ研究途中なんだよね」
「……は?」
「魔法干渉の安定化。これ完成すれば、かなり面白いことできる」
澪が頭を抱える音がした。
「……本当にブレないわね、あんた」
「当たり前」
僕は工具を回しながら、淡々と言う。
「壊れたなら、直せばいい」
「……都市規模でも?」
「うん」
少し考えて、付け加える。
「まあ、時間はかかるけど」
外では、何かが壊れたらしい。
でも僕にとって重要なのは――
それが“どう壊れたのか”。
それさえ分かれば、次はこっちの番だ。
――そして数時間後、その“記録”が届くことになる。
人類が、まだ何も理解していなかったという事実ごと。
――――――
部室の空気は、いつもと同じはずなのに、どこか重かった。
理由は分かっている。
机の中央に置かれた、小さなビデオカメラ。
あれが“持ち帰ってきたもの”のせいだ。
「……全員揃ったな」
鬼塚が腕を組んで言う。
その声はいつも通り冷静だけど、わずかに硬い。
部室には僕たち虚界研究部のメンバー――澪、太陽、透花。そして鬼塚。
さらに壁に設置されたモニターには、オンラインで接続している白峰の姿が映っている。
『音声、問題ありません。映像もクリアです』
白峰が落ち着いた声で言う。
いつも通りの大人の余裕。だけどその目は、しっかりとカメラを見据えていた。
「それじゃあ始める」
僕はビデオカメラを手に取る。
「これが現地で撮影してきた“過去”」
誰も軽口を叩かない。
太陽ですら、腕を組んで黙っている。
「再生するよ」
カチッ。
スイッチを押した瞬間、部室の照明が自動で落ち、映像がモニターに投影される。
――そこに映ったのは、“完璧な都市”だった。
高層ビルが並び、道路は整備され、空にはドローン型の監視機器。
人の姿も見える。慌ただしい様子はない。
むしろ、落ち着いている。
「……普通の街、だな」
太陽がぽつりと呟く。
「避難も始まってない……?」
澪が眉をひそめる。
「フェーズレーダーで事前検知してるはず……なのに」
白峰の声が重なる。
「……いや、見て」
僕は画面の一部を指差す。
遠く、空の一点。
――歪んでいる。
空間が、ぐにゃりと曲がっている。
「来るぞ」
鬼塚の低い声。
次の瞬間だった。
“何か”が、現れた。
……いや、違う。
“現れたように見えた”。
形が定まらない。
人型のようで、人ではない。
影のようで、実体がある。
ただ一つ分かるのは――
「……でかくないか?」
太陽の声が、少し震えていた。
圧倒的な“存在感”。
映像越しでも分かる。
あれは、ヴォイドじゃない。
「……四天王」
白峰が静かに言った。
名前は出ていない。
でも、全員が同じ結論に辿り着いていた。
次の瞬間。
そいつが、腕を振った。
――それだけだった。
それだけで。
遠くのビル群が、“消えた”。
爆発じゃない。
崩壊でもない。
ただ、そこにあったものが――“無くなった”。
「……は?」
太陽の声が裏返る。
「ちょっと、待って……今の……何?」
澪の声も震えている。
「消え……ました……?」
透花が信じられないものを見るように、画面を見つめている。
映像は続く。
迎撃ユニットが起動する。
無数の光弾、レーザー、魔法攻撃。
完璧な迎撃網。
――全部、当たっている。
なのに。
「効いてない……?」
澪が呟く。
その通りだった。
命中しているはずなのに、何も起きない。
ダメージの“概念”が存在していないみたいに。
そして。
また一振り。
今度は地面が消えた。
道路も、車も、人も。
「やめろよ……」
太陽が小さく呟く。
拳を強く握りしめている。
「こんなの……戦いじゃねえだろ……」
さらに一歩。
それだけで、周囲一帯が“削れる”。
「……数分、です」
白峰の声が、かすかに揺れる。
「都市規模の防衛体制が……数分で……」
最後に映ったのは。
何も無くなった街だった。
ビルも、人も、道路も。
全部、消えている。
そこに立っているのは――あの存在だけ。
そして。
映像は、途切れた。
カチッ。
再生が終わる。
部室に、音が戻る。
けど、誰もすぐには話せなかった。
沈黙。
重く、冷たい沈黙。
最初に口を開いたのは、透花だった。
「……わたくし……こんなの、初めて見ました……」
その声は、いつものおっとりした調子より、ずっと小さい。
「治すとか……そういう話じゃないです……これは……」
「……ああ」
鬼塚が低く頷く。
「“被害”じゃない。“消失”だ」
澪がゆっくりと口を開く。
「……理久」
その声は、はっきりと不安を含んでいた。
「これ……本当に、どうにかできるの?」
太陽が続く。
「俺さ……今まで、何とかなるって思ってた」
視線はモニターのまま。
「でもこれ……無理だろ……」
白峰が静かに言う。
『……正直に言います』
その声は冷静だが、重い。
『現行戦力では、対抗不可能です』
はっきりとした“否定”。
「……だよな」
太陽が苦く笑う。
「でも」
僕は椅子にもたれながら、口を開いた。
「面白い」
全員の視線が、一斉にこっちに向く。
「なに言ってるのよ……」
澪が呆れと困惑を混ぜた声を出す。
「だって見たでしょ」
僕はモニターを指差す。
「“消してる”んじゃない。“干渉してる”」
「……は?」
「位相ごと削ってるだけ」
僕はあっさり言い切る。
「だから防げないし、当たっても意味ない」
