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王宮の廊下をトボトボと歩く。
窓からはすでに、西日が差していた。
部屋へ帰ると、私に気付いたローレンス様が、微笑みを浮かべて口を開いた。
「兄上はいったい、なんの用だったんだ?」
「・・・はい。
ローレンス様と仲良くしているかと聞かれたのです」
「そうか。
兄上もマメだな。
・・・アレン、少し休憩する。
一緒に茶を飲まないか?」
私は笑顔で『はい。お付き合い致します』と伝えた。
きっと、本当の話をしたら、こんな笑顔を見せてはくれないだろう。
できるだけ、ローレンス様の笑顔を心に焼き付けようと思い、ジッと見つめたのだった。
そして、その日の夜・・・
レノンさんも退出し、私とローレンス様だけとなった。
いつもは、この時間に他愛ない話をするのだが、今日は違う。
私は、手をギュッと握り締め、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「ローレンス様、お話があります。
お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろん、大丈夫だ。
何かあったのか?」
・・・打ち明けようと思っているのだが、怖くて言葉が出てこない。
自分から償いたいと言ったくせに、なんて情けない事だろう。
そんな私の様子がおかしい事に気付いたローレンス様が再度口を開いた。
「・・・もしかして、アレンが前に言っていた、資格の事だろうか?」
私はその言葉に顔を上げた。
「実は、俺も色々調べたんだ。
だから、安心して相談して欲しい」
え?
・・・まさか、女だって知っていたのだろうか?
私は恐る恐る問いかけた。
「ローレンス様は、何を調べたのでしょうか?」
すると伏し目がちに話し始めたのだ。
「・・・アレンは、病を患っているのだろう?
だから俺は、医療の本を読み漁ったんだ。
ある程度の知識はついたから、相談に乗れると思う」
そう言うローレンス様は真剣そのものだった。
・・・えっと?
病はいったい何処からきたんだろう。
そんな疑問が私の中に浮かんだ。
「あの、何故そんな事を思ったのでしょうか?」
すると、言いづらそうに目を一回逸らしてから話し始めた。
「実は、ヴィンセルに確認したんだ。
明らかにアレンとの体格の差を感じたから、病に侵されているのではないかと思ったんだが・・・違うのか?」
まさか女である事を病と思い、心配をしていたとは思いもしなかった。
私は歯を食いしばる。
・・・こんなに優しい人を、これ以上私の嘘に巻き込む事はできない。
私は姿勢を正し、しっかりとローレンス様を見つめた。
「私は病ではありません。
ご心配をお掛けして申し訳ありません。
それと、ローレンス様に隠していた事があります。
・・・私はアレンではないのです。
本当は、アレンシアと言います」
そう言い切った私は、ローレンス様の目を見る事が居た堪れなくなり、視線を少し下へ外した。
そして、そのまま一気に話し続けたのだ。
「アレンシア・シルバリー。
私は、シルバリー家の養女です。
・・・ずっと、女である事を隠していました。
そんな恥知らずな私は、ローレンス様や騎士のみんなを欺いていたのです。
どんな、咎めでも受けます。
本当に申し訳ありま!!?」
とその時、ローレンス様に抱き締められたのだ。
「あ!・・・っえ!?ローレンス様!?」
驚いて見上げる私に、ローレンス様の抱きしめる力がより一層、強くなった。
「アレン。
俺は、男とか女とか、そんなものはどうだって良いんだ。
アレンであれ、アレンシアであれ、君であればそれで良い。
・・・それに、性別なんて関係ないって初めに伝えていただろう?」
にっと笑い、そう優しく言ってくれるローレンス様の言葉が嬉しくて、不覚にも涙が溢れてしまった。
「ふっ・・。うぅ・・・」
本当の私を知っても、そう思ってくれる人がいた。
・・・本当は、ずっと怖くて堪らなかったのだ。
