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魔法少女しか見えない怪物を、天才中学生が科学で観測してしまった  作者: 悪癖


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第12話 敵を知り、敵を作るという選択

 数日後。


 放課後の理科室は、いつもと同じようで――どこか違った。


 窓から差し込む夕方の光が、やけに赤い。


 机の上には分解された機材と、いくつものケーブル。そして、その中心に置かれた透明ケース。


 中に収められているのは、あのとき回収した“ヴォイドの残骸”。


 黒く、歪んだ塊。


 動かないはずなのに、どこか“生き物の気配”が残っている。


「……それ、ずっと見てると変な感じするね」


 澪がぽつりと呟いた。


 椅子に座りながらも、無意識に距離を取っている。


「見慣れれば普通」


「慣れたくないんだけど……」


 即答で返ってくる。


 僕は気にせず、端末のログをスクロールした。


 数日分の解析データ。


 位相波形、エネルギー変換効率、コア信号の揺らぎ。


 全部、繋がった。


「……理久くん」


 少しだけ間を置いて、澪が口を開く。


「それで、解析って……どうなったの?」


 声は落ち着いている。


 でも、指先は少しだけ強く組まれている。


 気になってるのは間違いない。


 僕は端末を閉じた。


 カチ、と音が鳴る。


「結論から言う」


「うん」


 澪が息を飲む。


 ピノも、その肩の横でじっとこちらを見ている。


「ヴォイド、作れる」


「……は?」


 沈黙。


 一瞬で、空気が止まる。


 澪の瞬きが止まって、次にゆっくりと瞬いた。


「……ごめん、もう一回言って」


「ヴォイド、作れる」


「いや聞こえてたけど!」


 机を叩く音が響く。


「意味がわかんないの! なんでそうなるの!?」


 ピノも慌てて口を挟む。


「り、りく、それ敵だよ!? 作るってどういうこと!?」


「構造がわかったから」


 僕は淡々と答える。


 ケースの中の残骸を指さす。


「こいつら、ただの怪物じゃない。位相エネルギーの集合体で、明確な“制御核”がある」


「制御核……?」


「ピクシスに近い構造」


「え」


 澪の声が、わずかに低くなる。


「それって……」


「魔法少女がピノを通して魔法を使うみたいに、ヴォイドも“核”を通して動いてる」


 僕は机の上に簡単な図を描く。


 中心にコア、その周囲にエネルギー体。


「で、そのコアの信号パターンを解析した」


「……うん」


「再現できる」


 短く言い切る。


「こっちでコアを用意すれば、外側の構造も再構成できる」


 澪の顔が、じわじわと引きつる。


「……それって」


「僕の指示に従うヴォイドが作れる」


 静かに告げる。


 今度は、完全な沈黙だった。


 数秒。


 いや、体感ではもっと長い。


「……理久くん」


 澪がゆっくり口を開く。


「それ、やばいやつだよね?」


「やばいかどうかは基準による」


「アウト寄りのやばいやつだよね!?」


「研究としては有用」


「倫理的にアウト!」


 即ツッコミ。


 いつもより一段階強い。


 でも、その声には単なる否定だけじゃないものが混じっている。


 理解してしまった側の反応だ。


「……それ、本当に動くの?」


 今度は、少し低い声。


 現実として確認する声。


「理論上は動く」


「理論上……」


「コアの信号は完全にトレースできた。あとはエネルギー供給と外殻の安定化」


「ちょっと待って、普通に開発の話してない?」


「してる」


「やっぱりやばいよそれ!」


 ピノがぶんぶんと首を振る。


「りく、それ絶対危ないやつだよ! もし暴れたらどうするの!?」


「暴れないように制御する」


「その前提が怖いの!」


 理科室にツッコミが響く。


 僕は少しだけ考えてから、肩をすくめた。


「まあ、まだ実証はしてない」


「……しない選択肢ある?」


「ない」


「即答しないで!?」


 澪が頭を押さえる。


 でも――完全に否定はしない。


 できない。


 その技術が、どれだけの可能性を持つか。


 わかってしまったから。


「……はぁ」


 大きく息を吐く。


 それから、ちらっとケースの中を見る。


 黒い残骸。


「……でも」


 小さく呟く。


「これ、ちゃんと調べたからわかったんだよね」


「そう」


「……そっか」


 少しだけ、納得したように頷く。


 危険性も、価値も、両方飲み込んだ顔。


 僕はそれを見て、特に何も言わなかった。


 ただ一つだけ。


 次に進める準備が整ったと、判断しただけだ。


「ただ」


 僕は間を置いてから続けた。


 さっきまでの空気が、まだ少し張り詰めている。


