第31話 死を巻き戻す魔法少女と、それを再現しようとする天才
僕は、面白いものを見るときは大体わかる。
それが“価値のある未知”かどうか。
――そして今、目の前にいるこの女は。
間違いなく、そのど真ん中だ。
「紹介する」
鬼塚が、いつもの無駄のない声で言った。
放課後の部室。虚界研究部の定位置。
僕、澪、太陽。そして足元――位相潜航中のアルゴ。
いつも通りのはずの空間に、ひとつだけ異物が混ざっている。
「魔法少女協会からの正式派遣だ。お前の護衛になる」
鬼塚の横に立っている女。
背が高い。澪より明らかに高いし、全体のシルエットが大人っぽい。
髪は艶のある長髪で、ゆるく流れている。服装もどこか落ち着いていて――
……まあ、率直に言うと。
「動きづらそうだな、それ」
僕はそう言った。
「えっ」
一瞬、空気が止まる。
透花――まだ名前も聞いてないけど――は、きょとんと目を瞬かせた。
澪が即座に肘で僕の脇腹を突く。
「理久、第一声それ!?」
「事実だろ。重心が上に偏ってる。機動力落ちる」
「そういう話じゃない!」
「え、あの……?」
戸惑いの中心にいる女は、困ったように微笑んだ。
「あの、橘透花と申します。よろしくお願いいたします」
丁寧すぎるくらいの一礼。
声も柔らかい。というか、明らかにこの場の空気に対して優しすぎる。
「魔法少女としての名前は、“ヒーリング・ルクス”です」
その言葉に、空気が変わる。
太陽が「おおっ」と声を上げ、澪も少しだけ表情を引き締めた。
僕は――
「ヒーリング?」
そこに引っかかった。
「回復系か」
「はい。治癒や状態異常の除去を主に担当しております」
透花は素直に答える。
その時点で、僕の中で評価が一段階跳ね上がる。
攻撃役は代替が効く。
でも回復役は違う。
特に――
「どこまで戻せる?」
僕は一歩踏み込んだ。
「えっ?」
「損傷の回復範囲。組織欠損は?神経系は?時間経過の影響はどこまで無視できる?」
矢継ぎ早に質問を投げる。
透花は一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに考えるように視線を落とし――
「……基本的には、損傷はすべて回復可能です」
と、答えた。
「時間経過についても、ある程度は……ただし、限界はございますが」
「ある程度、ね」
曖昧だ。
でも、それは“ある”ってことだ。
僕は少しだけ口元を上げる。
「面白い」
「理久!」
澪がまた突っ込んでくる。
「尋問じゃないんだから!」
「重要だろ。戦力評価は最優先事項だ」
「初対面でやることじゃないって言ってるの!」
太陽がその横で笑っている。
「相変わらずだな、理久!」
「うるさい太陽。お前は筋肉しか評価軸ないだろ」
「あるわ!炎もあるわ!」
「似たようなもんだろ」
「違うわ!」
いつものやり取り。
でも、その間も僕の視線は透花から外れていない。
「……あの」
透花が、少しだけおずおずと口を開く。
「もしよろしければ、皆さんのお名前も伺っても……?」
「あ、そうだよな!」
太陽が元気よく前に出た。
「俺、朝比奈太陽!魔法少年やってる!」
「魔法少年としての名前は“サンブレイザー”です!」
横からソラが補足する。
相変わらずAIっぽい口調だが、若干テンションが上がってる気がする。学習してるな。
「よろしくな!」
「はい、よろしくお願いいたします、朝比奈さん」
透花が丁寧に微笑む。
次に、澪が一歩前に出る。
「星川澪です。魔法少女としては“スターライト・ミオ”」
「まだ新人ですけど……よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、星川さん」
真面目同士、相性は良さそうだ。
で。
視線が僕に向く。
「……で、お前が」
鬼塚が短く言う。
「中心人物だ。説明は省く」
雑だな。
まあいい。
「天原理久」
僕は名前だけ言った。
「魔法少女じゃない。科学側」
「科学、ですか……?」
透花が少し驚いたように目を丸くする。
