ローレンス視点
アレンが俺を必要だと言ってくれた。
その言葉が、俺に自信を与えてくれる。
ずっと、一緒に居たいと思っているのは、俺だけだと思っていた。
けど、そうではなかったのだ。
アレンもアレンで、俺の事を特別に思ってくれているのだと感じた。
そう思うと、なんだか恥ずかしくてアレンの顔が見られない。
今まで、確かな言葉を聞いた事がない俺には、本当に嬉しい一言だったのだ。
母が言っていた通りにするのは癪だが、次のステップに進んでも良い頃合いなのかもしれない。
そう思うと、そわそわしてしまう。
晩餐を終えたその日は、なんだか夢見心地な気分で過ごしたのだった。
ーーーそして翌朝目覚めると、レノンの顔が目の前にあった。
「ローレンス様、おはようございます」
起きぬけの俺は、一瞬何が起こったのか分からなくなったのは言うまでもない。
「・・・レノン。
もっと普通に起こしてくれないか?」
「私が入って来たのにも気付かず、お休みになられていたので、お疲れかと思い起こしづらかったのです。
ですから、目覚めそうなタイミングをジッと見計らっていました」
だからって、レノンの顔のアップは心臓に悪い。
折角の幸せな気持ちが半減してしまうではないか。
そんな事を考えているうちに、レノンがさくさくと準備をしてくれた。
寝室を出るとアレンは既に定位置についている。
「おはよう、アレン。
昨日は疲れなかったか?」
「おはようございます。
はい、とても楽しい時間を過ごせました」
そう言って微笑む顔を見ると、昨日の言葉を思い出してしまう。
少なからず、想い合っているはずなのに、いまいち前に進めないのは、専属騎士と主人という間柄だからだろうか。
なんとも、もどかしい気持ちになる。
それに、アレンがここを発つ日はあと一ヶ月もない。
徐々に迫り来るアーデンヴァルトへの道に想いを馳せていると、バチェットの話が頭をよぎった。
「ハインデルト王国の国境門からアーデンヴァルトへ入国します。
エヴァンジェリンに気付かれない為にも、アレンシア様には変装をして頂きます」
その言葉に思う事があったのだ。
ハインデルト王国とアーデンヴァルト王国は隣国と言っても、狭き国境門のみが接しているだけだ。
バレた場合は逃げ場もなく危険である。
であれば、迂回して母の母国、メーヒェンを通りアーデンヴァルトへ入った方がリスクは少ないだろう。
広い山岳地帯が互いに入り混じり、隣接している。
誰もそんな場所から入って来るとは思わないはずだ。
当分潜伏するのであれば、人目につかずに入った方が得策である。
俺は昨日の今日で、また母に会いに行くのは気が引けたが、後手後手になるのはよくない。
面会が出来るように手紙を書き、レノンへ渡したのだった。
そうしてしばらく経つと、母の侍女が手紙を持ってやって来た。
相変わらずフリフリな侍女服を着せられている。
・・・これは、本人も同意の上なのだろうか。
「ローレンス殿下、アイリーン王妃陛下よりお手紙を承って参りました。
どうぞ、お納め下さい」
「ああ、ありがとう」
俺は手紙を受け取り、引き出しからペーパーナイフを取り出して開封する。
ピンクや黄色の花柄が描かれている便箋に目がチカチカしたが、気を取り直して文字を目で追った。
【ローレンスちゃんへ
お手紙をくれるなんて、私感激だわ!
折角だから、今日の昼食は一緒に取りましょう。
場所は、私の部屋のテラス席にするわ!
では、待っているわね。
愛を込めて、母より】
グシャっと音を立てた手紙。
思わず持つ手に力が入ってしまった。
気分がズドンと重くなるが、そろそろ昼食の時間だ。
俺は重い腰を上げて、執務室から出たのであった。
アレンには休憩するように伝えて、レノンと共に向かう。
向かう道すがら、騎士達の声が窓から風に乗って聞こえてきた。
父がアーデンヴァルトへ俺と共に遠征を送ると言っていたが、今考えると潜伏中は人数が少ない方が良いだろう。
最初は何人かピックアップして連れて行き、向こうの状況を確認してから人数を送ってもらう手筈にしよう。
そう算段をつけてから母の部屋をノックしたのだった。
すると、先程の侍女が扉を開けてくれた。
そのままテラスへと案内してくれる。
一面ガラス張りの扉を抜けると、遠くに海が見えた。
席に目を向けると、母が手を組み顎を乗せてこちらを見ていた。
「母上、遅くなりました」
「大丈夫よ。
時間ぴったりだわ。
それにしても、二人きりなんて久しぶりすぎて思い出せないわね。
最後はローレンスちゃんが何歳の時だったかしら?」
侍女が椅子を引き、腰掛けながら答えた。
「そうですね、もう6年以上は前の事だと思います」
「そんなになるのね。
・・・そして、貴方はもうすぐアーデンヴァルトへ発つ。
これでもね、とても寂しいと思っているのよ。
・・・さぁ、それで?
ローレンスちゃんが私に用があるなんて、よっぽどの事でしょう?」
そう言って微笑む母に少しだけ罪悪感を感じた。
俺が母を苦手だと思っている事に気付かない訳がない。
黙っていると母が続けた。
「いやねぇ。
そんな顔しないで頂戴?
ただ、言ってみただけよ。
・・・それに、貴方には貴方のやるべき事があるのでしょう?
私で力になれる事ならば、話してみなさい」
「・・・はい。
アーデンヴァルトへ行く際に、メーヒェンの山岳地帯を通りたいと考えております。
できれば、目立つ事なくひっそりと行きたいのですが、メーヒェンの国境を越える許可を取ってもらえませんか?」
そう話し終えると料理が運ばれてきた。
ホタテのカルパッチョに、白身魚のムニエル。
トマトのビーンズスープと焼きたてパンだ。
母は、この国に嫁いで来てから魚介類が好きになったと言う。
メーヒェンは海がない内陸国の為、初めて見る魚や貝に驚いたそうだ。
「さぁ、ローレンスちゃん。いただきましょうか」
そう言って、ホタテのカルパッチョに手を伸ばした。
俺は話の腰が折れてしまった事に思う事はあったが、とりあえずはパンに手を伸ばしたのだった。
そして、暫くしたのちに母が口を開いた。
「国境越えの件よね?
お兄様に手紙を送ってみるわ。
けど、私もお願いをする手前、メーヒェンには迷惑を掛けないと約束できる?」
俺はスープを食べる手を止めて母を見つめた。
「はい、約束します。
母上、よろしくお願いします」
「よろしい。
じゃあ、返事が来たら伝えるわ」
そう言う母は、普段とは違い普通だった。
もしかしたら、いつもの母は相手を油断させる為の見せかけなのではないか。
そう思わずには、いられなかったのだが・・・。
「で、ローレンスちゃんとアレンさんは、どこまで進んだの?
正直に言うとね、もう少し展開を早くしてもらいたいのよ!
もちろん、じれじれも素敵よ?
けどそれじゃあ、私が見られないじゃない!
結末が分からない恋物語ほど、ヤキモキするものはないのよ!」
とそう捲し立てる母は、やっぱりいつもの母だった。
俺はその後、無言で料理を口に詰め込んだのだ。
「ちょっと!ローレンスちゃん、聞いてるの?
いい事?寡黙な男なんてダメよ!
ちゃんと愛を囁かないと女は綺麗になれないのよ?
だから、アレンさんをお花だと思って愛でてあげなさい」
この時のローレンスは、兄がエカテリーナ嬢との事を話したがらない理由を理解したのだった。




