第27話 ネメシス四天王、撃破
空気が、沈む。
リゼ=ノクスが一歩踏み出しただけで、戦場の“密度”が変わった。
音が遠くなる。
呼吸が重くなる。
視界の輪郭が、わずかに歪む。
「……なに、あいつ」
太陽が低く呟く。
さっきまでの勢いが、ほんの少しだけ鈍る。
無理もない。直感が警告している。“格が違う”と。
鬼塚がライフルを構えたまま、わずかに位置をずらす。
「理久、あれは撃っていい対象か」
「いいよ」
僕は即答した。
「むしろ最優先」
リゼ=ノクスが、こちらを見る。
その視線が、真っ直ぐ僕に刺さった。
理解されている。
そういう感覚があった。
「……対象、特定」
声が響く。
淡々としているのに、逃げ場がない。
「中枢個体」
その一言で、全員の視線が僕に集まった。
「やっぱりか」
鬼塚が小さく言う。
澪の顔が引き締まる。
太陽が一瞬だけ僕を見る。
「……理久、下がるか?」
「下がらない」
僕は首を振った。
「ここで下がったら意味ない」
リゼ=ノクスが、わずかに首を傾けた。
「対話、可能」
その言葉に、戦場が一瞬だけ止まる。
意図的な間。
僕は、わざと一歩前に出た。
「いいよ。話す?」
鬼塚が低く「危険だ」と言いかけるが、僕は手で制した。
リゼ=ノクスと、視線が合う。
正確には、“合わせられている”。
僕は口を開いた。
「まず確認。あんた、ヴォイドじゃないよね」
沈黙。
ほんの一瞬。
「肯定」
返答。
短い。
「ネメシス」
空気が、さらに重くなる。
聞いたことがある名前。
でも、目の前にいるのは初めてだ。
「へえ」
僕は少しだけ笑う。
「元締め側が出てくるんだ」
「役割、上位」
わずかな間。
「四天王」
その単語が、静かに落ちた。
太陽が息を呑む。
「四天王って……なんかラスボス感すげえな……」
「黙って」
澪が小さく制する。
鬼塚は無言で構えを維持している。
僕は、視線を逸らさない。
「で?」
軽く肩をすくめる。
「何しに来たの」
「確認」
「何を?」
「技術」
即答。
「出所。構造。再現性」
分析のための単語が並ぶ。
「……ああ」
僕は納得した。
「やっぱり僕か」
「肯定」
間。
「排除対象」
空気が、凍る。
でも僕は、笑った。
「ありがと」
リゼ=ノクスが、わずかに動きを止める。
「判断が早くて助かる」
「……?」
「無駄に探られるより楽」
僕はタブレットを軽く叩く。
「こっちも、やること決まった」
会話が、終わる。
その瞬間。
「全員、切り替え!」
僕が叫ぶ。
戦闘が再開する。
まず動いたのは――三体の特殊ヴォイド。
人型が、再び消える。
「太陽!」
「来いよ!」
サンブレイザーが炎を爆ぜさせる。
真正面からぶつかる。
拳と拳。
衝撃が弾ける。
だが今度は違う。
人型の関節が、さらに増えた。
「っ、さっきより……!」
「進化してる!」
僕が即座に言う。
「対応してる、長引かせるな!」
「了解!」
太陽が踏み込みを強める。
だが押し返される。
力じゃない。
“可動域”で負けている。
一方。
装甲型が前進する。
鬼塚が撃つ。
だが。
弾かれる。
「……さっきより硬いな」
「層の構造変わってる!」
僕が叫ぶ。
「分散率上がってる、同じ撃ち方じゃ抜けない!」
「なら!」
鬼塚が射撃を止める。
代わりに、位置を変える。
斜め。
角度。
そして。
連射。
“滑る瞬間”を狙う。
一発。
貫通。
「通るな」
「そのまま!」
澪が跳ぶ。
光が収束。
ビーム。
装甲の隙間へ直撃。
爆ぜる。
だが――
「浅い!」