「一つ問題がある」


「……まだあるの?」


 澪が半分呆れたように言う。


 でも、その目は真剣だ。


「ある」


 僕は透明ケースの中を指さす。


「材料」


「……材料って」


 澪の視線が、ゆっくりと“それ”に向く。


 黒い残骸。


 さっきまで“解析対象”として見ていたものが、今は別の意味を持ち始めている。


「今回の個体は、解析のために分解した」


「……うん」


「構造を確認するために、コアも外殻もバラしてる」


「……つまり?」


 澪が少しだけ眉をひそめる。


 嫌な予感はしている顔だ。


「再利用はできない」


「……だよね」


 一拍置いて、納得する。


 そしてすぐに続ける。


「じゃあ――」


「もう一体必要」


「だよね!」


 ほぼ同時だった。


 澪が思わず声を上げる。


 予想通りすぎて、逆にツッコむ余裕もあるらしい。


「でも、それって……」


 少しだけトーンが落ちる。


「また“同じこと”するってことだよね」


「そうなる」


 僕はあっさり肯定する。


 ヴォイドを倒して。


 回収を止めて。


 持ち帰る。


 同じ工程の繰り返し。


「……」


 澪が少しだけ黙る。


 視線が、ケースの中の残骸に落ちる。


 その表情は、完全に割り切れているわけじゃない。


 でも――目は逸らさない。


「……わかった」


 小さく頷く。


「必要なんだよね」


「必要」


「じゃあやる」


 短い言葉。


 でも、その中に迷いはほとんどない。


 ピノが少しだけ心配そうに声をかける。


「ミオ……大丈夫?」


「大丈夫」


 澪は小さく笑う。


「もう一回やるだけでしょ」


 その言い方は軽いけど、完全に軽くはない。


 ちゃんと理解した上で、選んでいる。


 僕はそれを確認してから、続けた。


「それと」


「まだあるの?」


「ある」


 澪が苦笑する。


「もう慣れてきたよ……」


 僕は端末を操作して、いくつかの波形データを表示する。


 ヴォイドの崩壊から、粒子化、回収に至るまでの一連のログ。


「今回の解析で、回収プロセスもかなり見えた」


「……前に言ってたやつだよね。粒子になって引っ張られるって」


「そう」


 僕は画面の一部を拡大する。


「ここ」


 粒子が流れ出す瞬間のデータ。


「この段階で、すでに“再構成前提”の処理が始まってる」


「再構成……?」


「分解じゃなくて、“再利用用の分解”」


 澪の眉が寄る。


「どういうこと?」


「ヴォイドは使い捨てじゃない」


 僕は淡々と説明する。


「倒された後、そのまま素材として回収される」


「……うん」


「で、その素材」


 一拍置く。


「それだけで、またヴォイドを作れる」


「……え?」


 澪の動きが止まる。


「特別な材料、いらない」


 静かに言い切る。


「回収した粒子だけで、再生産できる」


 沈黙。


 今度は、さっきより重い。


「……それって」


 澪がゆっくり口を開く。


「倒しても、意味ないってこと?」


「意味がないわけじゃない」


 僕は首を横に振る。


「一時的には止められる」


「でも」


「減らない」


 はっきり言う。


「回収される限り、総量は変わらない」


 澪の手が、ぎゅっと握られる。


「……じゃあ、今までの戦いって」


「撃退」


 僕は即答する。


「排除じゃない」


 澪が俯く。


 数秒。


 静かな時間。


「……終わらないじゃん」


 ぽつりと落ちた言葉。


 小さいけど、重い。


「終わらないな」


 僕は否定しない。


 事実だから。


 ピノも不安そうに羽を揺らす。


「ミオ……」


 澪はしばらく動かなかった。


 でも――


 ゆっくりと、顔を上げる。


「……でも」


 その目には、まだ光がある。


「止められるんだよね」


「何を」


「回収」


 僕を見る。


 まっすぐに。


「止められるんだよね」


「止められる」


 僕は即答する。


「フェーズアンカーで」


「……うん」


 澪が頷く。


「じゃあ、意味はある」


 さっきよりも、はっきりした声。


「全部無駄じゃない」


「無駄じゃない」


 短いやり取り。


 でも、それで十分だった。


 澪はもう一度、ケースの中を見る。


 今度は、さっきよりもしっかりと。


「……ちゃんと倒す意味、あるね」


「ある」


 僕は小さく頷く。


 戦う理由は、少し変わった。


 でも――消えたわけじゃない。


 むしろ、はっきりした。


 その事実だけが、そこにあった。


 理科室に、静かな時間が戻る。


 機材の駆動音だけが、かすかに響いている。


 澪はしばらく何も言わずに、透明ケースの中を見つめていた。


 黒い残骸。


 動かないそれは、ただの“結果”のはずなのに。


