第16話 人類初の味方ヴォイド
部室のドアを閉めた瞬間、鬼塚が大きく息を吐いた。
「……はぁ……」
その吐息は、緊張が解けたというより――
長年、背負ってきた何かが少しだけ軽くなったような、そんな重さを含んでいた。
僕はフェーズグラスを外し、机の上に置く。
まだ、戦闘の余韻が残っている。
正直、想定以上だった。
「……データ、確認したけど」
僕はタブレットを操作しながら言う。
「戦闘時間は二分三十二秒。損傷率は四・七%。エネルギー残量六二%。位相移動成功率一〇〇%」
そこまで読み上げて、自然と口元が緩む。
「……完璧だな」
その言葉に、鬼塚が反応した。
「完璧……か」
低い声だった。
けれど、その声は震えていた。
鬼塚は、まだフェーズグラスを外さずにいた。
部室の床に座り込んでいる、猟犬型の人工ヴォイドを見つめている。
まるで信じられないものを見るように。
「……本当に……倒したんだな」
ぽつりと呟く。
「魔法少女の援護なしで……単独で……ヴォイドを……」
その声には、驚きと、そして――
どこか、感情を抑えきれないような色が混じっていた。
「鬼塚さん?」
澪が少し心配そうに声をかける。
鬼塚は、ゆっくりとフェーズグラスを外した。
額に浮いた汗を拭いながら、苦笑する。
「……すまない。少し、取り乱した」
「いえ……」
澪は首を横に振る。
鬼塚は、再び人工ヴォイドへ視線を落とす。
「俺たち自衛隊は……ヴォイドに対抗する術がなかった」
静かに言葉を続けた。
「銃も効かない。砲撃も意味がない。目にすら見えない」
鬼塚の拳が、無意識に握られる。
「住民を避難させることしかできない。被害が出ないように祈ることしかできない」
その言葉には、長年の無力感が滲んでいた。
「……何度も、目の前で建物が崩れた」
澪が、少しだけ表情を曇らせる。
「何度も、魔法少女に頼るしかなかった」
鬼塚は苦笑する。
「もちろん、魔法少女は頼もしい存在だ。だが……」
少しだけ言葉を詰まらせる。
「……自分たちが何もできないのは、やはり悔しかった」
静かな声だった。
でも、その言葉は重かった。
僕は黙って聞く。
鬼塚は、ゆっくりと人工ヴォイドに近づいた。
猟犬型のそれは、警戒する様子もなく座っている。
「……だが、これは違う」
鬼塚が言った。
「これは……人間側の戦力だ」
その声に、確かな熱が宿る。
「魔法少女だけじゃない……俺たちにも……戦う手段ができた」
鬼塚は、思わずというように笑った。
年相応の、いや――
むしろ少年のような笑顔だった。
「すごい……本当にすごいぞ、天原」
僕を見る。
「高速機動、位相移動……それにあの爪。ヴォイドの外殻を正面から切り裂いた」
「位相干渉式だからな」
僕は淡々と答える。
「ネメシスのヴォイドより効率いい」
「それにあの咬合攻撃……あれはエネルギー吸収か?」
「そう。吸収して自己補充する」
「……信じられん」
鬼塚は再び笑った。
「魔法少女の戦闘を何度も見てきたが……」
少しだけ目を細める。
「正直、あの動きは……下手な魔法少女より強い」
澪が少しだけ苦笑した。
「それ、私としては複雑なんですけど……」
「いや、星川さんの実力は別だ」
鬼塚は慌てて言い直す。
「だが、それでも……これは本当にすごい」
鬼塚は、人工ヴォイドの前でしゃがんだ。
恐る恐る、手を伸ばす。
人工ヴォイドは抵抗しなかった。
むしろ、少しだけ頭を差し出す。
「……懐いてるのか」
「味方認識アルゴリズム組んでるから」
「なるほど……」
鬼塚は、軽く頭を撫でた。
「……頼もしいな」
その言葉は、自然に出たものだった。
澪もしゃがみ込む。
「ほんとに……すごいですね……」
人工ヴォイドの体を見つめる。
金属の体。
でも、動きは生き物のようだ。
尾のようなエネルギーがゆらゆらと揺れている。
「魔法少女じゃなくても……ヴォイドに対抗できる……」
澪が静かに呟く。
「これって……すごいことですよね」
「すごいどころじゃない」
僕は言う。
「量産できるなら、戦力は一気に増える。魔法少女の負担も減る」
鬼塚が大きく頷いた。
「そうだ……そうだな……!」
少し興奮した様子で続ける。
「もし、これが複数配備できるなら……防衛ラインも構築できる。避難だけじゃなく、迎撃もできる……!」
鬼塚の声が徐々に熱を帯びる。
「これは……革命だ……」
そう言ってから、ふっと笑った。
「……まさか、中学生の部室でこんなものが生まれるとはな」
「設備はもう研究所レベルだけどな」
「それでもだ」
鬼塚は真剣な表情で言った。