削れている。
でも、足りない。
そして。
三体目。
揺れる。
消える。
「理久!」
澪が叫ぶ。
「分かってる!」
僕は座標を叩く。
「周期が変わってる、今は――」
言い終わる前に。
目の前。
至近距離。
空間が歪む。
「――!」
反応が間に合わない。
その瞬間。
アルゴが割り込む。
体当たり。
弾き飛ばす。
「助かった!」
僕は即座に再計算。
「今!」
澪が撃つ。
命中。
歪みが崩れる。
だが完全ではない。
すぐに再形成。
「……厄介だな」
鬼塚が低く言う。
そして。
その全てを。
リゼ=ノクスは、見ていた。
ただ、観測している。
攻撃しない。
動かない。
だが。
その存在があるだけで、戦場の難度が跳ね上がっている。
「理久」
鬼塚が呼ぶ。
「長引くぞ」
「分かってる」
僕は短く答える。
視線は、リゼ=ノクスへ。
あいつはまだ、“本気で介入していない”。
つまり。
「まだ、余力がある」
僕は小さく呟いた。
そして、口元を上げる。
「いいね」
タブレットを握り直す。
「だったら――」
視線を全員へ向ける。
「こっちも、上げるよ」
戦場の温度が、さらに上がった。
僕はタブレットを握り直し、指を走らせた。
表示を切り替える。
通常の戦闘補助画面から、拡張モードへ。
量産性を無視して詰め込んだ、完全に僕専用の調整領域。
「――フェーズリンク、全開」
小さく呟く。
次の瞬間、視界の情報密度が跳ね上がった。
座標。
速度。
位相のズレ。
干渉タイミング。
全部が重なる。
「全員、今から指示細かくなる。ついてきて」
「望むところだ」
鬼塚が即答。
「むしろ助かる!」
太陽が笑う。
「ちゃんと聞くから、ちゃんと当ててね」
澪が静かに言う。
いい。
全員、乗ってる。
「まず太陽」
「おう!」
「正面やめて。相手の関節増加は“迎撃最適化”。斜め後ろ取って」
「了解!」
サンブレイザーが爆発的に加速する。
横ではなく、斜め。
人型が追従する。
だが。
わずかに遅れる。
「そこ!」
「っしゃあ!」
太陽の蹴りが直撃。
関節が歪む。
崩れる。
「いいね、そのまま崩し続けて!」
「任せろ!」
次。
「鬼塚」
「聞いている」
「装甲のやつ、今“内側に力溜めてる”。次の一撃で来る」
「タイミングは」
「三秒後、右腕」
「了解」
鬼塚が構えを変える。
わずかに下げる。
待つ。
そして。
重装甲が動く。
腕を振り上げる。
「今!」
引き金。
発射。
“ずれる瞬間”を撃ち抜く。
貫通。
内部に届く。
同時に。
「星川!」
「分かってる!」
澪が跳ぶ。
光が収束。
一直線。
核へ。
直撃。
爆ぜる。
「――通った!」
「まだ!」
僕が即座に言う。
「完全に崩れてない!」
装甲が再編される。
だが遅い。
「アルゴ!」
黒い影が走る。
噛みつく。
引き裂く。
抉る。
外殻が剥がれる。
「今だ!」
「撃つ!」
澪の光が貫く。
今度こそ。
核が、砕けた。
重装甲が崩れる。
消滅。
「一体!」
太陽が叫ぶ。
「いいペース!」
でも。
終わってない。
人型が、さらに速くなる。
「うおっ、来る!」
「太陽、上!」
僕が叫ぶ。
太陽が跳ぶ。
その下を、腕が通過する。
そのまま折れ曲がる。
追尾。
「うわっ、しつこっ!」
「関節増加は追尾補正!“増える前”を叩いて!」
「タイミングくれ!」
「今!」
太陽が振り抜く。
拳。
炎。
直撃。
関節が砕ける。
増加が止まる。
「いい!」
だが。
その瞬間。
三体目が動いた。
消える。
「理久!」
