第32話 巻き戻しの箱――回帰魔法、仮実装
――ドン。
研究室の中央に、それは“置かれた”というより“降ってきた”みたいな存在感で鎮座していた。
いや、正確には僕が持ち込んだんだけど。
「……でかくない?」
開口一番、澪が呆れた顔で言う。
腕を組んで、視線は装置の全体をゆっくりなぞっている。視線の動きで「理解を拒否してる」って分かるの、面白いよな。
「うん。でかいね」
「なんでそんな他人事みたいなのよ」
「だって仮バージョンだし」
僕は肩をすくめて、装置の側面を軽く叩いた。
コンコン、と金属音が鳴る。内部に詰め込んだフェーズ制御ユニットが微かに共鳴して、青白いラインが光った。
見た目は、ざっくり言うと――
“冷蔵庫三台分を横に並べて、さらに上に変なアンテナと配線を載せたもの”。
その上、周囲にはケーブルが蛇みたいに這い回っている。研究室の電源タップじゃ足りなくて、窓から外に延長ケーブルを引っ張ってるのもポイントが高い。
「えっと……理久くん、これは……?」
透花が、少し困ったように首を傾げる。
その横で、ミルが腕を組んでじっと装置を観察していた。
「ふむ……この魔力流路、あまり洗練されておりませんな」
「だよね。だから仮」
「仮でこれを出す度胸、わたくしは評価いたしますが……」
透花は苦笑しながら、装置を見上げた。
その視線には、明確に“警戒”が混じってる。
当然だ。
だってこれ――
「回帰魔法、外部実装装置。とりあえず作った」
「とりあえずのスケールじゃないでしょ!?」
澪のツッコミが綺麗に刺さる。
太陽はというと、もう装置の周りをぐるぐる回っている。
「おおおお!なんだこれ!ロボみたい!これ動くのか!?ビーム出る!?」
「出ないよ。回帰するだけ」
「なんか地味だな!」
「現象としては地味じゃないけどね」
僕は軽く笑って、操作パネルに手を置いた。
カチ、とスイッチを入れる。
低い駆動音が鳴り、装置の内部が順に起動していく。魔力を扱う機構特有の、空気が微かに震える感覚。
フェーズグラス越しに見ると、装置の中を流れる“何か”がはっきり見えた。
「……で、問題点はいくつかある」
「“いくつか”で済むの……?」
澪が遠い目をする。
僕は指を折って数え始めた。
「まず一つ。魔力、外部から供給しないと動かない」
「まあそれはそうですよね……?」
透花が頷く。
「で、その供給方法が今のところ――」
僕は振り返って、三人を見る。
「魔法少女から直接チャージ」
「え?」
「は?」
「はあ!?」
三者三様のリアクション、いいね。
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!?わたくしが……その……この装置に、魔力を……?」
「うん。今のところそれしかない」
「いやいやいやいや!効率悪すぎでしょ!」
澪が机を叩いた。
「でしょ。だから仮」
「仮って言えばなんでも許されると思ってる!?」
「許されるでしょ、研究段階だし」
「そういう問題じゃない!」
まあ、反応は予想通り。
でも、ここからが本題だ。
「で、もう一つの問題」
僕は装置を軽く叩く。
「サイズがデカい」
「それはもう見れば分かるわよ!」
「うん。無駄が多い。最適化できてない」
「じゃあなんでこのサイズで出したのよ!」
「完成度より速度優先」
僕はあっさり言った。
「――回帰魔法、早く触りたかったし」
一瞬、空気が止まる。
澪が、じっと僕を見る。
透花も、少しだけ目を見開いた。
太陽だけが「おおー!」って楽しそうにしてる。
「……あんたさ」
澪が、呆れたように息を吐く。
「ほんとにブレないわね」
「興味あるものは早く試したい。それだけ」
「それでこの規模の装置作るの、やっぱりおかしいと思うけど」
「褒め言葉でいい?」
「違う」
即答だった。
まあいいや。
「で、利点もある」
僕は指を三本立てた。
「魔力、三人分同時に使える」
「……え?」
透花が小さく声を漏らす。
「チャネル三本あるからね。並列処理できる」
「並列処理って……魔法を!?」
「うん」
僕は当然のように頷いた。
「一人じゃ足りない魔力量も、三人分なら足りる。研究用途としてはかなり便利」
「便利ってレベルの話じゃないでしょそれ……」
澪が頭を抱える。
「魔法少女を電池扱いしてるわよあんた」
「誤解だね。高性能エネルギー供給ユニット」
「言い換えてもアウト!」
透花が慌てて手を振る。
「い、いえ!わたくしは協力いたしますけれど……その……倫理的に……!」
「倫理は後で考える」
「先に考えて!?」
まあでも、透花は断らない。
その時点で、この研究は成立してる。
「で、実際に動かす」
僕は操作パネルを叩いた。
「透花、魔力流して」
