第26話 観測不能の反応、そして来訪者
会議っていうのは、基本的に時間の無駄だと思ってる。
特に、結論が出ない前提の情報共有だけのやつ。
でも今回は別だ。
“嫌な予感”が、ちゃんと形になり始めてる。
だから僕は、廃工場の一角に作った臨時の会議スペースで、タブレットを片手に椅子へ腰掛けていた。
「……じゃあ、始めるよ」
僕がそう言うと、向かいに座っていた鬼塚が軽く頷く。
隣には澪。少し離れたところで太陽が椅子をガタガタさせながら落ち着かなさそうにしている。
「なんかさ、こういうのって緊張するな……」
「太陽は黙ってればいいよ」
「ひどくね?」
「発言の精度が低いから」
「オブラートに包めよ!」
いつも通りのやり取り。
でも空気は軽くない。
正面の大型モニターには、オンライン接続された白峰の姿が映っている。
整ったスーツ姿、落ち着いた表情。でもその目は、いつもより少しだけ鋭い。
「では、始めましょう。今回の件は……軽視できる状況ではありません」
白峰がそう言って、画面に資料を表示した。
地図。
日本各地に、赤いマーカーが点在している。
「ここ二週間で確認された“魔法少女への直接襲撃”は、計七件」
七。
多い。
明らかに異常な数だ。
「被害は?」
鬼塚が短く聞く。
「三件で重傷、二件で行方不明。残り二件は軽傷で離脱しています」
「……行方不明、か」
鬼塚の声が低くなる。
死者ではない。
でも、それはつまり――“連れ去られた”可能性が高い。
澪が小さく息を呑むのが分かった。
「共通点は?」
僕がそのまま聞く。
「複数ありますが、最も重要なのは――」
白峰が一度、言葉を区切った。
「通常のヴォイドとは、明確に性質が異なる個体が確認されている点です」
画面が切り替わる。
ぼやけた映像。
フェーズグラス越しの記録データ。
そこに映っていたのは――
「……へえ」
思わず声が漏れた。
関節の多い人型。
異常な多層装甲。
そして、輪郭の定まらない何か。
見覚えがある。
というか、見ただけで分かる。
「設計思想が違う」
僕が言うと、白峰が静かに頷いた。
「ええ。従来のヴォイドとは別系統。明らかに“目的特化型”です」
「しかも複数同時運用か……面倒だな」
鬼塚が腕を組む。
太陽が身を乗り出した。
「なあ、それって強いのか?」
「強いどころじゃないよ」
僕は即答した。
「たぶん“殺すため”じゃなくて“捕まえるため”に作られてる」
「……え?」
澪がこっちを見る。
「攻撃が最適化されてない。代わりに拘束能力が高い構成。逃がさない設計」
「……だから行方不明が出てるのね」
澪の声が、少しだけ震えた。
白峰が続ける。
「実際、被害者の証言でも“殺される気配がなかった”という報告があります」
「それ、余計に怖くないか……」
太陽が顔を引きつらせる。
僕は画面を見ながら、指で机を軽く叩いた。
「理由は一つだね」
全員の視線が集まる。
「情報が欲しい」
静かに言う。
「殺すより、捕まえて吐かせた方が効率いい」
鬼塚が低く唸る。
「……つまり、こちらの情報が狙われている」
「うん」
僕は頷いた。
「で、その“情報”って何かって話だけど――」
わざと間を置く。
全員が分かってる。
でも言葉にする必要がある。
「僕だろ」
沈黙が落ちた。
太陽が「えっ」と小さく声を漏らす。
澪は、何も言わなかった。
白峰が、ゆっくりと口を開く。
「……その可能性は、高いと考えています」
否定しない。
できない。
鬼塚も腕を組んだまま、目を閉じた。
「フェーズグラス、シールド、レーダー、アンカー……すべてが同時に体系化されている」
「普通じゃないよね」
「普通じゃないな」
鬼塚は目を開けた。
「そして、それを短期間で構築した個人がいる」
「いるね」
「お前だ」
断言。
まあ、そうなる。
「つまり、敵は“それを作った存在”を特定しようとしている」
「そういうこと」
澪がぎゅっと拳を握る。
「……でも、知られてないんじゃなかったの?理久くんのこと」
「完全にはね」
僕は肩をすくめる。
「でも現場の魔法少女は“日本製の新装備”って認識くらいはしてる」
「……それを引き出されたら」
