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その後、ビルは現れなかった。
帰り際に声を掛けようかと悩んでいた私は、ゲイルに言われたのだ。
「今はそっとしておいてあげて。
あとで僕から話してみるから」
「・・・ゲイル、本当にごめんね」
そうして私は寮をあとにした。
生暖かい夜風が頬を撫でる。
・・・ビルが怒るのは当たり前だ。
それほどの事をした私には、弁明の余地はない。
そう思うと、身体の中で魔力が膨らむ気配がした。
いけないと思った私は、心を落ち着かせる為に夜空に浮かぶ、たくさんの星々を眺めながら王宮へと帰るのであった。
そして一夜あけ、昨日の星空が嘘のように今日は朝から雨が降っていた。
しとしとと降る雨を窓から眺めている私は、シャキッとする為に、両頬を【パン!】と叩く。
「よし!今日も頑張ろう!」
と思った矢先に気付いた。
今日の夜は、紹介人と連絡を取る日である。
私は鞄の中をガサゴソと漁り、通信用の魔石を探した。
すると、冷たい円盤が手に触れたのだ。
出してよく見てみると、私達がいつも使っている球体の物ではない。
もらった時の私は、事実を受け止めきれず呆然としていた為、全然見ていなかったのだ。
・・・これ、どうやって使うんだろう?
試してみようと思ったのだが、誤って起動してしまうと大変だ。私はテーブルの上に魔石を置いたのだった。
支度を終えた私は、自室を出る。
部屋にはまだローレンス様はいなかった。
いつもの定位置に立っていると、しばらくしてローレンス様とレノンさんが現れた。
「おはよう、アレン。
では、今日も一日よろしく頼む」
その言葉で、私達の日常が始まったのである。
───雨は上がったが、星一つ見えない空を見ているとレノンさんが口を開いた。
「ローレンス様、本日はこちらで失礼致します」
それを皮切りに私は動き出す。
自室へと戻り、魔石を持って出た。
「アレンは、寝支度してからでなくて大丈夫か?」
「大丈夫です。あまり遅くなると、相手に迷惑ですから。
それとローレンス様、この魔石、使い方が分からないのです」
そう言って、ソファに腰掛けるローレンス様に渡した。
すると、受け取った物をマジマジと見ている。
そしていきなり立ち上がり、自室へと行ってしまった。
しばらく待っていると、今まで寝巻きにガウンだったローレンス様は、紋章付きのコートを羽織っている。
「・・・ローレンス様?
どちらに行かれるんですか?」
すると、またソファへ腰掛け、私にも座るように促した。
「これは、映像と音声が同時に送れる物なんだ。
俺も、本物を見るのは初めてだ。
・・・やっぱり、魔石の原産国は違うな」
そう言って、両手で魔石をひっくり返したりしながら見ている。
長い事続きそうな雰囲気だったので、私は促す事にした。
「ローレンス様?
使い方は分かりますか?」
「・・・うん?
ああ、要領は一緒だ。起動させていいか?」
私はコクリと頷き、魔石を見つめた。
起動してからしばらくすると、円盤の中心から光が溢れ、バチェットの肩から上が映し出された。
「アレンシア様。
お待ち申し上げておりました。
お心はお決まりになりましたか?」
「・・・はい。
バチェットさん、今日はお聞きしたい事があって連絡させていただきました。
ハインデルト王国から出発するのはいつ頃ですか?」
「その事で、貴女様に現在のアーデンヴァルトの内情を申し上げなければならないと思っております。
・・・失礼ですが、お隣におられる方はどなたでしょうか?」
すると私が口を開く前にローレンス様が話し始めた。
「私は、ハインデルト王国の第二王子、ローレンスと言う。
此度のアレンシアの帰還と共に、彼女を支える為、私も行く事となった。
もちろん、彼女からも許可を得ている」
そう言って、ローレンス様は膝に置いてある私の手を掬うように握ったのだ。
そんなローレンス様を私は見つめる。
すると、バチェットは目を見開き呟いた。
「・・・もう既に、そういうお方がいたのですね」
そして居住まいを正し、バチェットは続ける。
「アレンシア様がお決めになった事に、私達は何も言いますまい。
それにしても、ハインデルト王国の王子とは、また良き方と出会われたのですね。
ローレンス殿下、アレンシア様をどうぞよろしくお願い致します」
そう言って、頭を下げたのだ。
「もちろんだ。
バチェットと言ったか?
