第21話 ちょっと背伸びのディナー
夕方の街は、昼間とはまた違った活気があった。
ショッピングモールから出ると、外の空はすっかりオレンジ色に染まっている。
人の流れも、昼間の買い物客から、仕事帰りの大人たちや夕食に向かう家族連れへと変わっていた。
「……結構遊んだな」
太陽が両手を上げて伸びをする。
「午前からだしな」
「でもまだ元気だぞ俺」
「知ってる」
太陽は元気が取り柄だからな。
「で、夕飯どうする?」
「食って帰るのは確定として」
僕は周囲を見渡す。
ショッピングモール周辺には、飲食店がいくつか並んでいた。
ファミレス、ファストフード、居酒屋風の店など。
太陽も同じように見回す。
「……」
そして、少し離れた場所を指差した。
「お、あそこどうだ?」
僕はそちらを見る。
ガラス張りの外観。
落ち着いた照明。
入り口には、メニューの立て看板。
――ステーキ&グリルレストラン。
ファミレスより明らかに上の価格帯の店だった。
「……」
「ちょっと高そうだけどさ」
太陽が笑う。
「でも今日はいいだろ?」
「まあ、金はある」
「だろ! 折角だし、こういうとこ行ってみようぜ!」
太陽が少し楽しそうに言う。
確かに、僕たちの年齢だと、あまり来る機会はない店だ。
普段なら、まず選ばない。
でも今日は違う。
「いいな」
「よし、決まり!」
太陽が迷いなく歩き出す。
僕もその後ろについていった。
店の前に立つ。
ガラス越しに店内が見える。
落ち着いた照明。
木目調の内装。
テーブル席が中心で、ゆったりとした空間。
客層は、カップルや家族連れ、大人のグループが多い。
「……ちょっと場違いじゃないか」
「大丈夫だって!」
太陽がドアを開ける。
カラン、と静かなベルの音が鳴る。
「いらっしゃいませ」
店員がすぐに近づいてきた。
一瞬、僕たちを見て少し驚いた表情をするが、すぐに笑顔に戻る。
「二名様ですか?」
「はい」
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、窓際のテーブル席だった。
席に座る。
ソファーが柔らかい。
「……なんか落ち着かないな」
太陽が小声で言う。
「同感」
普段行く店とは明らかに違う雰囲気だ。
テーブルの上にはナイフとフォーク。
紙ナプキンも丁寧に折られている。
「すげえな……」
太陽が周囲を見回す。
「こういうとこ、家族でもあんま来ないぞ」
「僕も初めてかもな」
その時、メニューが運ばれてきた。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「はい」
店員が下がる。
僕たちはメニューを開く。
「……」
「……」
少し沈黙。
「……高いな」
太陽が小声で言う。
「確かに」
ステーキの価格が、普通のファミレスの倍以上はする。
「でも、今日はいいよな」
「問題ない」
僕は冷静に答える。
通帳の残高を思い出す。
この程度の出費は、ほぼ誤差だ。
「よし……じゃあ俺これ!」
太陽が指差す。
「サーロインステーキ300g」
「結構食うな」
「腹減ってるし!」
「まあ太陽なら」
僕は別のページを見る。
「僕は……これ」
「ハンバーグとステーキのセットか」
「量はこれくらいでいい」
「理久、意外と控えめだな」
「食べ過ぎると動きにくい」
「研究者っぽい理由だな」
その時。
「理久様、飲料はどうされますか」
ソラが小さく聞いてきた。
「ドリンクバーじゃないなここ」
「単品注文です」
「じゃあ……オレンジジュース」
「俺も!」
太陽が笑う。
呼び出しボタンを押す。
店員が来る。
「ご注文お決まりですか?」
「はい」
太陽が少し緊張した様子で注文する。
「サーロインステーキ300gで……あとオレンジジュース」
「かしこまりました」
「僕はこのセットで」
「ありがとうございます」
注文が終わる。
店員が下がる。
太陽が小さく息を吐いた。