「そこから絞り込まれる」
白峰が静かに補足する。
「すでに一部の魔法少女から、“日本で作られた技術”という情報が引き出されている可能性があります」
「十分だね、それ」
僕は軽く笑った。
「国レベルまで特定できれば、あとは時間の問題」
太陽が青ざめる。
「え、じゃあ……ここに来るのも時間の問題ってことか?」
「うん」
即答。
「むしろ、もう来ててもおかしくない」
「軽く言うなよ!?」
「軽くは言ってないよ。事実を言ってるだけ」
澪が小さく息を吐いた。
「……対策は?」
「簡単」
僕は指を一本立てる。
「迎撃」
「シンプルだな……」
鬼塚が苦笑する。
「逃げるって選択肢は?」
白峰が問う。
「ないね」
即答。
「逃げても追ってくる。だったら準備して迎え撃った方が効率いい」
「……理久くんらしい答え」
澪が呆れたように言う。
でも否定はしない。
できない。
しばらくの沈黙。
全員が、それぞれに考えている。
その時だった。
――ピッ。
乾いた電子音。
僕のタブレット。
そして、背後に置いた大型端末が同時に反応した。
「……あ」
思わず声が出る。
視線を落とす。
表示されているのは、フェーズレーダーの出力。
でも。
これは――
「なにそれ」
澪が覗き込む。
「いつものと違うよね……?」
「違う」
僕は即答した。
波形が歪んでいる。
出現予測じゃない。
“存在している何か”の反応。
しかも。
「複数……いや、違うな」
僕は画面を拡大する。
「一つじゃない。でも個別でもない」
「なんだそれ」
鬼塚が眉をひそめる。
「分からない」
僕は正直に言った。
「でも――」
口元が、勝手に上がる。
「面白い」
太陽が引いた顔をする。
「いやその反応おかしくね!?」
「未知だよ?」
「だからって喜ぶなよ!」
僕は立ち上がる。
タブレットを掴む。
「場所は?」
鬼塚が即座に聞く。
「ここからそんなに遠くない」
僕は画面を見せた。
マーカーが、はっきりと点滅している。
「行くよ」
即決。
迷いはない。
澪がすぐに頷く。
「うん」
鬼塚も立ち上がる。
「装備を持て。すぐ出る」
太陽が慌てて椅子を蹴る。
「え、もう行くの!?」
「行くに決まってるだろ」
僕は振り返る。
「向こうはもう動いてる」
画面の波形が、わずかに変化した。
“こっちを見ている”ような、そんな嫌な感覚。
「だったら、こっちも動く」
僕は笑った。
「迎え撃つよ」
――――――
現場に着いた瞬間、空気の“重さ”が違った。
夜の住宅街。さっきまで人がいたはずの通りは、不自然なほど静まり返っている。
街灯の光がやけに白くて、影が濃い。
そして――空間が、歪んでいる。
「……ここだね」
僕はタブレットを見ながら呟いた。
フェーズレーダーの波形は、さっきから一度も安定していない。
出現予測じゃない。既に“いる”何かの反応。
「シフターは?」
鬼塚が短く聞く。
「さっき使った」
僕は肩をすくめる。
「ずらせなかった」
「……は?」
太陽が素っ頓狂な声を上げる。
「いや、ずらせるんだろ!?」
「普通はね」
僕は視線を上げた。
「でも今回は“固定されてる”」
「固定……?」
澪が眉をひそめる。
「うん。座標そのものがロックされてる感じ。干渉が弾かれる」
「……そんなことできるの?」
「できるやつが来てるってこと」
その言葉と同時に。
レーダーの波形が、ぐにゃりと歪んだ。
「来る」
僕が言った直後だった。
空間が裂ける。
静かに。
音もなく。
そして――現れた。
「……っ」
澪が息を呑む。
太陽も、言葉を失った。
鬼塚だけが、わずかに構えを深くする。
一体目。
人型。
だが関節が多すぎる。動くたびに節が増減し、ありえない軌道で四肢が伸びる。
二体目。
重装甲。
層が重なり、ずれるたびに内部構造が見え隠れする。防御に特化した構成。
三体目。
――定まらない。
そこに“いる”のに、見ようとすると形が崩れる。視認そのものが不安定になる。
「……間違いない」
僕は小さく呟いた。
「普通のヴォイドじゃない」
その瞬間。
三体が、同時に“こちらを見た”。
ぞわり、と背筋を撫でる感覚。
敵意。
それも、これまでとは質が違う。
