第13話 世界を救う理由は、材料不足でした
澪視点。
最近、空を見上げる回数が増えた気がする。
放課後の校舎の屋上。
フェンス越しに広がる天霧市の空は、今日もどこまでも青くて、平和そのものだった。
……けれど、私には分かる。
この空は、いつだって安全なんかじゃない。
「……今日も、来ないね」
小さく呟いた声は、風に流されて消えていく。
もちろん、それは“来ない”のが普通の意味ではない。
理久のフェーズレーダーが設置されてから、天霧市ではヴォイドの出現被害がほとんど出ていない。
出現予測。
出現位置の誘導。
事前防護。
それら全部が揃ったことで、私は――
ほとんど負けなくなった。
……いや。
「負けなくなった」どころじゃない。
負けること自体が、ほぼ無くなった。
スターライト・ミオとして戦うとき、私はもう、以前みたいに必死に逃げ回る必要はない。
出現位置は事前に分かる。
フェーズシールドが防御を補助してくれる。
魔法杖の改良で火力は倍以上。
それに――
「……理久くんがいるし」
ぽつりと漏れた言葉に、思わず自分で苦笑する。
理久くんは、戦場に立つわけじゃない。
でも、彼がいるだけで、戦闘の意味が変わる。
どこに出るか分かる。
どんなヴォイドか分かる。
どう対処すればいいか、事前に分析してくれる。
それだけで、魔法少女の戦いは――
ここまで楽になるんだ。
「……こんなの、反則だよね」
手すりに両手を乗せ、私は遠くの街並みを見下ろす。
平和な住宅街。
帰宅途中の学生。
車の列。
何も知らない日常。
……でも。
その日常は、本当は世界中にあるはずのものだ。
ニュースで見る。
海外の都市で起きたヴォイド被害。
国内でも、他の地域での負傷者。
避難した人たち。
それを見て、私はいつも思う。
――天霧市なら、防げたかもしれない。
理久くんのフェーズレーダーがあれば。
フェーズシールドがあれば。
フェーズシフターがあれば。
被害は、減らせたかもしれない。
でも――
「……天霧市だけなんだよね」
私が守れているのは。
この街だけ。
いや、もっと正確に言えば――
理久くんがいる、この街だけ。
胸の奥が、じわりと重くなる。
私は魔法少女だ。
世界を守るための存在。
それなのに。
私の戦いが楽になればなるほど、
天霧市の被害が減れば減るほど、
逆に思い知らされる。
他の場所では、今も誰かが苦戦してる。
私が、余裕を持って戦っている間にも。
「……これって、いいのかな」
ふと、頭に浮かぶのは――
魔法少女協会。
白峰さんの顔が、自然と思い出される。
あの人に話せば――
きっと、この技術は広まる。
世界中の魔法少女が、理久くんの技術を使えるようになる。
被害は減る。
助かる人が増える。
それは、間違いなく正しいことだ。
……でも。
私は、唇を噛んだ。
「……理久くんは、それでいいのかな」
あの子の顔が浮かぶ。
無表情で。
小生意気で。
興味のあることにだけ目を輝かせる。
放っておくと危ない研究を平気で始めるくせに、
でもどこか危なっかしくて。
……手のかかる、弟みたいな子。
魔法少女協会に知られれば。
理久くんは、間違いなく管理対象になる。
年齢を考えれば当然だ。
中学一年生の男の子が、世界規模の技術を持ってるなんて、放置できるはずがない。
保護、監視、制限。
悪く言えば、囲い込み。
「……それって、理久くんのためになるのかな」
あの子は、自由に研究するからこそ、ここまで来た。
学校の科学部という、小さな場所で。
誰にも邪魔されずに。
もし、協会の管理下に入ったら――
研究テーマの制限。
倫理審査。
情報統制。
きっと、色々な制約がつく。
それは、危険を防ぐ意味では正しい。
でも――
理久くんの“強さ”を削ることになるんじゃないか。
「……でも」
それでも。
世界の被害が減るなら。
私だけが楽になるのは、おかしい。
ぐるぐると、同じ考えが頭の中を回る。
話すべきか。
黙っているべきか。
世界のためか。
理久くんのためか。
……いや。
それも違う。
本当は分かってる。
どっちも大事なんだ。
だから、決められない。
「……どうしよう」
思わず小さく呟くと――
そのときだった。
「星川さん、こんなところにいたんだ」
聞き慣れた声が、背後から響いた。
振り返るまでもない。
この、どこか落ち着いた淡々とした声は――
私はゆっくりと振り返る。
そこには、予想通り。
無表情のまま、フェーズグラスを額にかけた少年――
天原理久くんが、立っていた。
無表情のまま、フェーズグラスを額にかけた少年――天原理久くんが、立っていた。
相変わらず、制服の着こなしはどこか無頓着で、ワイシャツの袖も少しだけまくれている。
けれど、その目はいつも通り落ち着いていて――
どこか観察するように、私の様子を見ていた。
「……どうかした?」
私は、軽く首を傾げてごまかす。
悩んでいた顔を見られていた気がして、少しだけ落ち着かない。
「いや、別に」
理久くんはあっさり答える。
……やっぱり読めない。
気付いているのか、いないのか。
そう思った瞬間だった。
「ちょうど星川さん探してた」
「え?」
思わず聞き返す。
理久くんは、特に気にした様子もなく続けた。
「魔法少女協会に話、通してほしい」
「……え?」
今度は、本気で声が裏返った。
頭の中が一瞬、真っ白になる。
魔法少女協会に――話を通す?