 そこに至るまでの過程と、これから先の可能性を知ってしまったせいで、意味が変わっている。


「……ねえ、理久くん」


 ぽつりと、澪が口を開く。


「何」


「これさ」


 ケースを指さす。


「他にも、何かわかった?」


 さっきの話だけでも十分すぎるくらい重い。


 でも、そこで終わりじゃないことを、澪はもう理解している。


 僕は少しだけ考えてから答える。


「いろいろ」


「雑」


「説明すると長い」


「聞くよ」


 即答だった。


 澪は椅子に座り直して、ちゃんとこっちを見る。


 逃げる気はないらしい。


 僕は軽く息を吐く。


「まず、コアの信号構造」


「うん」


「ピクシスと似てるけど、より単純で強制的」


「強制的?」


「命令系統が一方通行。自律性は低い」


「……だから、暴れてる感じなんだ」


「そう」


 僕は端末に簡単な図を表示する。


「あと、エネルギー変換効率」


「それは?」


「無駄が少ない」


「……それ、強いってこと?」


「長時間動けるってこと」


 澪が小さく頷く。


「だから、何回倒しても出てくる感じがするんだね……」


「それもある」


 僕はさらに画面を切り替える。


「再生アルゴリズムも面白い」


「面白いって言うんだ……」


「構造的に、欠損部分を優先的に補完するようになってる」


「……つまり?」


「壊し方によって、再生速度が変わる」


 澪の目が少しだけ鋭くなる。


「……それ、戦い方に関係ある?」


「ある」


「どこ壊せば遅くなるか、わかるってこと?」


「そう」


「……それ、めちゃくちゃ重要じゃない?」


「重要」


 僕はあっさり頷く。


 澪が少しだけ苦笑する。


「ほんとに……情報だけで戦い方変わるね」


「変わる」


 短く返す。


 そして、少しだけ間を置いた。


「要するに」


「うん」


「応用できることが増えた」


「……まとめたね」


「まとめた」


 澪が小さく笑う。


 でも、その目はまだ真剣だ。


「……例えば?」


「いっぱい」


「雑!」


「まだ整理してない」


 僕は正直に言う。


「でも、できそうなことは山ほどある」


「……どんなの?」


 少しだけ、身を乗り出す。


 怖さ半分、興味半分。


 僕はほんの少しだけ口の端を上げた。


「さっき言った制御型ヴォイド」


「それ一番やばいやつ」


「他にも、再生抑制とか、逆に強制崩壊とか」


「物騒な単語しか出てこないんだけど」


「効率いいだろ」


「戦闘的にはね……」


 澪がため息をつく。


 でも、完全に否定はしない。


 むしろ、少しだけ納得している顔だ。


 ピノがくるくる回る。


「りく、それってミオの戦いも楽になるの?」


「なる」


「ほんと!?」


「多分な」


「多分なんだ……」


 澪が苦笑する。


 でも、その表情はさっきより明るい。


「……なんかさ」


 ぽつりと呟く。


「怖いけど、頼もしいね」


「どっちも事実」


 僕は肩をすくめる。


「使い方次第」


「それ一番難しいやつだよ……」


 澪が笑う。


 少しだけ、柔らかく。


 それから、改めてケースを見る。


「……でも」


 小さく呟く。


「これで、“知らないまま戦う”わけじゃなくなった」


「そうだな」


「ちゃんと、相手を理解してる」


 ゆっくり頷く。


「それだけでも、全然違う」


「違う」


 僕は短く答える。


 そして、椅子から立ち上がった。


「次はもう少し踏み込む」


「……まだいくの?」


「いく」


 即答。


 澪が呆れた顔をする。


「ほんと止まらないね」


「止める理由がない」


 僕はケースを軽く叩く。


 コツン、と乾いた音。


「材料は揃ってる」


 ヴォイドの構造。


 回収システム。


 再生の仕組み。


 全部、繋がり始めている。


「……次は」


 小さく呟く。


「どこまでいけるか、だな」


 その言葉に。


 澪は少しだけ考えてから、口を開いた。


「……ちゃんと、止めるところは止めてね」


「検討する」


「検討じゃなくて止めて!」


 即ツッコミ。


 理科室に、いつもの空気が少し戻る。


 ピノが楽しそうにくるくる回る。


「りく、次は何作るの?」


「まだ決めてない」


「絶対もう考えてるでしょ」


「まあな」


 僕は軽く笑う。


 頭の中では、もういくつも仮説が動いている。


 できることは増えた。


 選択肢も増えた。


 だから――


「……面白くなってきた」


 それが、率直な感想だった。


 澪はその言葉を聞いて、少しだけ肩をすくめる。


「ほんとにね……」


 でも、その声はどこか前向きだった。

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