澪の声。
「分かってる!」
僕は即座に座標を叩く。
だが。
ズレる。
「……変わった」
周期が変化している。
読みが通らない。
次の瞬間。
――目の前。
完全な不意打ち。
「っ――!」
動けない。
だが。
間に入る影。
鬼塚。
ライフルを捨て、ナイフ。
斬る。
位相刃が触れる。
歪みが弾ける。
「助かった」
「礼は後だ!」
鬼塚が距離を取る。
「厄介だぞ、これは」
「うん」
僕は即答する。
そして。
視線を上げる。
リゼ=ノクス。
まだ動かない。
ただ、見ている。
そして。
ほんのわずか。
空間が歪んだ。
「……ああ、そういうこと」
僕は小さく笑った。
「調整してる」
「何をだ」
鬼塚が問う。
「敵」
僕は答える。
「リアルタイムで最適化してる」
太陽が顔をしかめる。
「は?チートじゃねえかそれ」
「そうだよ」
僕はあっさり言う。
「だから――」
タブレットを叩く。
さらに深い領域へ。
「こっちもやる」
表示が変わる。
警告が出る。
無視。
「理久くん、それ……!」
澪が気づく。
「うん」
僕は頷く。
「出力上げる」
フェーズレーダー。
フェーズシールド。
フェーズアンカー。
全部を連結。
干渉範囲を、無理やり拡張する。
「環境ごと制御する」
「……やりすぎじゃないか?」
鬼塚が低く言う。
「やりすぎくらいでちょうどいい」
僕は笑った。
「相手が四天王ならね」
次の瞬間。
空間が、変わる。
戦場全体の位相が、わずかに固定される。
三体目の動きが――止まった。
「……止まった!?」
「完全じゃないけどね」
僕は即座に叫ぶ。
「今なら当たる!星川!」
「了解!」
澪が撃つ。
光。
直撃。
歪みが弾ける。
揺らぐ。
崩れる。
「効いてる!」
「追撃!」
アルゴが突っ込む。
噛みつく。
引き裂く。
そして。
消滅。
「二体!」
太陽が叫ぶ。
残るは――人型。
だが。
その動きも、明らかに鈍っている。
「……制御、できてる」
鬼塚が呟く。
「うん」
僕は短く答える。
「だったら――終わらせる」
「了解!」
太陽が踏み込む。
澪が跳ぶ。
鬼塚が構える。
アルゴが走る。
そして。
全てが重なる。
同時。
連携。
完全なタイミング。
人型を、貫く。
砕く。
消す。
――消滅。
静寂。
敵は、いない。
でも。
空気は、まだ重い。
視線を上げる。
リゼ=ノクス。
そこに、いる。
戦闘の結果を見ている。
ほんのわずか。
その輪郭が揺れた。
「……興味深い」
初めて。
“評価”のようなものが混じる。
そして。
一歩、下がる。
空間が裂ける。
撤退。
「逃がすか!」
太陽が叫ぶ。
「追うな」
僕は即座に止めた。
僕は空を見上げた。
裂け目が閉じかけている。
リゼ=ノクスの輪郭が、その向こう側へ引き戻されようとしている。
――転移。
逃走手段としては当然だ。
そして、さっきの時点で分かっていた。
フェーズシフターが“効かなかった”時点で。
「……やっぱり使うよね」
僕は小さく呟いた。
指は、すでに動いている。
タブレットの奥。
戦闘中ずっと、片隅で走らせていた処理。
座標固定。
干渉強化。
局所的な“縫い止め”。
「理久?」
澪が僕を見る。
僕は笑った。
「逃がさない」
次の瞬間。
僕はタブレットを叩きつけるように操作した。
「フェーズアンカー、重ね掛け――最大出力」
地面に設置していたアンカーが、一斉に起動する。
光が走る。
線が繋がる。
点が、面になる。
そして。
空間が、“固まった”。
裂け目が、止まる。
完全には閉じない。
