第35話 魔力はインフラになる
「――で、これがその“試作品”」
僕は机の上に置いた手のひらサイズの装置を軽く叩いた。
カチ、と小さな音がして、透明な筐体の中で淡い光が脈打つ。
それは、まるで心臓みたいに――規則的に、確かに“何か”を生み出していた。
「……それ、本当に“魔力”なんですの?」
画面越しに白峰が眉をひそめる。
オンライン会議用の大型モニターに映る彼女は、いつも通り冷静な顔をしているけど、ほんのわずかに目が細められていた。
疑い半分、警戒半分ってところか。
「魔力だよ。正確には“人工生成魔力”。回帰魔法の波形をベースにしてる」
「……いや待て」
横で腕を組んでいた鬼塚が口を挟んだ。
「お前、魔法を再現したってだけでも大概なのに……今度は“魔力そのものを作る”ってどういうことだ」
「そのまんまだよ」
僕は肩をすくめる。
「魔法ってさ、結局“魔力を使った現象”なんだよね。なら、魔力が安定供給できれば、魔法は“ただの消費処理”になる」
「……」
「つまり、今までの問題は“魔法少女しか魔力を持ってない”って一点だけだった」
僕は装置を持ち上げて、軽く振った。
中の光がふわっと揺れる。
「それ、解決した」
部室の空気が、一瞬止まる。
「いやいやいやいや!」
真っ先に反応したのは太陽だった。
「それってさ、それってさ! もう誰でも魔法使えるってことじゃん!」
「そうだよ」
「軽っ!?」
「軽く言ってるけど、やってることは重いから安心して」
「安心できねぇよ!?」
太陽が頭を抱える。
うん、いいリアクション。
「理久くん……」
透花が、少しだけ困ったように僕を見る。
「それは……つまり、わたくしたち魔法少女が持っていた“特別”が……」
「なくなるね」
即答した。
透花の肩がぴくっと揺れる。
「でもさ」
僕は続ける。
「それって別に悪いことじゃないでしょ」
「……え?」
「特別だから守らなきゃいけない、とか。特別だから危険な場所に行かなきゃいけない、とか。そういう構造そのものが歪んでる」
僕は装置を机に戻した。
「だったら、全員が使えればいい」
淡々と、当たり前のことを言う。
「そうすれば、“戦う人”と“守られる人”の区別は消える」
「……」
「まあ、現実には訓練とか適性とかあるから完全には無理だけど。でも“選択肢”は増える」
僕は鬼塚を見る。
「で、それをやるには“インフラ”が必要なんだよね」
「……来たな、本題」
鬼塚がため息をつく。
「そう。これ」
僕は再び装置を指で叩いた。
「これは“個人用”。部室で使うための小型魔力生成装置」
「個人用……」
「でもさ、これをそのまま拡張すればどうなると思う?」
鬼塚は答えない。
でも、わかってる顔だ。
「“発電所”になる」
僕は笑った。
「魔力の」
沈黙。
今度は長い。
白峰がゆっくりと口を開いた。
「……つまり、あなたはこう言いたいのね」
「うん」
「“国家規模で魔力を生産しろ”と」
「そう」
即答。
「予算出して」
「簡単に言うな」
鬼塚が頭を押さえる。
「いやだって必要じゃん」
「必要かどうかの話じゃない! 前例がないんだよ、こんなもん!」
「前例なんて作ればいいでしょ」
「お前なぁ……」
呆れたように鬼塚が笑う。
でも、その目は真剣だった。
「規模は?」
「とりあえず天霧市一つ賄えるくらい」
「とりあえずで言うな」
「最終的には全国、できれば全世界」
「段階を踏め段階を!」
「踏むよ? だからまずは一個」
僕は机に指でトントンとリズムを刻む。
「で、それができたら“蓄魔器”を作る」
「ちくまき?」
「バッテリーみたいなもん。魔力を保存して持ち運べるようにする」
「……」
「そうすればさ、ポーションタブレットとかも“魔力切れ”で使えないってことなくなる」
鬼塚の表情が変わる。
「……つまり、前線での継戦能力が……」
「跳ね上がるね」
僕は頷く。
「あと、迎撃ユニットも完全自律になる」
「……」
「フェーズドームも常時展開可能」
「……」
「まあ、ついでに言うと」
僕は少しだけ声を落とした。
「四天王クラスが来ても、“リソース切れ”で負けることはなくなる」
その一言で、空気が変わる。
「……理久」
鬼塚が低く言う。
「それ、本気で言ってるのか」
「うん」
「根拠は?」
「計算した」
僕は即答する。
「魔力消費量と生成効率、全部データ取ってる。大型化すれば供給は十分間に合う」
「……」
「むしろ余る」
「余る!?」
「うん。だから新しい用途も考えないといけない」
「お前なぁ……」
鬼塚が頭を抱えたまま笑う。
「スケールがデカすぎるんだよ、毎回」
「そう?」
「そうだよ」
白峰が口を挟む。
「……ですが」
彼女はゆっくりと言葉を選ぶ。
「理論上は……成立しているのね?」
「してるよ」
