第11話 倒した“その先”を掴め
放課後の理科室。
机の上に置かれているのは――黒い金属フレームで構成された、箱型の装置だった。
サイズはノートパソコンくらい。
だが、問題はそこじゃない。
内部で、何かが“歪んでいる”。
目視ではわからない。けど、フェーズグラス越しに見ると――空間そのものが、箱の中でわずかにねじれている。
「……よし、固定完了」
僕は端末を操作して、最終ロックをかける。
直後、装置の中心に小さな光点が生まれた。
位相固定、安定。
これならいける。
「ピノ」
「うん?」
近くで浮いていたピノが振り向く。
「澪呼んで」
「また!?」
「テストする」
「やっぱり!」
でももう慣れたのか、ピノはため息をつきつつもすぐに光を弾けさせた。
「呼んでくる!」
数分後。
――ガラッ!
「理久くん! 今度は何!?」
勢いよく入ってきた澪が、机の上の装置を見て足を止める。
「……なにそれ」
真顔。
最近のデフォルト反応だ。
「新作」
「ざっくりしすぎ!」
僕は椅子に座ったまま、装置を軽く叩く。
「ヴォイド回収阻害装置」
「……は?」
澪の動きが止まる。
「え、ちょっと待って。それって……」
「前に見ただろ。ヴォイド倒した後、粒子になってどっかに引っ張られるやつ」
「あ、うん……あれ、気持ち悪かった……」
「あれ、止める」
「……は?」
二回目。
「正確には、“回収される前に固定する”」
僕はフェーズグラスを軽く押し上げる。
「ヴォイドは死んだ後、粒子化して位相的に回収される。その前に、局所的に位相を固定すれば――」
「残るの?」
「残る」
澪が黙る。
数秒。
「……それ、かなりまずいことしてない?」
「研究的には必要」
僕は即答する。
「サンプルがないと解析できない」
「サンプルって……それ、ヴォイドだよ?」
「だから」
僕は少しだけ身を乗り出す。
「死体が欲しい」
「言い方!」
澪が思いっきりツッコむ。
ピノも横でぶんぶん頷いている。
「いやでも、ほんとに……大丈夫なの、それ」
「安全性は確保してる。装置の外に影響は出ない」
「そういう問題じゃなくて……」
澪が言い淀む。
わかってる顔だ。
危険性も、重要性も。
僕は続ける。
「今までは“倒して終わり”だった。でもそれだと、相手の構造がわからない」
「……」
「相手の仕組みがわかれば、対策も精度上がる」
澪が目を伏せる。
少し考えて――
「……それで」
顔を上げる。
「今回はどうすればいいの?」
「簡単」
僕は装置を持ち上げる。
「これ設置して、その範囲内で倒す」
「うん」
「できるだけ“綺麗に”」
「……綺麗に?」
「損傷少なく」
「それ戦闘的に一番難しいやつじゃない?」
「だろうな」
僕はあっさり言う。
「でもできるだろ」
「……」
澪が少しだけ眉をひそめる。
それから、ふっと息を吐いた。
「……やるよ」
「即答だな」
「必要なんでしょ?」
「必要」
「じゃあやる」
短い答え。
でも、その目は真剣だった。
ピノが少し不安そうに聞く。
「ミオ……大丈夫?」
「大丈夫。いつもよりちょっと丁寧にやるだけ」
澪はそう言って、小さく笑う。
でも、その指先はほんの少しだけ強く握られていた。
「で、場所は?」
「もう出てる」
「早いね!?」
「予兆検知あるからな」
僕は端末を見せる。
「北側の工業地区。人は少ない」
「……最近、準備が万全すぎて怖い」
「効率いいだろ」
「いいけどさぁ……」
澪が苦笑する。
でも、すぐに表情を引き締めた。
「……綺麗に倒す、ね」
自分に言い聞かせるみたいに呟く。
僕は装置をバッグに入れる。
「あと一つ」
「まだあるの?」
「ある」
僕は装置の側面を軽く叩く。
「名前。《フェーズアンカー》」
「アンカー……固定ってこと?」
「そう」
澪が小さく頷く。
「……なるほどね」
その理解は早い。
さすがだ。
「じゃあ――」
澪が一歩踏み出す。
「そのアンカー、ちゃんと刺さるか試そうか」
「いいね」
僕も立ち上がる。
今回の実験は、少しだけ精密だ。
でも――
成功すれば、一気に研究は進む。
僕はフェーズグラスをかけ直した。
「行くぞ」
澪とピノが頷く。
――“倒した後”を観測するための戦闘。
今までとは、少しだけ意味が違う。
――――――
工業地区の外れ。
人気のない倉庫街の一角に、僕たちは立っていた。
錆びたコンテナと、使われていない資材が無造作に積まれている。人の気配はない。
「……ここでいいね」
澪が周囲を見渡す。
「問題ない。さっきフェーズシフターで流れも調整してる」
僕は端末を軽く叩く。
「自然発生位置から、ここまで誘導済み。ズレは数メートル以内に収まるはず」
「ほんと、もう“場所選ぶ”のが当たり前になってきたね……」
「効率いいからな」
澪が小さく苦笑して、それから表情を引き締める。
視線は一点。
何もない空間。
でも――そこが“来る場所”だと、もうわかっている。