だが――“抜けられない”。
「……?」
リゼ=ノクスの動きが、初めて止まった。
わずかに。
本当にわずかに。
“想定外”の間。
「座標ロック成功」
僕は口元を上げた。
「転移は“できる”。でも“抜け先がない”なら意味ないよね」
鬼塚が即座に理解する。
「……拘束か」
「そう」
僕は頷いた。
「逃げ道ごと潰した」
太陽が立ち上がる。
「マジかよ……!」
「マジ」
僕は視線をリゼ=ノクスへ向けた。
「敵の頭脳が、わざわざ前線に来てるんだよ?」
笑う。
「だったら、ここで落とす」
リゼ=ノクスが、こちらを見る。
その輪郭が、わずかに揺れる。
「……興味深い」
だが。
動けない。
空間が縫い止められている。
「全員」
僕は短く言った。
「総攻撃」
空気が変わる。
「鬼塚」
「了解」
ライフルを構える。
「星川」
「任せて」
光が集まる。
「太陽」
「ぶち抜く!」
炎が弾ける。
「アルゴ」
黒い影が唸る。
そして。
「――行け」
同時に動く。
鬼塚が撃つ。
弾丸が空間を裂き、リゼ=ノクスへ到達する。
だが。
“ズレる”。
完全には当たらない。
「位相ズレ!」
「分かってる!」
僕は即座に操作する。
「固定率、さらに上げる!」
アンカーが軋む。
警告が出る。
無視。
空間の揺らぎが、わずかに収束する。
「今!」
澪が撃つ。
光が直撃する。
初めて。
リゼ=ノクスの輪郭が、大きく揺れた。
「当たった!」
「効いてる!」
太陽が突っ込む。
炎をまとい、拳を叩き込む。
衝撃。
だが。
“硬い”。
「くそ、手応え薄い!」
「外側は無視!」
僕が叫ぶ。
「中枢を狙え!座標送る!」
タブレットからデータを飛ばす。
全員の視界に、重なるポイント。
“そこ”だけが、ズレていない。
「そこだ!」
「了解!」
鬼塚が射点を修正。
撃つ。
今度は、当たる。
貫通。
黒い靄が弾ける。
同時に。
澪のビーム。
太陽の一撃。
アルゴの噛みつき。
全部が――一点へ収束する。
「――――」
リゼ=ノクスの輪郭が、崩れる。
歪む。
初めて。
“損傷”が、明確に現れる。
「押し切る!」
僕は叫ぶ。
「今しかない!」
全員が、さらに踏み込む。
連撃。
重ねる。
削る。
壊す。
そして。
最後に。
鬼塚が引き金を引いた。
静かな一発。
だが。
それは、確実に。
中枢を貫いた。
一瞬の静止。
次の瞬間。
リゼ=ノクスの全身が、崩壊を始めた。
音もなく。
内側から、ほどけるように。
輪郭が消える。
構造が解ける。
存在が――消える。
完全消滅。
静寂。
誰も動かない。
数秒後。
「……倒した?」
太陽が呟く。
「うん」
僕はタブレットを確認する。
反応、完全消失。
「討伐完了」
澪がその場で息を吐く。
「……ほんとに?」
「ほんとに」
僕は笑った。
「ネメシス四天王、一体撃破」
鬼塚がゆっくりと武器を下ろす。
「……とんでもないことをやったな」
「今さら?」
「今さらだな」
短い会話。
でも。
その重みは、いつもと違う。
僕は空を見上げた。
もう裂け目はない。
何も残っていない。
完全に。
終わった。
「……これで」
小さく呟く。
「一つ、片付いた」
でも。
口元は、少しだけ上がっていた。
――まだ終わりじゃない。
お読みいただきありがとうございました!
この作品を
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が更新の大きな力になります。
今後ともよろしくお願いします!




