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ローレンスが執務室へと急ぐなか、アレンとヴィンセルは馬を用意する為、厩舎へと来ている。
私は、手綱を引きながら、ヴィンセルに問いかけた。
「魔石も持ったし、忘れ物はないよね?」
「・・・あのさ、危険な目に遭うかもしれないって分かってる?」
横で同じく、手綱を引くヴィンセルが、ジッと見つめながら聞いてきた。
「分かっているよ。
安心して?任務は必ず成功させるから!
この前の様なヘマはしない」
「そうじゃなくって!
何かあったらどうするのって聞いているんだよ。
・・・君、女の子でしょ?」
と、最後の言葉は囁き声で言われた。
・・・ああ、なるほど。
ヴィンセルなりに心配をしてくれているのだと分かり、嬉しかった。
でも、だからこそ、ちゃんと言っておかなくてはいけない。
「ヴィンセル。
心配してくれてありがとう。
確かに、騎士は危険が伴う職種だ。
もちろん、報酬も良い。
以前話したが、私は、家族に恩返しをしたいんだ。
だから、騎士になると決めた時から、覚悟の上なんだよ。
けど、心配してくれたのは、嬉しかった。
本当にありがとう」
するとヴィンセルは『・・・ちゃんとサポートするから、何かあったらすぐに言って』と口を尖らせながら言ってくれたのであった。
それから私達は、馬に跨る事30分。
先日、夜会が開かれた屋敷へと着いた。
魔石で別隊と連絡を取り、潜伏場所へと向かう。
「お待たせしました」
「ああ、来たか。
まだ、ダントンに動きはない」
先輩が特殊な双眼鏡を覗き込みながら教えてくれた。
この双眼鏡、遠くはもちろんの事だが、夜でもハッキリと見えるのだ。
けど、見える範囲が狭い。
だから、入り口などの見張りにしか使えないという欠点がある。
「見張り、ありがとうございました。
交代しますので、先輩方は少し休憩して下さい。
何かあれば、すぐに魔石で知らせます」
そう言って、双眼鏡を受け取ったのであった。
それからすぐに日は沈み、辺りが静けさに包まれていく。
私は双眼鏡で入り口を、ヴィンセルは夜目が利くので、屋敷全体を見張る。
私は時計を見てから、ヴィンセルに声をかけた。
「そろそろ9時か。
まだ出て来ないって事は、近場なのかな?」
「ヴァレーロ公爵の屋敷はここから一時間だ。
もし、本当に公爵なら、動くのは10時過ぎだと思う」
確信を持って言うヴィンセルに私は疑問を投げかけた。
「・・・けど、近場とは限らないだろう?
遠方の可能性もあるじゃないか」
すると、ヴィンセルは屋敷から目を離さずに答えてくれた。
「先日、夜会で連絡を取っていたんだ。
であれば、今更遠方にするのは双方にとって、手間が掛かるだけだ」
・・・それもそうか。
私はヴィンセルの言葉に納得し、再び双眼鏡を覗き込んだのだった。
そして、少し経つと先輩達が戻ってきた。
「変わった事はあったか?」
「今のところありません」
すると、ヴィンセルが『来た』と呟いた。
目を凝らすと、馬車へ乗り込む人がいる。
ヴィンセルがダントン伯爵だと言うのだから、間違いないのだろう。
「行くぞ」
先輩の掛け声で馬に跨り尾行を開始した。
出発してから一時間程だろうか。
灯もついていない、一軒の寂れた家へと馬車は横付けして停止した。
だが、一向に外へと出て来る気配はない。
馬を置き、しばらく待機していると、一人の男がどこからともなくやって来て馬車へと乗り込んだのだ。
「あの時の使用人だ。
・・・ヴァレーロ公爵は来ていないようだな」
そうヴィンセルが教えてくれた。
すると、先輩が『俺達は近づき、記録を取るから、お前達はここで見張れ。男が動いたら、尾行を頼む』と言い残して、暗闇に溶け込んでいった。
私には、何処に先輩達がいるのか分からないが、ヴィンセルには見えている様で『凄いな。もうあそこまで近づいたのか』と感心した声が聞こえた。
それから程なくして、男が馬車から出てくる。
ここからが私達の本番だ。
魔石を起動させ、身を低くして男へと向かう。
男は闇夜を迷う事なく進んでいる。
私も気づかれない様に気配を消し、徐々に距離を詰めた。
それにしても、男は徒歩で来ているのだろうか。
一向に、馬車や馬に乗る気配はない。
ヴァレーロ公爵の屋敷まで、かなりの距離がある場所だ。
そのまま尾行を続けると、男は一軒の小屋へと入って行った。
私は家の空気口に魔石をねじ込み、中の様子を撮影する。
そして5分程経っただろうか、出て来た男は、使用人の服を着用し、仮面を外していた。
その後、小屋の近くにある馬小屋へと移動し、馬へと跨る。
私も、ヴィンセルに連絡しようと通信用の魔石を握りしめると、背後から馬に跨ったヴィンセルが現れたのだ。
片手には、私の馬の手綱を引いている。
私はそのまま受け取り、馬へと跨った。
前を見ると、男が猛スピードで駆けていく。
私達も遅れを取らずに、それに続いた。
そして、駆け抜ける事30分。
予想していた通り、ヴァレーロ公爵の屋敷へと着いたのだった。
「やっぱり、ヴァレーロ公爵なんだな」
私のその言葉に、ヴィンセルはジッと門を見ている。
国を守る側である大臣が裏切っていたのだ。
低位貴族の私でも、思うところがある。
きっと同じ公爵家として、納得出来ないものがあるのだろう。
それからしばらくして、ヴィンセルが静かに口を開いた。
「帰ってすぐに報告しよう」
そう言うヴィンセルの顔には、任務が成功した事による達成感は、まるで感じられなかったのであった。