「理久」
鬼塚が呼ぶ。
声は落ち着いている。
「指示を」
短い。
それで十分だった。
僕は口元を少しだけ上げる。
「総力戦でいく」
全員が、わずかに身構える。
「鬼塚、前衛射撃。装甲のやつの足止め」
「了解」
「太陽、機動役。人型を引き受けて」
「おう!」
「星川、火力支援。核が見えたら撃ち抜け」
「任せて」
「アルゴ」
足元で、気配が揺れる。
次の瞬間、黒い猟犬型のフェーズビーストが現れた。
低く唸り、前足で地面を掻く。
「近接は全部任せる。好きにやっていい」
『――――』
声なき咆哮。
戦闘態勢。
「で、僕は――」
タブレットを叩く。
「全部見る」
戦闘が、始まった。
最初に動いたのは――敵。
人型が、消えた。
「太陽!」
「分かってる!」
炎と光が弾ける。
サンブレイザーが一気に加速し、横へ跳ぶ。
その直後、元いた位置に人型が現れる。
拳が振り抜かれる。
空気が裂ける。
「うおっ、速ぇ!」
「直線的じゃない、軌道読むな!」
僕が叫ぶ。
人型の関節が増える。
腕が“曲がりながら”追ってくる。
だが太陽は止まらない。
「来いよ!」
陽炎をまとい、逆に距離を詰める。
拳がぶつかる。
炎が弾ける。
人型の腕が歪む。
完全には止まらない。
でも――止めた。
「いい、そのまま固定!」
「任せろ!」
同時に。
鬼塚が撃った。
乾いた連射音。
装甲型の脚部へ集中射撃。
弾丸が弾かれる。
だが。
「層が動く、そこだ!」
僕が叫ぶ。
鬼塚が即座に射点を変える。
“ずれた瞬間”を撃つ。
一発。
貫通。
黒い靄が噴き出す。
「効いたな」
「そのまま削り続けて!」
重装甲が一歩踏み出す。
地面が沈む。
振り上げられる腕。
「シールド!」
僕が展開。
半透明の壁が衝撃を受け止める。
火花のようなノイズ。
だが貫通はしない。
「いける!」
その横を。
アルゴが駆け抜けた。
低く、速く、鋭く。
重装甲の懐へ潜り込み、喉元へ噛みつく。
外殻が軋む。
だが完全には砕けない。
「硬い……!」
「なら削る!」
澪が踏み込む。
スターライト・ミオ。
光が収束する。
ビーム。
直撃。
装甲の隙間へ叩き込まれる。
爆ぜる。
「――効いてる!」
「その調子!」
そして。
問題は――三体目。
「理久、あれは!」
澪が叫ぶ。
「分かってる!」
視界が歪む。
焦点が合わない。
でも。
「そこだ」
僕は座標を叩く。
「存在はブレてない、見え方がブレてるだけ!」
「了解!」
澪が撃つ。
光弾。
だが。
すり抜ける。
「っ!?」
「位相ズレ!」
僕が叫ぶ。
「攻撃のタイミング合わせて!」
次の瞬間。
三体目が“現れた”。
距離ゼロ。
僕の目の前。
「――」
空気が凍る。
だが。
割り込む影。
アルゴ。
体当たり。
押し飛ばす。
「ナイス!」
僕は即座に再計算する。
「今!」
澪が撃つ。
今度は当たる。
歪みが弾ける。
「当たった!」
「タイミング制御型だ、周期読む!」
戦場が、完成する。
太陽が人型を抑え、
鬼塚が装甲を削り、
澪が核を撃ち、
アルゴが隙を埋める。
そして僕が、全部を繋ぐ。
「左三メートル、来る!」
「了解!」
太陽が回避し、反撃。
「装甲、次ずれる!」
「見えた!」
鬼塚が撃つ。
「今だよ!」
「撃つ!」
澪の光が貫く。
連携。
精度。
圧倒的な制御。
それでも――
「……硬いな」
鬼塚が低く言う。
削れている。
通っている。
だが。
“倒し切れない”。
違う。
こいつらは――
「耐久じゃない」
僕は小さく呟く。
「目的が違う」
三体が、同時に動いた。
引く。
距離を取る。
「……え?」
太陽が戸惑う。
「なんで……」
その瞬間。
空間が、再び裂けた。
今度は、ゆっくりと。
そこから現れる影。
「……来たか」
僕は目を細めた。
リゼ=ノクス。
その存在だけで、空間の質が変わる。
圧。
理解不能な異物感。
敵は、まだ本体を出していなかった。
そして今――
“出てきた”。
戦場が、一段階深く沈む。
僕は息を吐いた。
「――ここからが本番だ」
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