だから考えないように、見て見ぬふりをしてきた。
けど打ち明けてみて、どんな私でも良いと言われた事に、騎士として過ごして来た時間が、無駄ではなかったのだと思えた。
安心したら、涙が止まらない。
嬉しさと不安で押し潰されそうだった心が解放された事への安堵で、次から次へと涙が頬を伝う。
私は、幼子のようにローレンス様の腕の中でワンワンと泣いてしまったのだった。
しばし時が経ち、次第に落ち着いてきた私は、涙を拭おうとした。
すると、頬に柔らかい何かが触れたのだ。
涙で滲む先に見えたのは、ローレンス様の顔だった。
そしてその近さに、口付けをされていると気付いた私は、驚き飛び退いた。
言わずもがな、それに伴い涙も引っ込んだ。
「・・・嫌だったか?」
「えっと・・・。
嫌ではありませんが、ローレンス様は男が好きなんですよね?」
とその瞬間、ローレンス様が目を剥いた。
お互いに顔を見合わせて、相手の意図が掴めないでいる。
食い入るように私を見ているローレンス様に、動く事も話す事もできなかった。
すると、ローレンス様が口を開いたのだ。
「俺は男は好きじゃないし、好きだと言った覚えもない。アレンだから受け入れただけだ」
その言葉に、脳内の記憶を辿った。
・・・確かに、男が好きだとは言われていない。
私は、とんだ勘違いで要らぬ悩みを増やしていた事に、どっと疲れを感じたのであった。
そんな呆けている私に、ローレンス様がにこやかに口を開いた。
「これでアレンの資格とやらも解決したし、何も気に病む事はないな」
そう言って、私の頭を撫でてくるのだが、大事な事がもう一つあるのだ。
「あともう一つ、伝えなくてはならない事があります。
私は、アーデンヴァルトの次期女王だと先日告げられました。
ですから、ローレンス様とこれからも一緒にいる事は出来なくなったのです。
・・・本当に申し訳ありません」
すると、私を撫でていた手が止まった。
「・・・アーデンヴァルトへ行くのか?」
その言葉に、私が先日知りえた事をローレンス様へと話した。
私が話しているあいだ、静かに耳を傾けてくれたのだが、手持ち無沙汰なのか、頭を撫でていた手は、私の短い髪の襟足を弄んでいる。
考え事をしているのだろう。
襟足なのか私の口元なのか、ジッと見つめられる事に恥ずかしさを覚えた私は、話の途中だったが問いかけたのだ。
「あの、ローレンス様。
恥ずかしいので、少し離れてくれませんか?」
すると、視線を合わせて『嫌か?』と聞いてきた。
毎回思うが、この聞き方はずるい。
そして私は『・・・嫌ではありません』と毎度の如く、返事をしていたのだった。
すると『そうか』と口角が上がり、結局、ローレンス様はそのまま最後まで話を聞いていた。
話終わった私は、緊張と恥ずかしさから疲れてしまい、ソファの背もたれに沈んだのである。
そんな私を見ていたローレンス様が口を開いた。
「では、俺もアーデンヴァルトへ共に行く」
その言葉に、沈んでいた身体が前のめりになった。
「え!?
ちょっと待ってください!!
そんな事は許されません!」
「・・・そんなに俺が嫌いなのか?」
え?
話の論点がいきなりズレた事は気になるが、私は『嫌いではありません』と答えたのだ。
「では、ついて行く」
「ですが、アーデンヴァルトは治安が悪くて危険だと聞きます。
レオナード殿下だって、お許しにならないはずです」
「では、兄や両親を説得する。
これならいいだろう?」
私は、これ以上言っても引かないローレンス様に、どうする事もできなかった。
きっと、第一王子が止めてくれるだろうと思い『分かりました』と答えたのだ。
それからのローレンス様は『期限は一週間だったな?』と私が第一王子から言われた事を確認すると、そのままどこかへ行ってしまった。
もちろん、ついて行ったのだが『もう遅いからアレンは休め』と言われたら、どうする事もできない。
私はそのまま部屋へと戻り、これからの事を考えた。
師匠やヴィンセル、ビル達には本当の事を告げたい。
そうして私は、誰もいない部屋で一人静かに決めたのだった。