「ヴォイド見えない一般人ってこと?」
「見えるようにしてる」
僕はポケットからフェーズグラスを取り出して軽く振る。
「観測して、解析して、再現する。今やってるのはそれ」
「再現……?」
その言葉に、透花の反応が明確に変わった。
ただの護衛対象を見る目じゃない。
“何かを理解しようとする目”。
いいね。
そういうのは嫌いじゃない。
「まあ、その辺は後で見せる」
僕は肩をすくめた。
「せっかく来たんだ。退屈はさせない」
その言葉に。
透花は、少しだけ驚いたあと――
ふわりと、微笑んだ。
「……はい。楽しみにしておりますわ」
その笑みは柔らかくて。
でも、どこか芯がある。
ただ守るだけの人間じゃない。
“何かを背負ってるタイプ”だ。
(なるほどね)
僕は、ほんの少しだけ興味を深めた。
「じゃあ――」
鬼塚が腕を組みながら言う。
「顔合わせはこのくらいにしておけ。あとはお前らの好きにやれ」
雑だな、やっぱり。
でも。
それでいい。
「……よし」
僕は椅子に腰を下ろして、机を軽く叩いた。
「歓迎会やるか」
「急に!?」
澪がまたツッコむ。
「いや重要だろ。新戦力の士気管理」
「言い方!」
太陽がすでに乗り気だ。
「いいじゃんいいじゃん!何する!?」
「とりあえず――」
僕はニヤリと笑う。
「発明品の実演からだな」
その一言で。
透花の目が、はっきりと変わった。
驚きと、好奇心と――ほんの少しの警戒。
(いい反応)
面白くなりそうだ。
本当に。
――――――
「発明品の実演からだな」
僕がそう言った瞬間。
澪が露骨に嫌な顔をした。
「……また何か増えてるでしょ」
「失礼な。増やしてるに決まってるだろ」
「やっぱり!!」
太陽が笑う。
「進化してるってことだな!」
「まあな。四天王戦のフィードバックがあるから」
その一言で。
場の空気が、少しだけ引き締まる。
リゼ=ノクス戦。
僕らにとっては、ただの勝利じゃない。
“通用するかどうかの検証”だった。
そして。
当然、改善点は山ほど見えた。
「まずはこれ」
僕は机の上に、いつもの眼鏡を置く。
「フェーズグラス」
透花がそれを見る。
「それが……ヴォイドを視認する装置、ですの?」
「そう。で――」
僕は軽く指を鳴らす。
「バージョン3」
「え?」
澪が固まる。
「ちょっと待って今いくつ!?」
「3だけど」
「いつの間に!?」
「戦闘後に上げた」
当たり前のように言うと、澪が頭を抱えた。
「いやいやいや早すぎるでしょ!」
僕は構わず続ける。
「従来は“視認するだけ”だった。でもそれだと遅い」
透花の方を見る。
「見える頃には、もう攻撃が来てる」
「……確かに」
透花が静かに頷く。
「だから、こうした」
僕はグラスを軽く叩く。
その瞬間。
レンズの内側に、淡い光が走った。
「予測表示機能。位相の揺らぎから、出現前のヴォイドの“輪郭”を先読みする」
「……え?」
澪の声が裏返る。
「ちょっと待って、出る前に分かるの?」
「完全じゃないけどな。30秒前くらいなら」
「十分すぎるでしょ!?」
太陽も驚いている。
「それもうチートじゃね!?」
「当たり前だろ。使う側が人間なんだから、それくらい補助しないと意味がない」
僕は肩をすくめる。
透花は――
「……それは、すごいですわ」
素直に感嘆していた。
いいね。
理解が早い。
「次」
僕は腕輪型の装置を取り出す。
「フェーズシールド」
「それは前からありましたよね」
澪が言う。
「うん。だからバージョンアップ」
嫌な予感しかしない、という顔をしている。
「前は“防ぐだけ”だった。でも四天王相手だと押し切られる」
「……うん、それは実感した」
澪が真面目な顔で頷く。
「だからこうした」
僕は装置を起動する。
透明な壁が、僕の前に展開される。
その瞬間。
――ズレた。
「……え?」
澪が目を見開く。
シールドが、“揺らいだ”のだ。
いや、違う。
「位相を可変にした」
僕は説明する。
「攻撃の位相に合わせて、干渉の仕方を変える」
「……つまり?」
透花が問いかける。