「実証は?」
「これ」
僕は装置を指差す。
「連続稼働12時間。出力安定。劣化なし」
「……」
「魔力密度も測定済み。既存の魔法少女の平均出力の約0.3倍」
「それを“生成し続ける”と?」
「そう」
「……」
白峰が目を閉じる。
数秒。
そして、開いた。
「鬼塚さん」
「はい」
「この件、上に通します」
「……いいんですか?」
「通すだけです。通るとは言っていません」
「それはまあ……」
「ですが」
白峰は僕を見る。
「これは“可能性”ではなく“現実”です」
「うん」
「無視はできません」
その言葉に、僕は少しだけ満足する。
「でしょ」
「ただし」
白峰の声が一段低くなる。
「管理体制は厳重にします」
「いいよ」
「暴走した場合のリスクは?」
「ないとは言わない」
「具体的に」
「魔力暴走による局所的な位相干渉……まあ、最悪でも半径数メートルが歪むくらい」
「それを“最悪でも”と言うのね……」
「対策はあるよ。フェーズアンカーと組み合わせれば抑制できる」
「……」
「あと、停止機構も三重にしてる」
「……」
「だから大丈夫」
僕は軽く笑う。
「壊れても、直せばいいし」
「その発想が一番危険なのよ」
白峰が即座にツッコんだ。
うん、知ってる。
「でもさ」
僕は少しだけ真面目な声になる。
「今のままじゃ負けるよ」
「……」
「四天王、あと三体いるんでしょ」
「……ええ」
「しかも戦闘特化」
「その通りです」
「だったら、こっちも“戦い方”変えないと」
僕は机に置いた装置を見る。
「個人の強さに依存するの、限界あるよ」
「……」
「だから“全体の底上げ”」
「インフラ化、ね」
「そう」
白峰はしばらく黙っていた。
そして、小さく息を吐く。
「……本当に、とんでもないことを考えるわね」
「褒め言葉?」
「半分は」
「じゃあ十分」
「もう半分は呆れです」
「それも慣れてる」
僕は笑う。
白峰も、わずかに口元を緩めた。
「……鬼塚さん」
「はい」
「暫定でいいので、試験施設の用地を確保してください」
「了解です」
「予算は私の方で交渉します」
「……通ると思いますか?」
「通します」
即答だった。
強い。
「理久くん」
「なに」
「設計図、用意しておきなさい」
「もうある」
「でしょうね」
白峰が苦笑する。
「送ってください」
「あとで送る」
「できれば今すぐ」
「了解」
僕はフェーズストレージからタブレットを取り出す。
数回タップして、データを送信。
「送った」
「……受信しました」
白峰が画面を確認する。
そして――
「……は?」
珍しく、素の声が出た。
「どうした」
「これ……」
「なに」
「……すでに“量産設計”になっているじゃない」
「うん」
「試作じゃなくて?」
「試作はこれ」
机の装置を指差す。
「これは“完成形の縮小版”」
「……」
「だから、拡大すればそのまま使える」
「……」
「問題ある?」
「ありすぎるわよ」
白峰が額に手を当てる。
「普通は逆でしょう……」
「効率いいからこっちにした」
「効率の問題じゃないのよ……」
でも、その声はどこか楽しそうだった。
「……鬼塚さん」
「はい」
「この子、絶対に手放さないでください」
「ええ、もうそのつもりです」
「世界が変わります」
「もう変わってますよ」
鬼塚が苦笑する。
「こいつが来た時点で」
「否定できないわね……」
白峰は小さく息を吐いた。
そして、僕を見る。
「理久くん」
「なに」
「あなたがやろうとしていることは――」
一瞬、言葉を切る。
「――“魔法の民主化”よ」
「かっこいい言い方だね」
「実態はもっと恐ろしいけどね」
「そう?」
「ええ」
白峰は真っ直ぐに僕を見た。
「でも」
少しだけ、微笑む。
「今はそれに賭けるしかないわ」
「了解」
僕は軽く頷く。
「じゃあ、次は大型版の設計詰めるから」
「もう次に行くのね……」
「時間ないし」
「そうね……」
白峰は一度だけ深く頷いた。
「では、この件はここまで。進展があれば随時報告を」
「了解です」
「了解」
通信が切れる。
モニターが暗くなる。
静かになった部室で――
「……なあ理久」
鬼塚がぽつりと呟いた。
「なに」
「お前、自分が何やってるかわかってるか?」
「わかってるよ」
「本当に?」
「うん」
僕は即答する。
「世界変えてる」
「……」
「楽しいよ」
そう言って、僕は笑った。
鬼塚はしばらく黙っていたけど――
「……そうかよ」
最後には、諦めたように笑った。
その横で、
「……ほんと、とんでもない人ですわね……」
透花が小さく呟いていた。
でも、その目は――
どこか、少しだけ楽しそうだった。
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