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今日は久しぶりに帰省する日だ。
本当は、馬に跨って帰った方が早いのだが、ガヴァネスをしている事になっている私が、単騎で帰るのは不自然すぎる。
バレないとはいえ、疑惑を持たれてしまう可能性がある事は控えた方が良いだろう。
なので面倒だが、乗合馬車で帰る事にした。
乗合馬車だと、ぐるっと回って行くので、倍以上の時間がかかる事を見越して、今日は朝早くに出たのである。
そして、王都から出ている馬車に乗り、ゆらゆらと揺られる事4時間弱。
乗り換えの街に着いた。
そこで、着替える為にブティックへと入ったのだ。
男の格好をしている私に、店員が少し戸惑っていたが、この街に知り合いがいるわけでもないので、そんな事は気にしない。
私はワンピースを購入して、試着室へと入る。
若草色のワンピースに袖を通して、付け毛をつけた。
試着室から出ると、店員が目を丸くしている。
私は笑顔で『素敵なワンピースですね。また、利用させていただきます』と言い置き、ブティックを後にしたのであった。
それからは、また馬車に乗り3時間。
やっと、懐かしいと思える景色が広がってきたのである。
馬車を降り、帰り道を歩く道すがら、おっちゃんの屋台を見つけた。
「おっちゃん!久しぶり!元気そうだね」
すると、肉を焼く手を止めずにチラリと私を見て返してくれた。
「アレンシアか!
元気そうだな!
・・・肉、食うか?」
そう言って、焼き上がった串肉をくれた。
私はワンピースが汚れない様に、ハンカチを敷いて食べる。
その様子を見ていたおっちゃんが『しばらく見ない内に、ちゃんと淑女になったじゃないか』と褒めてくれた。
「そうだ!
おっちゃん、師匠と王都で会えたんだよ」
「そうか!よかったな。
また食べに来いよって伝えてくれ」
そうして私は、おっちゃんに手を振りその場を後にしたのであった。
何度も行き来した道に、在りし日の思い出が蘇る。
私は、みんなのおかげで今の自分がいるのだ。
そう感謝をしながら、しみじみと歩いたのであった。
しばらく歩くと、白を基調とした家が見えてきた。
屋敷というと語弊があるが、そこそこ大きな家が我が家である。
「ただいま戻りました」
すると、台所から義母が顔を出した。
「アレンシア!おかえりなさい!
さぁ、中に入って!
今、お茶を淹れるわね」
そう言って、私を促した。
椅子に腰掛けると、義母が話し始める。
「なかなか返信もくれなくて心配したのよ。
でも、元気そうで良かったわ」
「心配掛けてごめんなさい。
マイケルは学園?」
そう、マイケルはこの春から学園に通っている。
私の仕送りが役に立てているのなら、嬉しい限りだ。
「ええ、そうよ。
もうすぐ帰ってくるわ。
それとアレンシア、貴女がマイケルの為にって、毎月学費を送ってくれているでしょう?
・・・気を遣わせてしまって、本当にごめんなさい。
親として、本当に申し訳ない事をしてしまったと思っているの」
そう肩を落とす義母の姿に、居た堪れなくなった。
「お義母様、これは、私の恩返しなのよ。だから、そんなふうに思わないで欲しいわ」
「私達は、貴女に恩返しをして欲しいが為に育てたつもりはないわ。
血が繋がっていなくても、アレンシアは私達の娘よ。
これは、ずっと変わらないわ」
そう言って、棚から袋を出して来た。
「送ってくれた物は、アレンシアが使うべき物よ。
私達は気持ちだけで、本当に嬉しいの。
だからね、これは貴女が自分の為に使いなさい」
袋の中には、私が今までに送ったお金が入っていた。
「・・・じゃあ、マイケルの学費はどうなったの?」
「ふふっ。
何とかしたわよ!
私達夫婦は健康なんだもの、がむしゃらに働けば何とかなるわ!
だからアレンシアも、お金の事は気にしないでちょうだいね」
その話に、もう騎士を続けなくても良いと言われたように感じた。
マイケルが学園に通う為に騎士となる事を決めて、ひたすらに頑張ってきた。
だが、その根底が覆ったのだ。
もう、辞めても良い。と、そう割り切るのには、楽しい時間を過ごし、沢山の人達と出会ってしまった。
マイケルの事がなくても、私は騎士を続けていきたい。
心からそう思ったのである。
私がそんな事を考えているとは、露ほども思っていない義母は再び口を開いた。
「3日後にね、会ってもらいたい人がいるのよ」
「・・・それは、お見合い?」
すると目を丸くした義母が笑いながら言った。
「違うわよ!