「“受ける”んじゃなくて、“すり抜けさせる”」
空間をなぞるように手を動かす。
「完全に一致した瞬間だけ干渉する。それ以外は存在しないのと同じ」
澪が絶句する。
「それ……もう防御じゃなくない?」
「防御だよ。最適化しただけ」
「意味がわからない!」
太陽は笑っている。
「でもなんか強そう!」
「強いよ」
即答する。
そして。
僕は、最後の装置を取り出した。
それは、見た目はただの小型ユニット。
だが。
空気が、少しだけ変わる。
「……理久、それ」
澪が警戒した声を出す。
「それって、もしかして」
「フェーズビースト関連」
僕はあっさり言う。
「アルゴの派生型」
透花の視線が鋭くなる。
「人工ヴォイド……ですの?」
「そう」
僕はスイッチを入れる。
瞬間。
空間が、わずかに歪む。
そして。
“それ”が現れた。
犬型ではない。
もっと小さい。
掌サイズの、球体に近い形状。
だが。
明らかに“異質”。
「これが新型」
僕は軽く言う。
「対ヴォイド自律迎撃ユニット」
「……迎撃?」
透花が小さく呟く。
「簡単に言うと」
僕は指を鳴らす。
その瞬間。
ユニットが、空中を滑るように移動した。
そして――
何もない空間に向かって、ぴたりと停止する。
「そこ」
僕が指さす。
次の瞬間。
ユニットが、光を放った。
――ズレる。
空間が、わずかに歪む。
「……今の」
透花の目が見開かれる。
「反応しましたわね……!」
「うん」
僕は頷く。
「ヴォイドの予兆を検知して、自動で迎撃する」
「自動で!?」
澪が叫ぶ。
「人が反応する前に、先に潰す」
「ちょっと待ってそれもう人いらなくない!?」
「いるよ」
即答。
「最終判断は人間の仕事だからな」
太陽が感心したように言う。
「すげぇな……完全に戦争の形変わるじゃん」
「変えるためにやってる」
僕は淡々と言う。
そして。
透花の方を見る。
「で」
少しだけ、口元を上げる。
「これに、回復役が加わる」
透花の瞳が、わずかに揺れる。
「前線での生存率が、ほぼ理論上限まで上がる」
「……」
「つまり」
僕は結論を言う。
「“死なない戦場”が作れる」
その言葉に。
一瞬、静寂が落ちる。
澪が、ゆっくりと息を呑む。
太陽も、言葉を失っている。
そして。
透花は――
じっと、僕を見ていた。
その視線は、ただの驚きじゃない。
理解と。
そして、少しだけ。
「……恐ろしいことを、さらりとおっしゃいますのね」
そう言って、苦笑した。
でも、その表情は。
どこか――納得しているようにも見えた。
(いいね)
僕は内心で思う。
この人。
ただ守るだけじゃない。
ちゃんと、“意味”を理解できる側だ。
「で、どうする?」
僕は軽く言う。
「試すか」
透花は一瞬だけ驚いて。
そして。
ふわりと微笑んだ。
「……ええ、ぜひ」
その一言で、決まった。
「よし」
僕は立ち上がる。
「じゃあ場所変える。ここじゃ壊れる」
「壊れる前提!?」
澪が即ツッコむ。
「実験だからな」
「その一言で全部済ませるのやめて!」
太陽は完全にワクワクしている。
「外行く感じ?戦闘訓練的なやつ?」
「まあそんな感じ」
僕は軽く頷く。
「透花、魔法使える状態でいい」
「はい、問題ございませんわ」
即答。
躊躇がない。
いいね。
――――――
場所は、校舎裏の空き地。
フェーズドームで囲ってある、簡易実験区画。
外から見ればただの空き地だが、中は完全に“別空間”だ。
「はいストップ」
僕は全員を所定位置に配置する。
「まずは軽く確認から」
ポケットから小型ユニットを三つ取り出して、宙に放る。
ふわりと浮かび、そのまま待機状態に入る。
「これがさっきの迎撃ユニット」
透花がじっと観察している。
「……意思はあるのですか?」
「ない。完全自律AI。戦闘特化」
「なるほど……」
理解が早い。
「じゃあいくぞ」
僕は指を鳴らす。
その瞬間。
ユニットの一つが、急激に加速する。
目標は――太陽。
「うおっ!?」
太陽が反射的に構える。
だが、その直前。
ユニットが閃光を放つ。
――バンッ!