「なんか緊張した」
「分かる」
僕も少しだけ肩の力を抜いた。
料理が来るまでの間、僕たちは店内をぼんやり眺める。
注文を終えると、ふっと気が抜けた。
太陽が椅子の背もたれに体を預ける。
「……なんか、ちょっと大人になった気分だな」
「ステーキ食うだけで?」
「いや、こういう店に来るのがだよ」
太陽が周囲を見回す。
落ち着いた照明。
静かに流れるBGM。
ゆっくりと会話をする大人たち。
確かに、僕たちが普段来る場所とは少し違う。
「まあ、普段は来ないな」
「だろ?」
太陽が笑う。
「でもさ、なんか今日一日、普通に遊んだな」
「そうだな」
午前中はゲームセンター。
昼はラーメン。
午後はボウリング、ダーツ、ビリヤード、カラオケ。
普通の中学生の休日と言えば、確かにこんな感じだ。
「最近ずっと、魔法とかヴォイドとかだったし」
「確かに」
「こういうのもたまにはいいな」
太陽が少し満足そうに言う。
僕も同意する。
「……まあ、悪くない」
「理久がそう言うなら相当だな」
「興味があることじゃないと評価しないからな」
「それ自覚してんのか」
太陽が苦笑する。
その時、ソラがふわりと浮かんだ。
「本日の朝比奈太陽の活動量は通常の1.8倍です」
「え、そんなに?」
「運動量と発話量から算出」
「発話量も入ってんのか」
「はい。非常に多いです」
「おい」
太陽が軽くツッコむ。
僕は小さく笑う。
「でも確かに、今日はよく動いたな」
「ボウリングもやったしな」
「ダーツも」
「ビリヤードも」
「カラオケも」
「……遊びすぎじゃね?」
「休日だから問題ない」
太陽が頷く。
「それに、金の心配もないしな」
「それ言い出すと無限に遊べる」
「危険だなそれ」
太陽が笑う。
少しして、太陽がふと思い出したように言う。
「そういやさ、ソラってこういう店でも見えてるのか?」
「見える」
ソラはピクシスだから、一般人には見えない。
でもフェーズグラスをかけていなくても、僕は装置なしで把握できるようになっている。
「でも他の人には見えてない」
「なんか不思議だよな」
「慣れた」
そう答えたところで――
「お待たせいたしました」
店員が料理を運んできた。
まず太陽の前に、大きな鉄板が置かれる。
ジュウウウッ、と音が鳴る。
熱々の鉄板の上に、分厚いサーロインステーキ。
湯気と一緒に、香ばしい肉の匂いが広がる。
「……おお」
太陽の目が見開かれる。
続いて僕の前にも料理が置かれる。
ハンバーグとステーキのセット。
肉汁が溢れそうなハンバーグと、小ぶりながら厚みのあるステーキ。
付け合わせの野菜も色鮮やかだ。
「……」
思わず、少し見入る。
見た目だけでも、明らかに今まで食べてきたものとは違う。
「すげえ……」
太陽が小さく呟く。
「めっちゃうまそう……」
「確かに」
肉の焼ける匂いが、食欲を刺激する。
ジュウジュウと音が続く。
太陽がナイフとフォークを手に取る。
「……なんか緊張するな」
「切るだけだ」
「分かってるけどさ」
太陽が慎重にナイフを入れる。
肉がすっと切れる。
「おお……」
断面から肉汁が滲む。
「これは……期待できるな」
僕もナイフを持つ。
ハンバーグに軽く刃を入れる。
肉汁が溢れる。
「……」
思わず小さく息を吐いた。
これは、かなりうまそうだ。
僕たちは顔を見合わせる。
「……いただきます」
「いただきます」
太陽がフォークでステーキを刺し、そのまま口へ運ぶ。
一瞬の沈黙。
そして――
「……っ!」
太陽の目が一気に見開かれた。
「うまっ!」
思わず声が出る。
「なにこれ、めっちゃ柔らかい!」
太陽が驚いたように肉を見つめる。
「すげえ、噛んだらすぐ切れるんだけど」
もう一口食べる。
「うわ、肉汁すご……」
太陽のテンションが一気に上がる。
「これやばいな、マジで!」
僕もフォークでハンバーグを一口大に切る。
そのまま口へ運ぶ。
「……」
肉の旨味が広がる。