「ちょっと待って、それ分かったの!?」
澪が思わず身を乗り出す。
「うん、大体」
僕は軽く頷く。
「仕組みは単純」
そして。
「対処もできる」
沈黙。
さっきとは違う意味の沈黙が、部室を満たす。
「……マジかよ」
太陽が呟く。
「本当、ですの……?」
透花が不安そうに僕を見る。
白峰も、鬼塚も、黙って僕を見ている。
「まあ、まだ仮説だけど」
僕は肩をすくめる。
「でも、やることは見えた」
僕は立ち上がる。
「じゃあ次」
軽く手を叩く。
「対策、考えよっか」
――ここからが本番だ。
――誰も、すぐには動かなかった。
さっきまで映っていた“何もない都市”の光景が、まだ頭から離れない。
けど、それは僕も同じだ。
ただし違うのは――
「……で、結論から言うね」
僕は椅子に深く座り直し、指を組む。
「今のあれ、“破壊”じゃない」
「え……?」
澪が顔を上げる。
「じゃあ何なのよ、あれ……!」
「“削除”」
短く答える。
「もっと正確に言うと、位相ごと消してる」
部室の空気が、また変わる。
「位相……って、理久がいつも言ってる、あの?」
太陽が戸惑いながら聞いてくる。
「そう。現実空間と虚界の“重なり”の部分」
僕はモニターを指差す。
「普通の攻撃はさ、表面を壊してるだけなんだよ。建物とか、人とか」
「……うん」
「でもあいつは違う。存在してる“層”ごと削ってる」
澪の表情が、はっきりと強張る。
「……それって」
「防御できないってこと」
即答。
「フェーズシールドも意味ない。干渉する前に“無くなる”から」
「……そんなの……」
澪が言葉を失う。
透花が小さく呟く。
「治癒も……間に合いませんね……」
「うん。そもそも“残らない”からね」
太陽が拳を叩きつける。
「じゃあどうすんだよ!? 無理じゃねえかこんなの!」
「いや、できるよ」
僕はあっさり言った。
全員の視線が、また集まる。
「仕組みが分かれば、対策は立てられる」
僕は机の上にペンを走らせる。
簡単な図を描く。層が重なった構造。
「相手がやってるのは“位相干渉による削除”」
「……うん」
澪が必死に理解しようとしている顔で頷く。
「だったらこっちは逆に、“位相をずらす”」
「ずらす?」
「そう」
僕は図の一部をずらして見せる。
「同じ層にいなければ、干渉されない」
沈黙。
「……つまり?」
太陽が聞く。
「攻撃が来る瞬間に、自分の位相を一時的に別の層に逃がす」
「そんなこと……できるの?」
澪が息を呑む。
「できるようにする」
僕は即答する。
「フェーズシフターの応用。個人単位で発動できるように小型化すればいい」
鬼塚が腕を組んだまま言う。
「……理論上は可能、か」
「もう半分くらいできてるし」
「は?」
「元々、位置ずらす装置はあるでしょ。あれを瞬間的に全身に適用するだけ」
「“だけ”って言うなよ……」
太陽が呆れる。
僕は続ける。
「あともう一つ」
全員の視線が集中する。
「相手の攻撃、発動にラグがある」
「……え?」
「見てたでしょ。腕振ってから消えるまで、ほんの一瞬だけど間がある」
澪が思い出すように目を細める。
「あ……確かに……」
「だからその間に回避すればいい」
「いやいやいや!」
太陽が手を振る。
「そんなの見てから避けられるか!?」
「だから予測する」
僕はさらっと言う。
「フェーズレーダーの拡張。動きの予測アルゴリズム追加すれば、どこに来るか分かる」
「……それ、できるの?」
「できる」
間髪入れずに答える。
白峰が画面越しに口を開いた。
『……必要な資材は?』
話が早い。
「高純度フェーズクリスタル。あと魔力伝導率の高い基板素材。量は――」
僕はさらさらと書き出す。
「このくらい」
白峰が一瞬だけ目を見開いた。
『……かなりの量ですね』
「量産前提だからね」
『分かりました。優先手配します』
即答だった。
鬼塚が続く。
「人員はどうする」
「テスト必要。実地検証も」
「場所は?」
「安全圏でいい。最初は小規模で」
鬼塚が頷く。
「政府と調整する。訓練場を確保する」
「よろしく」
澪がまだ不安そうに僕を見る。
「……理久、本当に……これでいけるの?」
「いけるかどうかはやってみないと分かんない」
正直に答える。
「でも」
僕は軽く笑う。
「何もしないよりはマシでしょ」
透花が小さく頷いた。
「……そうですね。できることを、やるしかありませんわ」
太陽も深く息を吐く。
「……ああ。やるしかねえよな」
鬼塚が全員を見渡す。
「方針は決まったな」
白峰も静かに言う。
『各方面への調整はこちらで行います。天原さん、引き続き解析と開発をお願いします』
「了解」
僕は軽く手を上げる。
「じゃあ会議終わり」
あっさり締める。
「え、そんな軽く!?」
澪が思わず突っ込む。
「やること決まったし」
僕はもう工具を手に取っている。
「時間もったいない」
太陽が苦笑する。
「ほんとブレねえな、お前……」
「当たり前」
僕は視線を落とす。
「次は勝つだけだから」
部室の空気は、まだ重いまま。
でも、止まってはいない。
壊れたなら、直す。
消されたなら、対抗する。
それだけの話だ。
――こうして、僕たちは“やれること”をやるために動き出した。
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