第28話 戦利品:四天王の死体
目が覚めた時、天井がやけに遠く見えた。
身体が重い。
思考も、少しだけ鈍い。
――ああ、そうか。
あれだけやれば、こうなる。
僕はベッドから上半身だけ起こして、軽く首を鳴らした。
「……全員、寝てるな」
太陽はその場で倒れるみたいに寝てたし、澪も限界だった。
鬼塚は――寝てない。あの人は今も動いてる。
後処理。
報告。
現場封鎖。
回収物の偽装処理。
全部、鬼塚がやってる。
「便利な人材だよね」
他人事みたいに呟いて、僕は立ち上がった。
反省会は後回し。
今はそれより優先度が高い。
「……戦利品」
僕はフェーズストレージを展開した。
空間が折り畳まれる。
中に収めていた“それら”を、作業台の上へ取り出す。
黒い残骸。
形を保ったままのもの。
半ば崩れたもの。
そして――
異質な“核”。
リゼ=ノクスの残骸。
「さて」
僕は椅子に腰掛け、指を組んだ。
「解析、始めようか」
普通なら。
ここから先は時間がかかる。
解体して、構造を見て、仮説を立てて、検証して――
そんな悠長なことをやってる場合じゃない。
だから。
「その場で抜く」
僕はそう呟いて、タブレットを操作した。
新規設計。
即席構築。
既存のフェーズ技術を流用して、無理やり組み上げる。
「位相残留……思念の痕跡……情報の圧縮……」
ブツブツと独り言が漏れる。
死体は、ただの物質じゃない。
特にヴォイドやネメシスは違う。
“情報体”に近い。
だったら。
「引き出せる」
僕は小さく笑った。
回路を描く。
干渉方式を決める。
安全装置は――後回し。
「完成」
数分。
それだけで、装置は形になった。
即席のヘッドギアのようなものと、接続用の端子。
フェーズ干渉で、対象の“内側”へアクセスする。
「じゃあ、試そう」
まずは。
特殊ヴォイドの残骸。
僕は装置を接続した。
起動。
――ノイズ。
頭の奥に、ざらついた感覚が走る。
「……来た」
情報が、流れ込んでくる。
断片。
構造。
機能。
設計思想。
「なるほど」
僕は淡々と解析していく。
関節増加型。
多層装甲型。
位相不定型。
全部、目的が明確だ。
「捕獲特化……効率いいね」
そして。
その中に、もう一つ。
“資源”。
「……これか」
通常のヴォイドにはない、高密度の何か。
エネルギーでもない。
物質でもない。
でも、確かに“使える”。
「面白い」
僕は即座に切り替える。
「アルゴ」
呼ぶ。
黒い猟犬が、静かに現れた。
僕の足元で、じっとこちらを見る。
「強化するよ」
アルゴは何も言わない。
ただ、受け入れる。
僕はその資源を、アルゴへと流し込んだ。
位相を合わせる。
干渉を安定させる。
再構築。
黒い体が、わずかに揺れる。
輪郭が、深くなる。
密度が上がる。
「……いいね」
アルゴが一度だけ、低く唸った。
それで十分だ。
成功。
「次」
僕は視線を移す。
リゼ=ノクスの残骸。
これは、さっきとは“質”が違う。
「さて」
僕は装置を持ち上げた。
「どこまで取れるかな」
接続。
起動。
――――
世界が、反転する。
さっきよりも、深い。
重い。
情報量が桁違いだ。
「……っ」
一瞬、頭が揺れる。
でも止めない。
押し込む。
引き出す。
「来い」
情報が、流れ込む。
断片じゃない。
体系。
構造。
設計。
――理解。
「……はは」
思わず笑いが漏れた。
「そういうことか」
見える。
分かる。
繋がる。
ネメシス。
その中でも“上位”。
「四天王」
複数。
それぞれ役割が違う。
そして――
「首魁」
頂点。
その存在。
「……いるんだ」
当然だけど、確認できた。
そして。
「ヴォイドシステム」
核心。
設計。
構築。
運用。
「……これ」
僕は目を細める。
「全部、こいつがやってるのか」
リゼ=ノクス。
ヴォイドという侵略システムの中核。
「やば」
シンプルにそう思った。
でも。
同時に。
「いいね」
理解した。
完全に。
中身を、全部。
「これで」
僕は装置を外した。
軽く息を吐く。
「向こうの“仕組み”は把握した」
言葉にする。
「設計も、構築も、全部」
実際に中身を語る必要はない。
理解している。
それで十分だ。
僕は椅子に背を預けた。
視線を天井へ向ける。
「……収穫、でかすぎ」
アルゴが足元で静かに伏せる。
強化された気配が、確かにある。
そして。
机の上には、もう動かない残骸。
四天王。
その一角。
「これで一つ」
僕は小さく呟いた。
「こっちが一歩、上に立った」
静かな部屋。
外はもう夜が深い。
でも僕の頭の中は、さっきよりずっとクリアだった。
「さて」
口元が上がる。
「次はどう来る?」
――――――
数日後。
同じ廃工場の一角。
臨時の会議スペースは、前回よりも空気が重かった。
テーブルの上には資料。
モニターには各地の被害報告。
そして――全員の表情が、軽くない。
「……では、始めましょう」
白峰の声が、静かに場を締めた。
画面が切り替わる。
日本地図。
いくつかの地点が、赤く染まっている。
「先日の襲撃に関する最終報告です」
