第19話 休日、ちょっとだけ非日常
休日の昼下がり。
僕はベッドに仰向けになったまま、天井をぼんやりと見つめていた。
特にやることがない、というのは久しぶりだ。
つい数日前まで、人工ピクシスの調整だの、太陽の魔法適性の解析だの、魔法少女協会へのデータ提出だのと、妙に忙しかった。
研究者としては充実しているけど、中学生としてはだいぶ異常な生活だったと思う。
「……まあ、たまにはこういうのも悪くないか」
僕は体を起こし、机の上に置いたタブレットへ視線を向ける。
机の上は相変わらず散らかっている。
半分分解されたフェーズレーダーの試作機、測定用の簡易センサー、ノートPC、配線類。
普通の中学生の机とは、たぶんかなり違う。
机の横では、何もない空間がわずかに揺らいでいた。
「アルゴ」
呼びかけると、空間が波打つように歪み、猟犬型のフェーズビーストが姿を現す。
黒い装甲のような体表、鋭い四肢。
だけど僕の前では大人しく、尾を軽く振っていた。
「今日は特に出動予定なし。待機でいい」
アルゴは静かに一度鳴き、再び位相潜航して姿を消した。
事情を知らない人間の前では、こいつは見えないほうが都合がいい。
ちょうどその時、スマホが震えた。
画面を見る。
――朝比奈 太陽
表示された名前に、僕は小さく笑った。
「珍しいな」
通話ボタンを押す。
「もしもし」
『おー、理久!』
電話越しでもわかる、元気すぎる声だった。
「声でかい。休日くらい静かにしろ」
『いや、休日だからだろ! 今日は部活も休みだしさ!』
「そういえばサッカー部、昨日試合だったな」
『おう、勝った! 俺も一点決めた!』
「へえ」
まあ、太陽なら別に不思議でもない。
頭は残念だけど、運動能力は異常に高いからな。
『でさ、理久。今日暇?』
「暇」
即答した。
太陽が一瞬黙る。
『……即答かよ』
「研究も一区切りついたし、特にやることない」
『珍しいな、お前が』
「そうでもない。研究が進んだ時ほど、次の発想のために頭を空にするのは合理的」
『いや、絶対今それっぽいこと言っただけだろ』
「まあ半分はそう」
僕は椅子に座り直しながら、机の上の通帳をちらりと見る。
数日前に魔法少女協会から振り込まれた報酬。
桁を見たとき、さすがに一瞬思考が止まった。
設備投資費用に加えて、技術提供の対価。
研究資金としては、もう当面困らないどころか――
「……これ、普通に一生遊んで暮らせるな」
思わず小さく呟いた。
『ん? なんか言ったか?』
「いや。太陽も報酬もらったんだろ」
『おう! 見た? あの金額!』
興奮した声だった。
『マジでびっくりした! 桁がさ、桁が違うんだよ!』
「魔法少年の危険手当込みだからな」
『それでもすげえよ! 俺、親に見せたらめっちゃ驚かれたし!』
「そりゃそうだろ」
中学生が突然大金をもらってくるとか、普通に考えて異常だ。
『でさでさ! せっかくだし今日は遊びに行かね?』
「予想通りの流れだな」
『だって金あるし!』
「僕は元からあった」
『……ああ、そうだったな』
太陽が苦笑するのが声で分かる。
僕は机の引き出しを開ける。
中にはフェーズグラス、測定器、小型ツールなどが整然と並んでいる。
その横に、無造作に入れた通帳。
残高の数字は、見慣れないほど多い。
特に欲しい物もないのに、金だけ増えていく。
研究者としては理想的だけど、中学生としてはだいぶ異常だ。
「で、どこ行く予定」
『まだ決めてねえ! とりあえず外出ようぜ!』
「計画性ゼロだな」
『その場で決めるのが楽しいんだろ!』
「まあ、否定はしない」
僕は椅子の背もたれに体を預けた。
こういうのは、たまには悪くない。
『映画でもいいし、ゲームセンターでもいいし、飯でもいいし!』
「全部行けばいい」
『お、いいなそれ!』
太陽の声が一段と明るくなる。
『あとさ、ソラも連れてく!』
「学習状況の確認もしたいし、ちょうどいい」
『最近ちょっと喋り方変わってきたぞ』
「へえ」
人工ピクシスのAIは、環境学習型だ。
太陽の影響を受けて変化するのは想定通りだけど、実際に変化が出始めたのは興味深い。
『この前さ、「テンション上昇を確認」って言った後に、「やったー!」って言ったぞ』
「それ、完全に太陽の影響だな」
『だよな!?』
「ログ取ってるか?」
『あ、忘れてた』
「後で回収する」
『はいはい、研究者様』
太陽が笑う。