アレンシアを私達に紹介してくれた方よ。
何でも、急ぎ会いたいって手紙が来たの」
「私、顔も名前も知らないわ。
今更、何の用なのかしら」
「そうね、私も分からないけれど、悪い人ではないから、安心なさい」
そう話していると、玄関扉が開き『ただいま!姉様は?』と元気な声が響いた。
「マイケル!おかえり!」
久々に見る弟は、相変わらず可愛かった。
「姉様もおかえり!
全然帰って来ないから、母さんも父さんも、もちろん僕も心配したんだよ!
今日はこれから一緒に遊べる?」
すると義母が口を開いた。
「マイケル、アレンシアは帰って来たばかりで疲れているから、明日になさい」
「えー!!
ねぇ、姉様はいつ帰っちゃうの?」
私は少し大きくなったマイケルの頭を撫でながら答えた。
「6日後に帰るから、それまでいっぱい遊ぼうね」
すると、嬉しそうな顔で『分かった』と言い、義母に課題をする様にと促されて、自分の部屋へ戻って行った。
「アレンシアも少し休んできなさい。
夕飯が出来たら呼ぶわ」
それから私は自分の部屋へと入った。
・・・懐かしいな。
まだ出てから一年ちょっとだが、ここが私の育った場所だ。
そして綺麗に掃除をされ、出た時と変わらない家具や物に、両親の愛を感じる。
いつでも帰って来ていいよ、と言われているみたいだ。
そして、私はベッドへと寝転んだ。
懐かしい天井を見ながら、マイケルと何をして遊ぼうかなと、久々に仕事以外の事に思いを馳せたのであった。
・・・・
・・・あれ?・・・ここは?
そうだった、帰って来たんだっけ。
いつの間にか寝てしまったのだろう。
外を見ると、既に夜になっていた。
私は台所へ行こうと階段を下りると、灯りが扉から漏れている。
そして、そっと開けると義父母がいた。
「アレンシア、おかえり。
良く休めたか?」
「お義父様もおかえりなさい。
私、寝てしまったみたいだわ」
「疲れていたのよ。
アレンシア、ご飯は食べられそう?」
私が頷くと、義母が用意をしてくれた。
決して豪華ではないけれど、義母が作ってくれたご飯は、とても美味しかった。
身体に染み渡る懐かしい味に『ほっ』と気が休まる。
「お義母様のご飯は、やっぱり美味しいわ」
「あら?
改まって、どうしたの?」
「・・・いいえ。
離れてみて、初めて有り難みが分かるんだわって思ったの」
「ふふっ。
そうね、私も嫁いだ時にそう思ったわ。
皆、独り立ちをしてから気付くものよ。
それは、貴女も大人になったという証拠ね」
すると、私と義母の会話に義父が口を挟んだ。
「あの小さかったアレンシアも、もう大人か・・・。
なんか、感慨深いな」
「お義父さま?
いつまでも子供の人なんていないわ」
「ははっ、そうだな。
でも私は、初めて君の手を握った時の事を今でも鮮明に覚えているんだ。
小さくて温かい、少しペタペタとした手を握った時に、私は【守るべき存在ができた】とそう思ったんだよ」
「・・・お義父様・・・」
そして、みんなのお茶を手にした義母が口を開いた。
「そうね、私もそう思ったわ。
そんな、守るべき存在だったアレンシアが、大人になり、独り立ちをした。
嬉しい反面、寂しさもあるのよ」
「・・・私、二人に育ててもらえた事が、本当に嬉しいの。
本当に本当に、ありがとう」
すると、義父母は微笑んで『私達こそ、貴女に沢山の思い出をもらったわ。そして、これからも沢山の思い出を作っていきましょうね』と義母が言い『仕事があると、頻繁には帰れないだろうが、ここはお前の家なんだから、いつでも帰って来なさい』と義父が言ってくれた。
その日は三人で、この一年間の事をゆっくりと話したのだ。
何があっても、ここが私の帰ってくる場所だ。
そう安心して思える程の愛情をくれた二人に、私は感謝をしたのであった。