「これは……人類側の大きな一歩だ」
少しの沈黙。
その中で、人工ヴォイドが静かに座っている。
まるで、会話を理解しているかのように。
その様子を見て、澪がふと口を開いた。
「……でも」
僕と鬼塚が澪を見る。
澪は少しだけ困ったように笑った。
「人工ヴォイドって……呼び方、ちょっとかわいそうじゃないですか?」
「識別上の名称だけど」
僕は即答する。
「敵と同じ“ヴォイド”って呼ぶの、なんか違う気がして……」
澪は人工ヴォイドを見る。
「この子、味方なんですし……」
鬼塚も頷いた。
「確かに……」
「ちゃんと……名前、つけてあげませんか?」
澪がそう言って、人工ヴォイドの頭をそっと撫でた。
猟犬型の人工ヴォイドは、静かに尾を揺らした。
まるで、期待するように。
澪は少しだけ笑う。
「せっかくですし……この子の名前、考えましょう」
そう言って澪は、猟犬型の人工ヴォイドの頭をそっと撫でた。
金属質の装甲のはずなのに、どこか柔らかそうに見えるのが不思議だった。
人工ヴォイドは、小さく尾のようなエネルギーを揺らす。
まるで、反応しているみたいに。
「名前、か……」
鬼塚が小さく呟く。
「確かに……“人工ヴォイド”では味気ないな」
「でも識別は必要だ」
僕は即答する。
「量産前提なら、種族名と個体名を分けた方がいい」
「種族名と……個体名?」
澪が首を傾げる。
「そう。例えば犬だって“犬”って種族名と、“ポチ”みたいな個体名があるだろ」
「なるほど……」
澪が納得したように頷いた。
僕は腕を組んで考える。
人工ヴォイド。
ただの兵器じゃない。
位相移動が可能で、ヴォイドに対抗できる存在。
しかも、人類側の戦力。
……つまり。
「位相干渉型の対ヴォイド戦闘ユニット……」
僕は小さく呟く。
「位相を利用して、虚界の存在に干渉する……」
そこまで考えて、答えが出た。
「――フェーズビースト」
「フェーズ……ビースト?」
澪が繰り返す。
「位相を扱う獣。機能的にもわかりやすい」
「……理久くんらしいですね」
澪が苦笑する。
「確かに、わかりやすいな」
鬼塚も頷いた。
「フェーズビースト……」
鬼塚は人工ヴォイド――いや、フェーズビーストを見る。
「人類側の獣、か」
「正式には対ヴォイド戦闘用位相干渉型ユニット・フェーズビースト」
「長いな」
「正式名称だから」
僕はあっさり言う。
澪がくすっと笑う。
「じゃあ、この子はフェーズビースト第一号……ですね」
「そうなるな」
僕はフェーズビーストを見下ろす。
第一号。
つまり、最初の個体。
「個体識別番号はFB-01」
「番号まで付けるんですね……」
「当然だろ。量産したら管理できない」
僕は当然のように答える。
澪が苦笑する。
「でも……それだけだとちょっと寂しいですね」
「?」
「番号だけじゃなくて……ちゃんと名前もつけてあげましょうよ」
澪がそう言って、フェーズビーストの頭を撫でる。
フェーズビーストは静かに尾を揺らす。
……確かに。
僕は少しだけ考える。
猟犬型。
高速機動。
位相移動。
敵に食らいついて撃破する。
それに――
僕の最初の成功例。
しばらく考えて、僕は口を開いた。
「……アルゴ」
「アルゴ?」
澪が首を傾げる。
「アルゴリズムの略。行動制御アルゴリズムのテスト個体だし、識別にも使いやすい」
「なるほど……」
澪が少しだけ笑う。
「理久くんらしいですね」
鬼塚も頷いた。
「短くていい名前だ」
僕はフェーズビーストを見下ろす。
「個体識別番号FB-01。個体名、アルゴ」
そう言った瞬間だった。
フェーズビースト――アルゴが、ふっと立ち上がった。
そして――
僕の足元に近づき、軽く頭を押し付ける。
「……」
僕は少しだけ目を細める。
「名前、認識したのか」
「そんな反応するんですね……」
澪が驚いたように言う。
「学習機能組んでるからな。呼称を識別してる可能性はある」
アルゴが、再び尾を揺らす。
鬼塚が、静かに言った。
「……頼もしいな、アルゴ」
その言葉に応えるように。
アルゴは、ゆっくりと姿勢を正した。
まるで――
命令を待つ兵士のように。
お読みいただきありがとうございました!
この作品を
「面白い!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、
★評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が更新の大きな力になります。
今後ともよろしくお願いします!