淡々とした口調。
だが、その中身は重い。
「魔法少女への直接襲撃、確認件数は十件に増加。うち三件は行方不明のまま」
「増えてるね」
僕が軽く言うと、鬼塚が腕を組んだ。
「抑えきれていない」
「そりゃそうでしょ。あれが来てたんだから」
澪が小さく息を吐く。
「……今回の敵、やっぱり普通じゃなかったんですね」
「ええ」
白峰が頷く。
「あなた方が撃破した個体についても、こちらで分析を進めましたが……従来のヴォイドとは完全に別物です」
「ネメシス、ってやつだよ」
僕が言う。
全員の視線が集まる。
「しかも“四天王”」
太陽が「うわマジかよ……」と小さく呟いた。
鬼塚が低く言う。
「その単語、軽く扱っていいものじゃなさそうだな」
「軽くは扱ってないよ」
僕は肩をすくめる。
「でも事実だから」
白峰が画面を切り替える。
「問題はここからです」
新しい資料。
予測。
統計。
そして――
「今回撃破された個体が、ネメシス側にとってどの程度の重要度かは不明ですが」
一拍。
「少なくとも“単独行動ではない”と判断されています」
「まあ、四天王って言ってたしね」
僕は軽く言う。
「一人だけで全部やるタイプじゃないでしょ」
「……つまり」
澪が言葉を継ぐ。
「同じレベルの敵が、また来る?」
「その可能性が高いです」
白峰は迷わず頷いた。
「最低でも、同格が複数」
「三体くらいは来るかもね」
僕が言う。
太陽が顔を引きつらせる。
「ちょっと待てよ……あれがあと三体?」
「可能性の話」
「いやでも来るんだろ!?」
「来る前提で考えた方がいい」
鬼塚が短くまとめる。
「最悪想定で動く。基本だ」
場が、静かになる。
全員が同じ結論に至っている。
――次はもっと厳しい。
「対策を考えます」
白峰が言う。
「まず前提として、天原くん」
視線が僕に向く。
「あなたの安全確保を最優先にしたい」
「へえ」
僕は少しだけ笑った。
「なんで?」
「理由は明白です」
白峰の声は、揺れない。
「今回の襲撃は、あなたの存在に起因する可能性が極めて高い」
「うん、それはそうだね」
「であれば、あなたを前線から遠ざけることで、敵の優先度を下げる」
合理的。
正しい。
だからこそ――
「却下」
僕は即答した。
間が落ちる。
「……理由を」
白峰が静かに問う。
「簡単だよ」
僕は椅子に軽くもたれた。
「つまらないから」
「……は?」
太陽が変な声を出す。
澪が顔を押さえた。
「理久くん……もうちょっと言い方……」
「正確に言ってるだけだよ」
僕は続ける。
「僕が前に出ないってことは、“未知に触れない”ってことだからね」
「それは……」
白峰が言葉を探す。
でも僕は止まらない。
「僕の動機、分かってるでしょ」
軽く指を立てる。
「好奇心」
それだけ。
「人類のため、とか言われても困るんだよね」
肩をすくめる。
「それは“ついで”だから」
空気が、少しだけ固まる。
鬼塚が、わずかに目を細めた。
でも否定はしない。
分かってるからだ。
「確かにお前の発明は有用だ」
鬼塚が言う。
「だからこそ、失うリスクを減らすべきだ」
「合理的だね」
「だろう」
「でもやらない」
即答。
「なんでだよ!」
太陽が思わず叫ぶ。
「だって」
僕は笑った。
「前線の方が面白い」
沈黙。
澪が小さくため息をつく。
「……ほんとにブレないね」
「一貫性あるでしょ」
「方向性が問題なんだよ」
白峰が、ゆっくりと息を吐いた。
「あなたは組織の一員ではありません」
「うん」
「外部協力者です」
「そうだね」
「だからこそ、強制はできない」
一度、目を閉じる。
そして。
「……ですが、要請はします」
まっすぐに僕を見る。
「可能な限り、前線には出ないでほしい」
静かな言葉。
でも重い。
僕は、少しだけ考えるふりをした。
「無理」
結論は変わらない。
「最前線じゃなくてもいいけど、“見える位置”には行く」
「それはほぼ前線です」
「じゃあ前線でいいよ」
あっさり言う。
白峰が、ほんのわずかに苦笑した。
「……交渉になりませんね」
「最初からする気ないでしょ」
軽く返す。
鬼塚が肩をすくめる。
「まあ、こうなるとは思っていた」
「でしょ」
「だが護衛は増やす」
「それはいいよ」
即答。
「効率上がるし」
澪が少しだけ安心した顔になる。
「……無茶はしないでね」
「するよ」
「するなって言ってるの!」
「するけど死なないから大丈夫」
「その自信が一番怖い!」
太陽がうんうん頷く。
「それな!」
少しだけ空気が緩む。
でも。
本題は終わってない。
「で」
僕は指を軽く鳴らした。
「次来るやつの対策、考えるんでしょ」
全員の表情が引き締まる。
白峰が頷く。
「ええ。次は――」
その言葉の続きを。
僕は、内心で少しだけ楽しみにしていた。
未知が来る。
強い敵が来る。
そして――
それを、どう攻略するか。
そのための会議だ。
僕は口元を上げた。
「いいね」
小さく呟く。
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