私が、さっきまで悩んでいたことを。
理久くんの方から?
「え、えっと……それって……どういう意味?」
少し慌てながら聞くと、理久くんは当然のように答えた。
「材料が足りない」
「……材料?」
「うん」
理久くんは校舎の外、住宅街の方向へ視線を向ける。
「この辺の廃棄家電、だいたい回収し終わった」
さらっと言う。
……回収し終わったって。
確かに、ここ最近。
理久くんと一緒に、廃棄されている電化製品を見つけては回収していた。
壊れたテレビ。
古いパソコン。
動かない電子レンジ。
理久くんはそれを、迷いなく分解して――
あり得ない装置を作ってきた。
「使えそうな部品、ほとんど取った」
理久くんは淡々と続ける。
「この辺だと、もう限界」
「……そうなんだ」
思わず頷く。
確かに、ここ最近は材料集めも少し難しくなっていた。
「これ以上やるなら、ちゃんとした材料が欲しい」
「……それで、魔法少女協会?」
「うん」
理久くんはあっさり頷く。
「どうせ協会、資金とか設備あるでしょ」
遠慮のない言い方だった。
でも、確かにある。
魔法少女協会は世界規模の組織だ。
研究施設や予算だって、学校の科学部とは比べ物にならない。
「でも……そうなると……」
私は少し言葉を濁す。
つまり――
理久くんの研究を、全部話すことになる。
そう言いかけた瞬間。
「別にいい」
理久くんは、あっさり言った。
「……え?」
「話しても問題ない」
迷いのない口調だった。
「でも……協会に知られたら……」
私は言葉を選びながら続ける。
「研究の制限とか……色々あるかもしれないし……」
理久くんは少しだけ考えるように視線を上げる。
そして、肩をすくめた。
「まあ、それでも材料は欲しい」
あまりにも理久くんらしい答えだった。
「それに」
少しだけ間を置いて、理久くんは続ける。
「他の場所でも使えた方がいい」
その言葉に、私は一瞬息を呑む。
……やっぱり。
理久くんも、考えていたんだ。
天霧市だけじゃない。
世界中の被害のことを。
胸の奥が、少し軽くなる。
「……分かった」
私は小さく頷いた。
「白峰さんに連絡してみるね」
「うん」
短い返事。
相変わらず淡々としている。
……やっぱり、悩んでたのは私だけだったのかもしれない。
そう思ったとき、私はふと別のことを思い出した。
「……あ、そうだ」
「?」
理久くんが首を傾げる。
「それなら……自衛隊の人にも声かけてもいいかな?」
「自衛隊?」
「うん。私の知り合いで……ヴォイド対策のために色々と権限がある人がいるの」
鬼塚さんの顔を思い浮かべる。
魔法少女として活動している中で、何度か顔を合わせたことがある。
若いけれど、かなり重要な立場にいる人だ。
「協会だけじゃなくて、自衛隊にも話を通した方が……多分、動きやすいと思う」
少し様子をうかがいながら言う。
「そういう人なら……理久くんの技術、絶対に興味持つはずだし」
むしろ――
持たないはずがない。
ヴォイドの視認。
事前察知。
干渉技術。
どれも、軍事的にも防衛的にも価値が高すぎる。
理久くんは、少しだけ考えるように視線を上げて――
そして。
「別にいいよ」
へらっと軽く笑った。
「じゃ、そっちも」
あまりにもあっさりだった。
……本当に気にしてないんだ。
「いいの?」
「うん。設備あるなら、多い方がいい」
実に理久くんらしい理由だった。
政治的なことも。
組織の違いも。
まったく気にしていない。
ただ――
研究が進むかどうか。
それだけ。
「分かった。じゃあ両方に連絡してみるね」
「よろしく」
理久くんは軽く手を振る。
そして、もう用事は終わったと言わんばかりに踵を返した。
「じゃ、僕部室戻る」
「あ、うん」
そのまま歩き出す。
軽い足取りで。
迷いもなく。
まるで本当に、ただの用事を済ませただけみたいに。
やがて屋上の扉が閉まる音が響いて――
私は、一人残された。
しばらくその場に立ったまま、空を見上げる。
さっきまで、あんなに悩んでいたのに。
話すべきか。
隠すべきか。
ぐるぐる考えていたのに。
「……なんだったんだろ」
思わず、苦笑がこぼれる。
理久くんは、最初から答えを出していた。
しかも――
材料が足りないから。
ただ、それだけの理由で。
でも、その結果として。
私の悩みは、全部解決していた。
「……ほんと、理久くんって」
困った子だ。
でも――
頼もしい。
胸の奥にあった重さが、すっと消えていた。
あんなに悩んでいたのが、少し馬鹿みたいだ。
空は、相変わらず青くて。
でも、さっきより少しだけ――
軽く見えた気がした。
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