第34話 制限解除――回帰魔法、編集完了
「――で、ここがボトルネック」
僕はモニターを指差した。
画面には、これまで蓄積してきた回帰魔法の波形データが、びっしりと並んでいる。
時間軸に沿って重ねられたグラフは、ほとんど同じ形をしているようで――微妙に違う。
「……さっぱり分からないんだけど」
澪が即座に言った。
「だろうね」
「説明する気ある?」
「あるよ。一応」
僕は椅子を回して、みんなの方に向き直る。
透花は真剣に画面を見ていて、太陽は椅子に逆さに座っている。ソラは太陽の肩の上で微かに光っていた。
「回帰魔法は、“正常状態の参照→上書き”って話はしたよね」
「ええ……」
透花が頷く。
「でも、そのままだと“制限付き”になる」
「一分のやつ?」
「そう」
僕は指でグラフの一部をなぞる。
「この波形のここ」
ほんの僅か、鋭く落ち込むポイント。
「これが“制限”」
「……それが?」
「ここがあるせいで、参照できる範囲が一分以内に固定されてる」
「固定……?」
澪が眉をひそめる。
「つまり、これをどうにかすれば」
「制限が外れる」
「……」
沈黙。
太陽がぽつりと呟く。
「いや、軽く言ってるけど……それ、やばくないか?」
「やばいよ」
僕はあっさり言った。
「だからやる」
「やるんだ!?」
澪が叫ぶ。
「当たり前でしょ」
僕は立ち上がって、装置の裏側に回る。
パネルを外すと、内部の配線とフェーズ回路がむき出しになる。
「透花の魔法は“完成品”」
「はい……?」
「だから制限がある」
「……えっと……?」
「でも、これは“再現品”」
僕は配線を一本、指で弾いた。
「未完成だから、いじれる」
「いじるって……そんな簡単に……」
「簡単じゃないよ」
僕は軽く笑う。
「でも、できる」
ドライバーを取り出す。
そして、ためらいなく回路の一部を外した。
「ちょっと!?壊してない!?」
「壊してるよ」
「壊してるんだ!?」
「再構築するから問題ない」
僕は別のユニットを取り出す。
外部ツール。
フェーズ制御のために作った、僕専用の解析・編集装置。
「……それ、なに?」
「魔法編集ツール」
「さらっと新しい単語出すな!」
「前からあるよ」
「聞いてない!」
まあいいや。
僕はツールを接続する。
回帰魔法の波形が、リアルタイムで解析される。
「……ここ」
問題のポイント。
制限をかけている部分。
そこにカーソルを合わせる。
「これ、削る」
「え」
「削る」
「待って待って待って」
澪が椅子から立ち上がる。
「それ消したらどうなるのよ!?」
「試す」
「試すな!」
でも、もう決めてる。
僕は迷わず操作した。
――削除。
波形の一部が、消える。
同時に、全体のバランスが崩れかける。
「っと」
すぐに補正を入れる。
不足した部分を、別のパターンで埋める。
魔力の流れを再調整。
干渉タイミングを再設定。
「……よし」
「よしじゃないわよ!?」
「一応、安定した」
「一応!?」
僕は立ち上がる。
「テストする」
「やるのね!?」
「やるよ」
机の上に、さっきの木材を置く。
今度は――
「削る」
ナイフで、深く。
さらに、もう一度。
ぐちゃぐちゃになるまで削る。
「……理久くん、それ……」
「問題ない」
僕は装置を起動する。
「透花、魔力」
「は、はい……」
少しだけ、不安そうな声。
でも、魔力は流れる。
装置が唸る。
いつもより、強く。
「発動」
――瞬間。
空気が、歪んだ。
今までより、明確に。
“引っ張られる”感覚。
そして。
木材が、戻る。
完全に。
「……成功」
僕はモニターを見る。
「時間指定……三分前」
「……え?」
澪が固まる。
「三分って……」
「制限、延長できた」
「いやいやいやいや!?」
太陽が叫ぶ。
「一分じゃなかったのかよ!?」
「だったね」
「だったねじゃない!」
「外したから」
「軽く言うな!」
でも、これはまだ途中だ。
「……まだいける」
「え?」
「もう少し削る」
「やめなさい!」
澪の制止を無視して、僕は再び操作する。