「は、はい……」
透花が装置の前に立つ。
胸の前で手を重ね、静かに目を閉じる。
「――ヒーリング・ルクス」
柔らかな光が、彼女の周囲に広がる。
その光が、ケーブルを通って装置に流れ込んだ。
瞬間。
装置全体が、淡く発光する。
「……おお」
太陽が目を輝かせた。
僕はフェーズグラス越しに内部を観察する。
流入した魔力が、内部の回路を通って変換されていく。
回帰魔法特有の“時間干渉の波形”が、確かに形成されていた。
「成功」
「え、もう!?」
澪が驚く。
「うん。最低限は再現できてる」
「最低限でこれなの……?」
「じゃあ試す」
僕は机の上に置いてあったガラス片を指差した。
さっき意図的に割ったやつだ。
「対象、あれ」
装置の照準が、ガラス片に向く。
軽くスイッチを押す。
――一瞬。
空気が、逆流したみたいな感覚。
次の瞬間。
割れていたガラスが、元の形に戻っていた。
「……は?」
澪が固まる。
太陽は「えええええ!?」と叫び、透花は目を丸くしている。
「……今の……」
「回帰」
僕は淡々と言った。
「一分以内の状態に巻き戻した」
「いや、さらっと言うけど……」
澪が震える声で言う。
「今、完全に時間逆行したわよね?」
「局所的にね」
「軽く言うな!」
でも、これは序の口だ。
「次、範囲」
「え?」
「さっきの応用」
僕は床に置いてあった木材を数本、わざと傷つける。
ナイフで削って、表面を荒らす。
「これ、全部まとめて」
装置を再起動。
魔力を再び流す。
――発動。
木材の傷が、一斉に消えた。
「……範囲回帰」
僕はメモを取りながら呟く。
「対象複数指定、問題なし」
「いやいやいやいや!?」
澪がもう半ばパニックだ。
「何でもありじゃないそれ!?」
「まだ制限はあるよ。一分以内」
「それでも十分おかしい!」
太陽が手を挙げる。
「なあ理久!」
「なに」
「これさ、ゲームみたいに状態異常とかも治せるのか?」
「できると思うよ」
「え、マジ!?」
「だって“正常な状態に戻す”だけだし」
僕は肩をすくめる。
「怪我も、毒も、疲労も。全部“なかったこと”にすればいい」
「えぐ……」
太陽が引いた。
珍しい。
でも、ここが重要だ。
僕は透花を見る。
「確認する。回帰って、“何を基準に戻してる?”」
「え……?」
「正常状態の定義」
透花は少し考えてから、ゆっくり答える。
「……対象が“問題ない状態”として認識している時点、でしょうか……?」
「主観依存?」
「いえ……わたくしの魔法としては、もっと……自然な……」
「客観的最適状態?」
「そちらに近いかと……」
なるほど。
面白い。
つまりこれは――
「参照点が存在する」
「参照点……?」
「そう。どこかに“正しい状態”のデータがある」
僕は装置を見上げる。
「それを引っ張ってきて、上書きしてる」
「上書きって……そんな軽い言い方でいいの……?」
澪が呟く。
「現象としてはそうでしょ」
「いや、世界の方がバグってるわよ」
「それを利用するのが科学」
僕は笑う。
「――で、ここからが本番」
全員の視線が集まる。
「回帰魔法の“仕組み”を解明する」
「……」
「再現できたなら、分解できる」
「分解って……」
「構造を解析するって意味」
僕は装置のパネルを開いた。
内部の回路が露出する。
「魔力の流れ、波形、干渉パターン。全部データ取る」
「……それで?」
澪が慎重に聞く。
僕は即答した。
「量産」
「やっぱりそこに行くのね!?」
「当然でしょ」
僕は笑った。
「こんな便利な魔法、透花一人に使わせるだけとかもったいない」
「もったいないで済ませるな!」
「だって――」
僕は装置を軽く叩く。
「これ、人じゃなくても使えるようになる」
「……」
「魔法少女じゃなくても、回帰できる」
研究室が、静かになる。
透花が、ゆっくり息を飲んだ。
その表情は――
驚きと、戸惑いと、少しの期待。
全部混ざってる。
「……理久くん」
「なに」
「それは……本当に……」
「できるよ」
僕は即答した。
「だって、もう半分できてる」
装置を指差す。
「これが証拠」
「……」
「だから次は――」
僕はパネルを操作しながら言う。
「精度を上げる。制御を細かくする。対象の選別、範囲の調整、条件分岐」
頭の中で、すでにいくつもの仮説が回っている。
回帰魔法。
因果干渉。
時間巻き戻し。
それを“技術”に落とし込む。
「――研究、始める」
僕がそう言った瞬間。
装置の奥で、何かが微かに脈打った気がした。
まるで。
この世界のどこかにある“基準”が――
こちらを、見ているみたいに。
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