「……来る」
ピノが小さく呟く。
次の瞬間。
空間が裂けた。
黒い歪みが広がり、その中からヴォイドが姿を現す。
中型個体。
腕が二本、異様に長く、表面が波打っている。
「……よし」
澪が一歩前に出る。
でも、いつもと違う。
距離を詰めすぎない。
構えも、どこか“慎重”だ。
「今回は……壊しすぎないように」
小さく、自分に言い聞かせる。
僕は少し後ろから観測を続ける。
「重要部位を潰せば動きは止まるはず。全体を吹き飛ばす必要はない」
「うん、やってみる」
ヴォイドが腕を振るう。
澪は横に跳ぶ。
避ける――だけじゃない。
「――そこ!」
着地と同時に、《フェーズシールド》を展開。
ヴォイドの腕の“進行方向”に壁を置く。
ぶつかる。
弾かれる。
軌道がズレる。
「……っ、やっぱり使える!」
澪の目が鋭くなる。
そのまま距離を保ちながら、観察する。
どこを壊せば、どこまで崩れるか。
無意識に見極めている。
「――スターライト・ショット!」
光弾が放たれる。
狙いは、胴体の中心から少し外れた部分。
直撃。
ヴォイドの一部が崩れる。
だが、全体は残る。
「……ここは再生早い」
すぐに次の位置へ視線が動く。
腕の付け根。
「――もう一発!」
今度はそこを狙う。
着弾。
腕が、ぐらりと歪む。
「……っ、そこか!」
澪が踏み込む。
でも、いつものように一気に畳みかけない。
あくまで“削る”。
様子を見る。
確実に、壊しすぎないように。
ヴォイドがもう一方の腕を振るう。
澪はそれを――
「防ぐ!」
シールドで受け止める。
正面衝突。
衝撃。
でも、今回はそのまま押し返さない。
わざと“受け流す”。
力を逃がす。
ヴォイドの姿勢が崩れる。
「……今!」
澪が一歩だけ踏み込む。
至近距離。
でも撃つのは大技じゃない。
「スターライト・ショット!」
低出力の一撃。
ピンポイント。
胴体の“核に近い部分”。
そこに、正確に当てる。
――ヒビが入る。
ヴォイド全体が、びくりと震えた。
「……効いてる」
澪が息を整えながら、距離を取る。
まだ壊れない。
でも、明らかに弱っている。
「もう一回……同じところ」
狙いを定める。
無駄な動きはない。
最小限で、最大の効果を狙う。
「――スターライト・ショット!」
二発目。
同じ場所。
直撃。
その瞬間。
ヴォイドの動きが止まった。
「……!」
完全停止。
崩壊は、していない。
でも――活動は止まっている。
澪がゆっくりと構えを解く。
「……これで、どう?」
僕はすぐに《フェーズアンカー》を取り出して、地面に設置する。
「そのまま維持」
スイッチを押す。
――低い振動音。
装置が起動し、空間が固定される。
ヴォイドの体表が、わずかに粒子化しかけて――止まる。
「……止まった」
澪が息を呑む。
完全に消えない。
その場に、“残っている”。
初めて見る状態。
「成功だな」
僕は静かに呟く。
端末の数値も安定している。
回収プロセスは、完全に阻害されている。
「……これが、ヴォイドの“死体”……」
澪が小さく呟く。
どこか複雑な顔だ。
でも、目は逸らさない。
「これで解析できる」
僕はバッグを開ける。
「持ち帰るぞ」
「……これ、どうやって?」
澪が素直に聞く。
僕は一瞬だけ黙ってから、当然のように取り出した。
薄いプレート状のデバイス。
「これ使う」
「また増えてる!?」
「ついでに作った」
「ついでのレベルじゃないよ!?」
僕はそのデバイスをヴォイドの死体に向ける。
「《フェーズストレージ》」
「ストレージ……?」
「位相折りたたみ収納装置」
スイッチを押す。
すると――
ヴォイドの死体が、ぐにゃりと歪む。
空間ごと圧縮されるみたいに、小さくなっていく。
「……え」
澪が固まる。
数秒後。
それは、手のひらサイズの“塊”になった。
僕はそれを拾い上げる。
「収納完了」
「いやいやいやいや」
澪が頭を押さえる。
「なにそれ、ゲームみたいなんだけど」
「効率いいだろ」
「いいけどさぁ……!」
ピノがきらきらした目で見ている。
「りく、それすごい! 持ち運びできるの!?」
「できる」
「ほんとに何でもありになってきたね……」
澪がため息をつく。
でも、少しだけ笑っていた。
「……でも」
小さく呟く。
「これで、もっとわかるんだよね」
「わかる」
僕は即答する。
「ヴォイドの構造も、仕組みも」
そして。
「対策も、もっと精度上がる」
澪がゆっくり頷く。
「……そっか」
その表情は、もう迷っていなかった。
僕はストレージをバッグにしまう。
「戻るぞ。解析する」
「うん」
澪とピノがついてくる。
その足取りは、少しだけ重くて――でも確かに前に進んでいた。
――“敵の正体”に、一歩近づいたからだ。
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