柔らかい。
そして、肉汁がしっかりある。
思わず少しだけ目を細める。
「……うまいな」
「だろ!?」
太陽がすぐに食いつく。
「理久がそう言うって相当だぞ」
「確かにこれは……レベルが高い」
僕はもう一口食べる。
やはりうまい。
続けてステーキの方も切る。
口に入れる。
「……」
少しだけ、無言になる。
太陽がニヤリとする。
「どうだ?」
「……これはいいな」
「だろ!?」
太陽が嬉しそうに笑う。
「やっぱちょっと高い店って違うな!」
「そうだな」
太陽はすでに勢いよく食べ進めている。
「このソースもいいな」
「それ、何のソースだ」
「ガーリックっぽい」
太陽が肉をソースに軽くつけて食べる。
「うまっ!」
「そんなにか」
僕も試す。
確かに、ガーリックの風味が肉とよく合う。
「……確かに、いい」
「だろ?」
太陽が満足そうに頷く。
付け合わせのポテトも食べる。
「これも地味にうまい」
「分かる」
僕も野菜を食べる。
焼き加減がちょうどいい。
「この人参も甘いな」
「なんか全部うまいな」
「料理の完成度が高い」
太陽が笑う。
「理久、そういう言い方するのな」
「事実だからな」
太陽はどんどん食べる。
「300gいけるかなって思ったけど、余裕だなこれ」
「太陽は食べる量多いからな」
「でもマジで止まらない」
太陽は満面の笑みで肉を口に運ぶ。
僕もゆっくりと食べ進める。
静かに食べているが、明らかに箸……ではなくフォークの進みが早い。
太陽がそれに気付く。
「理久、結構食うな」
「うまいからな」
「珍しいな」
「否定はしない」
僕はハンバーグをさらに一口。
肉汁が口の中に広がる。
「……これは、また来てもいいな」
「お、理久がリピート発言!」
太陽が笑う。
「気に入った」
「じゃあまた来ようぜ」
「問題ない」
その時、ソラが小さく言う。
「理久様の食事速度が通常の1.3倍です」
「……そうか」
「やっぱうまいんじゃん」
「うまい」
僕は素直に答える。
太陽が嬉しそうに笑う。
「なんかいいな、こういうの」
「何がだ」
「いや、こうやって普通に飯食ってさ」
太陽が肉を切りながら言う。
「遊んで、飯食って、話して」
「……」
「なんか普通だけど、いいなって思う」
僕は少しだけ考える。
「……そうだな」
僕もフォークを動かす。
うまい料理と、気楽な会話。
悪くない時間だった。
――――――
食事を終える頃には、外はすっかり暗くなっていた。
店を出ると、夜の空気が少しひんやりとしている。
昼間の賑やかさとは違い、街の灯りが静かに広がっていた。
「いやー、うまかったな」
太陽が満足そうに言う。
「そうだな」
「ちょっと高かったけど、全然ありだな」
「たまになら問題ない」
「だな」
二人で歩きながら、駅の方向へ向かう。
昼からずっと一緒にいたせいか、特に気まずい沈黙もない。
むしろ、心地よい疲労感があった。
「結構遊んだな今日」
「午前からだからな」
「ボウリングもダーツも久しぶりだったし」
「ビリヤードも」
「カラオケもな」
太陽が軽く笑う。
「なんか、普通の休日って感じだったな」
「そうだな」
やがて分かれ道に差し掛かる。
ここから先は、それぞれ帰る方向が違う。
太陽が立ち止まる。
「じゃあ、ここで」
「そうだな」
少しだけ間が空く。
でも特別なことを言う必要はない。
「また明日な」
太陽が軽く手を上げる。
「ああ」
「学校で」
「虚界研究部でもな」
「だな」
太陽が笑う。
「じゃあな、理久」
「また明日」
太陽が背を向けて歩き出す。
僕も反対方向へ歩き出す。
今日一日、普通に遊んだ。
それだけのことだ。
でも、悪くない休日だった。
明日になれば、また学校がある。
そして、虚界研究部も。
特別なことはない。
また、いつも通りの日常が続く。
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