第33話 正常値の在処――回帰魔法、分解実験
「――もう一回」
僕は迷いなく言った。
目の前の机には、彫刻刀と、ぼろぼろになった木材。
削る。戻す。削る。戻す。
その単純作業を、もう何十回も繰り返している。
「……理久、これいつまでやるの?」
澪が、完全に呆れた顔で言う。
腕を組んで、椅子に深く座り込んでいる。足を組み替える音が、やけに重い。
「データが揃うまで」
「その“揃う”ってどこ?」
「納得するまで」
「終わらないやつじゃないそれ!?」
いいツッコミ。
でもやめない。
「透花、もう一回」
「……はい」
透花は小さく頷いて、装置の前に立つ。
少しだけ肩が下がってる。疲労は見えるけど、拒否はしない。
ミルが横で静かに見守っている。
「お嬢様、無理はなさらぬよう」
「大丈夫ですわ。まだいけます」
「頼りになる」
僕は軽く言って、操作パネルに触れた。
魔力流入、開始。
装置内部のラインが光り、回帰魔法の波形が形成される。
「発動」
削られた木材の表面が、一瞬で滑らかに戻る。
傷は、跡形もなく消えた。
「……はい、戻りました」
「ログ確認」
僕はモニターを睨む。
波形データ、魔力量、干渉時間、対象範囲。
全部記録されていく。
「――やっぱりだ」
「何が?」
澪が顔を上げる。
僕はモニターを指差した。
「回帰って、“修復”じゃない」
「……え?」
「上書き」
僕ははっきり言った。
「今の木材、削った部分を“埋めた”わけじゃない」
「……?」
「“元の状態に差し替えた”」
「……それ、同じじゃないの?」
「違う」
僕は首を振る。
「修復は、壊れた部分を直す処理。回帰は、壊れる前の状態を持ってきて置き換える処理」
「……つまり?」
澪が眉をひそめる。
「今ここにある木材が、“別の状態の木材”に変わったってこと?」
「そう」
「それ、怖くない?」
「面白い」
「感想が逆!」
でも、これは重要だ。
僕はデータをスクロールしながら続ける。
「見て。削った直後と、回帰後」
「……」
「分子配列、完全一致」
「……は?」
「再構築じゃない。完全コピー」
澪が黙る。
透花も、静かにモニターを見ている。
「……じゃあ」
透花が、ゆっくり口を開く。
「わたくしの魔法は……」
「“過去の状態”を参照してる」
「……」
「どこかにある“正しい状態のデータ”を引っ張ってきてる」
僕は顎に手を当てる。
「問題は、それがどこにあるか」
「過去……じゃないの?」
太陽が首を傾げる。
「時間を戻してるんだろ?」
「それっぽいけど違う」
「え?」
「時間そのものは戻ってない」
僕は即答した。
「局所的な状態だけ変えてる」
「じゃあ過去じゃないのか?」
「うん」
「じゃあどこだよ!」
「それを調べてる」
僕はまた木材を手に取った。
今度は、さらに深く削る。
形が崩れるくらいまで削る。
「……理久くん、それは……」
「問題ない」
僕は迷わず言った。
「戻るから」
そして――
「発動」
元通り。
完全に。
「……やっぱり」
僕は小さく呟く。
「“理想状態”を参照してる」
「理想……?」
「その物体が持つ“本来あるべき状態”」
「そんなの……どこにあるのよ」
「分からない」
僕は即答する。
「でも、ある」
「なんで断言できるのよ」
「現象がそうだから」
僕はモニターを叩いた。
「データが嘘つくことはない」
「……」
澪が言葉を失う。
その沈黙が、ちょっと気持ちいい。
「で、次」
僕は振り返る。
「太陽」
「お、俺?」
「ちょっと来て」
「え、なにすんの!?」
「状態異常テスト」
「え?」
「軽くでいいから」
「軽くってなに!?」
僕は棚からスプレーを取り出す。
「これ、軽い麻痺毒」
「なんでそんなのあるんだよ!?」
「実験用」
「お前んちの研究室怖えよ!?」
澪が即座に立ち上がる。
「ダメに決まってるでしょ!」
「安全性は確認済み」
「そういう問題じゃない!」
「でも気になるでしょ」
「……」
澪が一瞬黙る。
いいね、その反応。
「状態異常も“なかったこと”にできるか」
「……」
「確認しないと先に進めない」
透花が、静かに言う。
「……わたくしが責任を持ちます」
「透花!?」
「理久くんの仮説が正しいなら……きっと、戻せます」
その目は、真剣だった。
逃げない。
この人、ちゃんと魔法少女だな。
「……分かった」
澪が渋々頷く。
「でも本当に軽くだからね!」
「了解」
太陽はというと――
「……やるしかねえか!」
覚悟を決めた顔してる。
ノリいいなこいつ。
「じゃあ行くよ」
僕は軽くスプレーを噴霧する。
「うっ……」
太陽の動きが、一瞬鈍る。
「手、上げて」
「……ちょっと……重い……」
「軽度麻痺、確認」
僕は即座に装置を起動する。
「透花」
「はい」
魔力流入。
波形形成。
「発動」
一瞬。
空気が歪む。
次の瞬間。
「……あれ?」
太陽が手を握る。
「普通に動くぞ?」
「麻痺、消失」
僕はモニターを見る。
「状態異常、回帰可能」
「……マジかよ」
太陽が手をぶんぶん振る。
「すげえなこれ!」
「やっぱり“状態ごと”上書きしてる」
僕は呟く。
「物理だけじゃない。状態情報も含めて」
「……」
澪が、静かに言う。
「それって……さ」
「なに」
「“人間そのもの”も、上書きできるってこと?」
「できるね」
僕はあっさり答えた。
「怪我も、病気も、疲労も」
「……死も?」
「条件内なら」
「……」
澪が、何も言わなくなる。
透花も、少しだけ視線を落とした。
重い空気。
でも、僕は止まらない。
「――で、結論」
僕は振り返る。
「回帰魔法は、“正常状態の上書き”」
「……」
「その正常状態は、どこかに保存されてる」
「どこに?」
「分からない」
でも。
「――探す」
僕は笑った。
「そこまで行けば、完全に制御できる」
「……」
「魔法じゃなくて、“技術”になる」
沈黙。
誰もすぐには返事をしない。
でも、それでいい。
理解するのに時間がかかるのは当然だ。
「……理久くん」
透花が、静かに言う。
「それが見つかったら……どうなるのですか?」
「簡単」
僕は即答する。
「回帰魔法、完全再現」
「……」
「誰でも使えるようになる」
「……」
「しかも――」
僕はモニターに表示されたデータを指差す。
「制限、外せる」
「……は?」
澪が顔を上げる。
「一分制限?」
「うん」
「それ外したらどうなるのよ」
「好きなだけ巻き戻せる」
「……」
「壊れても、死んでも、全部なかったことにできる」
「……ちょっと待って」
澪の声が震える。
「それ、やっていいやつ?」
「面白いでしょ」
「聞いてない!」
でも、僕の中ではもう決まってる。
「次は――」
僕は装置を見上げる。
「参照点の特定」
この世界のどこかにある、“正常”。
それを見つける。
「そこまで行けば」
僕は小さく呟く。
「魔法、完全に分解できる」
装置の奥で、また“何か”が脈打った気がした。
まるで。
こっちの思考に、反応するみたいに。
お読みいただきありがとうございました!
この作品を
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が更新の大きな力になります。
今後ともよろしくお願いします!