こういうやり取りは、昔から変わらない。
ただ――
違うのは、今の僕たちが。
魔法少女と戦い、ヴォイドを倒し、人工ピクシスを開発している。
普通の中学生とは、だいぶ違う。
それでも。
『じゃあさ、準備できたら集合な!』
「どこ」
『……あ』
「ほら」
『じゃあ、いつもの駅前!』
「了解」
『あとでまた連絡する!』
通話が切れる。
僕はスマホを机に置き、小さく息を吐いた。
「……休日、か」
久しぶりに、普通の中学生みたいな一日になりそうだった。
僕は椅子から立ち上がり、外出の準備を始める。
――――――
時刻は午前十時前。
休日の駅前は、平日とは違う空気が流れていた。
通学する学生もいなければ、スーツ姿の大人も少ない。代わりに、買い物袋を持った家族連れや、友達同士で歩く学生の姿が目立つ。
僕は駅前広場のベンチに座りながら、スマホの画面を確認した。
太陽からのメッセージ。
『今出た!』
五分前に届いたものだ。
「……つまり、まだ来ないな」
家が隣とはいえ、準備して出てくるまでの時間を考えれば、あと数分はかかるだろう。
僕はベンチに背もたれ、ぼんやりと周囲を見渡す。
休日の空気は、なんというか――
平和だ。
ヴォイドの出現は不規則だけど、こうして何もない時間があると、普通の街にしか見えない。
一般人には見えない脅威があるというのに、誰もそれを気にしていない。
……まあ、見えないんだから当然か。
「アルゴ」
小さく呼ぶ。
すぐに、僕の足元の空間がわずかに揺れた。
位相潜航状態のアルゴが、近くにいる合図だ。
「周辺の異常は?」
アルゴが小さく鳴く。
問題なし、という意味だ。
「了解」
僕は頷いた。
フェーズレーダーのアプリも確認する。
出現予測なし。
少なくとも今すぐの危険はない。
その時だった。
「おーい! 理久ー!」
遠くから元気な声が聞こえる。
振り向くと、全力で手を振りながら走ってくる小柄な男子が見えた。
朝比奈太陽。
私服姿は、学校で見るより少しラフだ。
動きやすそうなパーカーに、スポーツブランドのズボン。いかにも太陽らしい格好だ。
相変わらず背は低いけど、筋肉質な体つきは目立つ。
童顔のせいで年齢より幼く見えるのも、いつも通りだ。
「走ってくるな。別に逃げない」
「いや、なんか久しぶりに遊ぶ感じだったから!」
息を弾ませながら、太陽が笑う。
その肩のあたりに、ふわりと小さな光が浮かんでいた。
「ソラ」
「おはようございます、理久様」
人工ピクシス、ソラが丁寧な声で言う。
まだAIっぽい口調だけど、以前より少し柔らかくなっている気がする。
「学習状況は?」
「朝比奈太陽の行動パターンを継続学習中です。現在の評価――元気すぎます」
「おい」
太陽がすぐにツッコむ。
「それ、評価なのか!?」
「客観的分析です」
「なんか冷静に言われるとちょっと傷つく!」
僕は小さく笑った。
「いい傾向だな。感情表現が増えてる」
「ありがとうございます。嬉しい、という感情を模倣します」
ソラが少し明るい声になる。
完全に太陽の影響だな。
「で、どこ行く?」
僕が聞くと、太陽は腕を組んだ。
「うーん……とりあえず遊べるとこがいいよな」
「具体性ゼロ」
「じゃあさ、ゲームセンター行こうぜ!」
「まあ、無難だな」
駅前から少し歩いた場所に、大型ショッピングモールがある。
その中に、そこそこ広いゲームセンターが入っているはずだ。
「昼まで時間もあるし、ちょうどいい」
「だろ!」
太陽が満足そうに笑う。
「あとさ、金あるしさ」
「またそれか」
「クレーンゲームやり放題だぞ!」
「まあ、確かに」
僕は立ち上がった。
「行くか」
「おう!」
僕たちは並んで歩き出す。
休日の街を、ただ遊びに行くために歩く。
それだけのことなのに、妙に新鮮だった。
虚界研究部として動く時とは違う。
戦闘でも研究でもない、ただの休日。
太陽が隣で楽しそうに話し続ける。
「最近さ、新しい格ゲー入ったらしいんだよ!」
「操作覚えるの面倒」
「俺教えるって!」
「太陽が?」
「……たぶん」
「信用できないな」
そんなくだらない会話をしながら、僕たちはショッピングモールへ向かって歩いていった。
ショッピングモールの自動ドアを抜けると、休日特有のざわめきが耳に入ってきた。
買い物袋を抱えた家族連れ。
友達同士で歩く学生。
フードコートの方から漂ってくる揚げ物の匂い。