私も共に、話を聞かせてもらおう」
バチェットはそれに頷いた。
「アレンシア様。
少し、昔話をさせていただきます。
貴女様が何故、国を追われたのかーーー」
代々女王が築くアーデンヴァルト王国は、他国と違って、女性の立場が高い国と言われていました。
男性は女性を支え、守る。
それが、アーデンヴァルトの風習でした。
ですがその分、男性に重きを置かない事実もまた然り。
そして20年以上前、それに異を唱える者が現れたのです。
その者達は、女王が支配しているから、この国の女は調子に乗り、男の立場が弱いのだと、そう触れ回ったのです。
もちろん、そんな言葉に惑わされる者はおりませんでした。
私達もこの時は、ただの戯言だろうと気にも留めていなかったのです。
【アーデンヴァルトは女王なくしては成り立たない国】
この国の老若男女、ひいては他国にまで広がる事実がある以上、何も起こるはずはないと高を括っていたのです。
・・・でもまさか、それが取り返しのつかない事になるとは、思いもしなかった。
そんな戯言を利用したのが公爵家の者でした。
彼らは水面下で動き、念入りに策を練りながら機を待っていたのです。
・・・ただ、王位が欲しい為に。
そして、アレンシア様が2歳になる前に反逆は起こったのです。
もちろん私達も城を守り抵抗しましたが、相手は何年も準備をしてきた者達。
気付くのに遅れた私達には、なす術がありませんでした。
そして城は陥落。エグランティーナ様の部屋も炎で包まれたのです。
・・・エグランティーナ様は、全て自分の責任だとそうおっしゃられ、アレンシア様を私達に託されました。
私達は貴女様を抱え、秘密の通路から脱出し、同志達は城を追われ、散り散りとなったのです。
そして今では前女王派と呼ばれ、同志達は各国におり、情報を仕入れながら、貴女様の覚醒を待ち侘びております。
・・・豊かな国、アーデンヴァルトを取り戻す為に。
今のアーデンヴァルトは、反逆を起こした公爵家エヴァンジェリンが王位についています。
ただ彼らの誤算だったのは、結界が跡形もなく消滅した事、魔石が採れなくなった事でしょうか。
豊かだった国はたった15年で衰退し、見る影もありません。
そして恐ろしい事にエヴァンジェリンは、魔石が無ければ作ればいい。
それで足りなければ、魔力を持つ民を売ればいいと考えた。
それが、今問題となっている紛い物の魔石と人身売買です。
・・・それとは別に、分かった事があるのです。
あれ程、潤沢に採れていた魔石が、ここ数年ではないに等しい。
魔石とは、女王の魔力で出来ていたのだと気付きました。
もちろん、エヴァンジェリンもその事に気付いたはずです。
ですから私達は、苦しむ民の為にも、同志と集結して国へ帰り、悪政を敷くエヴァンジェリンから王位を奪還しなくてはならないのです。
エヴァンジェリンは公爵家、魔力も相当に強いでしょう。
ですが、アレンシア様が覚醒をすれば、なんていう事はありません。
しかし、他国で覚醒をしてしまうと貴女様の魔力は暴発してしまう。
なので、覚醒前にアーデンヴァルトへ潜伏しようと考えております。
懸念される事は、覚醒前の貴女様が敵方に気づかれてしまう事です。
きっと、魔石欲しさにアレンシア様を狙ってくるでしょう。
それだけは、断じて阻止しなくてはならないのです。
「ーーーアレンシア様にとって、茨の道となる事でしょう。
・・・エグランティーナ様の事、そして、次代の女王の座を容易く継承していただけない事を私達は悔やんでも悔やみきれません」
そう言って頭を下げるバチェット。
「あの、理由は分かりました。
皆さんが、私を生かす為に頑張ってくださったのも分かります。
だから、頭を上げてください」
すると、ローレンス様が口を開いた。
「バチェット、今後の予定を教えて欲しい。
アーデンヴァルトへ行くにあたり、準備が必要だからな」
「はい。
アレンシア様、魔力はどうでしょうか?
身体の中で、魔力が広がる気配はありませんか?」
「・・・日々、多くなってきていると感じます。
昨日は、膨らむ気配がありました」
「・・・そうですか。
歴代女王は皆様、18歳から20歳の間に覚醒しています。
ですので遅くとも、アレンシア様が19歳になる時にはアーデンヴァルトへ発てればと思っております」
バチェットは、私がいつ覚醒してもおかしくないと言っているのだ。
・・・ハインデルト王国に居られるのも、あとたった5ヶ月。
私が考えている間に、ローレンス様とバチェットは段取りの話をしていた。
「ではアレンシア様、ローレンス殿下、お会いできる日を楽しみにしております」
そう言って、バチェットの姿は消えたのであった。
しんとした部屋には、置き時計の秒針の音がする。
私はローレンス様を見上げた。
何かを考えているのか、顎に手を当て魔石を見つめている。
「ローレンス様、どうしました?」
「・・・いや、何でもない。
聞いていたとは思うが、出発はアレンの誕生日の翌日となった。
時間は正午、シルバリー家に迎えに行く」
「はい、分かりました。
よろしくお願いします」
これからの予定と真実が明らかになった事で、より現実味を帯びてきた。
そして、最後にバチェットが言った言葉を思い出す。
「アレンシア様。
これからは、魔力の扱いも覚えていかなくてはなりません。
講師はイメルダが務めます。
お時間がある時には、是非、この魔石を起動させて下さい」
私はギュッと拳を握った。
・・・テオやルーナ、リオン。
皆を苦しめるエヴァンジェリンを打ち倒す。
それが私の使命であり宿命であるのなら、なんとしてもやり遂げなければならない。
・・・そして、私の産みの母の為にもだ。
「・・・アレン、今日は色々な事があって疲れただろう?」
ローレンス様から私を気遣う声が聞こえた。
「そうですね。
けど、改めて決意が出来ました。
ローレンス様、本日はお付き合いいただき、ありがとうございます」
私は頭を下げた。
するとローレンス様は、私の頭を優しく撫でたのだ。
「アレンだけの事じゃない。
俺達のこれからの事だろう?
だから、礼は不要だ」
そう言って微笑むローレンス様に、私は目が離せないのであった。