波形をさらに調整。
参照範囲を拡張。
負荷が上がる。
でも――
「耐えられる」
僕は呟く。
「やれる」
「……理久」
澪の声が、少し低くなる。
「それ、本当に大丈夫?」
「分からない」
「分からないでやるの!?」
「分からないからやる」
僕は笑った。
「研究ってそういうものでしょ」
「開き直るな!」
でも、止まらない。
「――次」
僕は木材を指差す。
「対象、さらに前」
装置を再起動。
魔力流入。
波形、再構築。
「発動」
――今度は。
“音”がした。
ギィ、と。
何かが軋むような。
次の瞬間。
木材が――
“新品”に戻っていた。
「……は?」
澪が、完全に言葉を失う。
太陽も、口を開けたまま固まっている。
「……五分前」
僕はモニターを確認する。
「いける」
「いけるじゃないでしょ!?」
「制限、ほぼ解除」
「ほぼってなに!?」
「まだ完全じゃない」
僕は画面を睨む。
「でも、方向性は合ってる」
「……」
透花が、静かに言う。
「理久くん……それ……」
「なに」
「本来の魔法より……強くなってませんか?」
「なってるね」
僕はあっさり頷く。
「だって、制限外したし」
「……」
「必要な魔力も、最適化できる」
「え?」
「無駄が多かったからね、元の魔法」
「元の魔法にダメ出しするの!?」
澪がツッコむ。
「事実でしょ」
僕は肩をすくめる。
「効率悪い。無駄な処理が多い」
「それでもあれだけの性能なのよ!?」
「だから、削る」
僕は再びツールを操作する。
波形を圧縮。
不要な部分を削除。
処理を簡略化。
「……よし」
「またやるの!?」
「うん」
僕は装置に向き直る。
「最適化バージョン」
透花が、少しだけ息を飲む。
「……いきます」
魔力が流れる。
でも――
「……軽い?」
透花が呟く。
「消費、減ってるでしょ」
「はい……明らかに……」
「効率化成功」
僕はスイッチを押す。
「発動」
木材が戻る。
今度は、ほとんど“負荷”を感じない。
「……すごい……」
透花が小さく呟く。
「これ……わたくしの魔法より……」
「使いやすいでしょ」
「……はい」
その一言で、十分だ。
「――完成」
僕は言った。
「回帰魔法、編集完了」
「……」
澪が、ゆっくり座り直す。
「……もう、何も言えないわ」
「諦めた?」
「理解が追いつかないだけ!」
太陽が手を挙げる。
「なあ理久!」
「なに」
「これさ!」
「うん」
「持ち運べるようにできないのか!?」
「できるよ」
「マジ!?」
「小型化すればいいだけ」
「最初からやれ!」
「まずは動くもの作るのが優先」
僕は棚に向かう。
そこから、小さな試作ケースを取り出す。
「で、これ」
「え?」
「次の段階」
ケースを開ける。
中には――
小さな錠剤のようなものが並んでいた。
「……それ、なに?」
澪が警戒した声で聞く。
僕は、一本取り上げる。
「回帰魔法、圧縮したやつ」
「は?」
「ポーションタブレット」
「はああああ!?」
研究室に、盛大なツッコミが響いた。
僕はその中の一つを、軽く弾く。
「これ一個で、回帰一回分」
「意味分からないんだけど!?」
「だよね」
僕は笑う。
「でも、できた」
視線を、全員に向ける。
「これ、量産する」
「……」
「誰でも使える回復手段」
「……」
「しかも、回帰レベル」
透花が、静かにそれを見つめる。
その瞳に浮かぶのは――
戸惑いと、そして。
確かな可能性。
「……世界、変わるね」
太陽がぽつりと呟いた。
「もう変わってるよ」
僕は即答する。
「ここから加速するだけ」
僕はタブレットをケースに戻す。
そして、次の設計図を頭の中に描く。
「次は――」
電力じゃない。
魔力。
それを、安定供給する仕組み。
「発魔所、作る」
「……は?」
澪がまた頭を抱えた。
でも、もう止まらない。
回帰魔法は、手に入った。
なら次は、それを――
“世界に配る”。
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