その中を、僕と太陽は並んで歩く。
「ゲーセンは三階だったよな」
「おう、こっち!」
太陽が迷いなくエスカレーターへ向かう。
こういう場所は、太陽の方が詳しい。
エスカレーターで三階へ上がると、すぐに電子音と賑やかな音楽が聞こえてきた。
ゲームセンターだ。
「おお……」
太陽の目が輝く。
入口の前には、クレーンゲームの景品がずらりと並んでいた。
ぬいぐるみ、フィギュア、お菓子、大型クッション。
休日ということもあって、学生や子供たちでかなり賑わっている。
「まず何やる?」
「とりあえずクレーンゲームだろ!」
太陽が迷いなく入店する。
僕もその後ろをついていった。
店内はかなり広い。
クレーンゲームのエリア、音ゲーエリア、対戦ゲーム、メダルゲームなど、いくつかのゾーンに分かれている。
太陽はクレーンゲームの前で立ち止まった。
「お、これいいな!」
指差したのは、キャラクターのぬいぐるみ。
手のひらより少し大きいサイズで、数種類並んでいる。
「欲しいのか」
「いや、なんとなく!」
「動機が軽い」
「でもさ、金あるし!」
太陽は財布を取り出した。
中には、新札が何枚も入っているのが見えた。
明らかに普段より金を持っている。
「……まあ、好きにしろ」
「よし!」
太陽がコインを投入する。
アームが動き、ぬいぐるみを狙う。
「……お」
アームが景品を掴んだ。
――が。
そのまま、ぽろっと落ちた。
「あー!」
「まあ、そんなもんだ」
「いや、今いけただろ!」
太陽がもう一度コインを入れる。
再挑戦。
今度は位置を調整して――
掴む。
持ち上がる。
そして。
カタン。
落ちた。
「……」
「……」
「難しいなこれ」
「今更か」
僕は横から操作パネルを観察する。
景品の重心、アームの強さ、押し込み角度。
少し調整すれば取れる位置だ。
「貸せ」
「お、理久やるのか?」
「合理的に取る」
僕はコインを入れる。
アームをゆっくり移動させる。
位置を調整。
角度を計算。
そして――
アームを下ろす。
ぬいぐるみを横から押すように動かす。
カタン。
景品が少しズレる。
「……なるほど」
もう一度。
今度はさらに位置を調整。
アームを下ろす。
押す。
そして。
コトン。
景品が落ちた。
「おお!」
太陽が声を上げる。
「理久すげえ!」
「まあ、構造的にそうなる」
僕は景品を取り出す。
小さなぬいぐるみ。
「やる」
「いいのか!?」
「特にいらない」
「サンキュー!」
太陽が嬉しそうに受け取る。
その横で、ソラがふわりと浮いた。
「朝比奈太陽の幸福度が上昇しています」
「お、分かるのか?」
「表情解析です。笑顔の割合が増加」
「なんか恥ずかしいなそれ」
太陽が苦笑する。
僕は次の台に目を向けた。
今度はお菓子の山。
「これやってみるか」
「いいな!」
僕たちは並んでクレーンゲームを続ける。
太陽は何度か失敗しつつも、一つだけお菓子を獲得。
僕は効率的に二つほど取る。
「理久、こういうの強いな」
「観察すれば分かる」
「普通はそこまで考えねえよ」
太陽が笑う。
しばらく遊んだあと、僕たちはクレーンゲームを離れた。
「次は何やる?」
「格ゲーやろうぜ!」
「操作覚えるの面倒」
「俺教えるって!」
「さっきも聞いた」
太陽は対戦ゲームコーナーへ向かう。
画面には、新しめの格闘ゲームが表示されていた。
「これこれ!」
太陽が嬉しそうに座る。
「理久、こっち座れ!」
「了解」
僕は隣に座る。
画面にはキャラクター選択画面。
「これ強いんだよ!」
太陽がキャラを選ぶ。
僕は適当に別のキャラを選択した。
「操作はこうで――」
太陽が説明し始める。
実際に対戦開始。
僕はボタンを押しながら動きを確認する。
「お、理久結構動けてるじゃん!」
「まあ、単純なパターンだからな」
数秒後。
僕の攻撃がヒット。
コンボが繋がる。
「え、ちょ、待っ」
太陽のキャラの体力が一気に減る。
そして。
KO。
「……」
「……」
「理久、お前初見だよな?」
「一応」
「なんで勝つんだよ!」
「パターン解析」
「ゲームでそれやるな!」
太陽が笑いながら肩を叩いてきた。
そんなやり取りをしながら、僕たちはゲームセンターで遊び続ける。
気づけば、かなり時間が経っていた。
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