「ぐっ!」
軽く弾かれる太陽。
「今のは非殺傷モード」
僕は淡々と説明する。
「本来は位相干渉で内部から破壊する」
「こわっ!?」
澪がドン引きしている。
「で」
僕は透花を見る。
「これを“回復で上回れるか”の確認」
透花は一瞬だけ目を瞬かせて。
すぐに、柔らかく頷いた。
「承知いたしました」
その瞬間。
空気が、変わる。
さっきまでのおっとりした雰囲気が、すっと消える。
代わりに現れるのは――静かな集中。
「……ヒーリング・ルクス」
小さく、名を告げる。
光が、彼女の周囲に集まり始めた。
「いくぞ」
僕は即座に二体目を起動する。
今度は、澪へ。
「っ!」
澪が咄嗟に光弾を展開するが。
その前に。
――直撃。
「くっ……!」
バランスを崩す。
同時に、三体目。
今度は――同時攻撃。
「ちょっと待って!?」
澪が叫ぶが、止めない。
これは実験だ。
そして。
その瞬間。
「――回帰」
透花の声が、静かに響く。
光が走る。
澪の体を包み込む。
次の瞬間。
「……え?」
澪が目を見開く。
さっき受けた衝撃が――完全に消えている。
ダメージの痕跡すらない。
「……今の」
太陽が呟く。
「一瞬じゃね?」
「一瞬だな」
僕は即答する。
だが。
問題はそこじゃない。
「もう一回」
僕は間髪入れずに指示を出す。
今度は、同時三方向。
ユニットが一斉に動く。
「ちょ、理久!?」
澪が叫ぶ。
回避不能。
その瞬間。
「――範囲回帰」
透花が、手を広げる。
光が、拡散する。
円状に。
空間そのものを包み込むように。
そして――
「……は?」
澪が固まる。
太陽も。
僕も。
ほんの一瞬だけ、思考が止まる。
三方向からの同時攻撃。
それが――
「全部、なかったことになってる……?」
澪の声が震える。
そう。
防いだんじゃない。
回復したんでもない。
「発生してない」
僕は、そう結論づけた。
攻撃が当たった“結果”を消したんじゃない。
当たった“事実”ごと消している。
(……なるほど)
僕の中で、一気にピースが繋がる。
「時間干渉じゃないな」
僕は呟く。
「因果の書き換えに近い」
「え?」
透花が驚いた顔をする。
「そんな……難しいことは……」
「やってることはそれだ」
僕は即断する。
「じゃなきゃ説明つかない」
そして。
僕は、笑った。
久しぶりに。
本気で。
「最高だな」
澪がドン引きする。
「ちょっと待って理久、その顔やめて怖い」
「いや無理だろ」
止められるわけがない。
「透花」
僕は一歩近づく。
「それ、量産できる」
「……え?」
透花が固まる。
「いやいやいやいや!!」
澪が全力で止めに来る。
「できるわけないでしょ!?」
「できる」
僕は即答する。
「原理があるなら再現できる」
「その理屈で今まで色々作ってきたのは知ってるけど!!」
太陽が横で笑う。
「でも実際できてるからな!」
「そういう問題じゃないの!」
透花は、困ったように笑いながらも。
どこか――
少しだけ、興味を持ってしまっている顔だった。
(いいね)
僕は確信する。
この人の魔法。
ただの回復じゃない。
「世界を巻き戻す力」だ。
そしてそれは――
“再現できる可能性がある”。
「……決めた」
僕は呟く。
「これ、やる」
澪が頭を抱える。
「何を!?」
「魔法の外部化」
即答。
「魔法少女じゃなくても使えるようにする」
「やっぱり言ったああああああ!!」
透花は、そのやり取りを見て。
少しだけ目を丸くして。
そして――
くすり、と小さく笑った。
「……本当に、面白い方ですのね」
その言葉に。
僕は肩をすくめる。
「今さらだろ」
そして。
この瞬間から。
僕の中で、新しい研究テーマが確定した。
“回帰魔法の再現”。
それはきっと。
これまでで一番――
面白い。
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