32
ダントン伯爵に、気づかれない様に尾行を開始した。
すると、すぐ近くのテラスへと消えて行ったのである。
到着する頃には、ダントン伯爵は一番端の暗がりで誰かと話しをしていた。
私達は、テラスへ出る事はせずに、出入り口で様子を窺う。
「ジェラルド様、見えますか?」
目を凝らすが、暗いのとダントン伯爵の背中で相手の手しか見えない。
「いや、見えないな。だが、声はかろうじて聞こえる。
取り敢えず、ヴィンセルに連絡するか」
そう言い、すぐさま師匠は通信用の魔石でヴィンセルへと連絡を取っている。
その間、私は彼等の会話に耳を澄ませた。
「あの、これを彼の方にお渡しください」
「急に呼び出すなんて、何かあったのですか?」
「はい。実は・・・」
すると・・・。
「これはこれは、マクガディ家のジェラルド様ではないですか。
こんな所で、何をしておられるのですかな?」
その声に、すぐさま貴公子然となった師匠は、話しかけて来たヴァレーロ公爵に向き直った。
「お久しぶりです、ヴァレーロ公爵。
ご健勝のようで何よりです」
「ジェラルド様も、お元気そうで何よりです。
それに、お噂も予々聞き及んでおりますぞ。
事業も順調のようですな?」
「ええ、まぁ。
兄の手伝いにすぎませんが・・・」
と、師匠が話しているなか、私はテラスへと意識を向けた。
まだ、二人はやり取りをしているようだ。
「いつお会い出来ますか?」
「そうですね。余裕を持って5日後はどうでしょう?」
「分かりました、大丈夫です。よろしくお願いします」
「では、5日後の午前0時にこの場所で」
そう言い残し、ダントン伯爵に紙を渡した男は去って行った。
「それにしても、ジェラルド様は、お美しい方をお連れですな?
是非、ご紹介していただけませんか?」
すると、師匠は私の腰を抱き寄せ『遅くなり申し訳ない。私の大事な人、アンナ嬢です』とヴァレーロ公爵に紹介した。
「アンナと申します。是非、お見知りおきを」
私は、淑女教育で受けた知識を引っ張り出して、深くカーテシーをする。
騎士として、日々鍛えているのが功を奏したのだろう。
体幹がブレる事なく、100点満点の出来映えだった。
「ほう、これはこれは。
とても素晴らしいご挨拶をありがとうございます。
さすが、ジェラルド様が選ぶ方は違いますね」
すると、カーテシーをする為に離れていた師匠の手に再び抱き寄せられ『ええ。ですが、彼女に惚れているのは、私の方ですから』と、愛おしそうに見つめてきた。
・・・・・。
私は心の中で言い聞かす。
(これは師匠、これは師匠。
酒飲みで、だらしのない、ただのおじさんだった師匠よ!)と。
・・・ふぅ、落ち着いた。
本当に心臓に悪い。
「いやぁ。若い方は情熱的でいいですな!
私も当てられてしまいましたぞ。
いやはや、長々と申し訳ない。
それでは、年寄りはこの辺で撤退しますかな」
そう言い残して去るヴァレーロ公爵の背を二人で見つめていると、師匠が口を開いた。
「5日後の午前0時だったな。
・・・にしても、お前もいい加減慣れろ。
ビクビクしてんのが、丸わかりだぞ」
「いやいや、別人級すぎて、ビックリなんですってば!
師匠こそ、もう少し原形を留めてくださいよ。
・・・それより、聞こえていたんですか?」
すると、何でもない事のように『当たり前だろ』と返して来た。
いやいや、当たり前じゃないよ!
やっぱり、特殊部隊の団長は、普通の人とは違うのだと再認識したのであった。
それからは、難なく熟し、帰りの馬車を待っていると、ヴィンセルが馬車と共にやって来た。
私達はそれに乗り込むと、早速、情報共有をしたのである。
「叔父上に言われた通り、テラスへ行ったよ。
帰り際に正面が見えたんだけど、仮面をしていたから顔は分からない。
念の為、映像は残したけど、見る?」
師匠はヴィンセルから魔石を受け取り、私と一緒に見ていると・・・。
「・・・さっきも思ったけど、なんで、そんなに距離近いの?
今も隣に座ってるし。
・・・少し、離れたら?」
「・・・なんだ?羨ましいのか?」
「な!?
ち、違うし!そんなんじゃない!」
「そうか。
なら、黙って待ってろ」
そう言う師匠は再び魔石に目を戻した。
私は、微笑ましい家族の会話を聞きながら、魔石の映像を目で追っていく。
「ヴィンセル、コイツの背格好は覚えたか?」
そっぽを向いていたヴィンセルが、こちらに向き直り、話し始めた。
「当たり前だろ?会えば分かるよ」
・・・え?何それ?
なんか、凄い特技が出てきたので聞いてみた。
「ヴィンセルは、顔や声以外で人が判別出来るの?」
「え?・・・そうだけど。
見れば分かるじゃないか」
いやいや、見て分かるものじゃないだろう。
特段背が高いとかならまだしも、画像に写っている人は、中肉中背だ。
・・・そう言えば、出会った時もキョロキョロと首を動かしたわけでもないのに、怒られた事があったな。
それも、この特技なのか?
一体どんな風に見えているのだろうか。
「ねぇ、ヴィンセルには、私はどう見えているんだ?」
「は!?いきなり何?
・・・か、可愛いとか絶対に言わないよ!」
「そんなんじゃなくて、色とか、数値とかで判別しているのか?」
すると、顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
その時、師匠が口を挟んできた。
「アレン、それぐらいで勘弁してやれ。
思春期男子の心は、とても繊細で不安定なんだ」
「叔父上!子供扱いしないでって、いつも言ってるだろ!」
すると、師匠が『ほらな?』と言って、戯けて見せた。
私は、いつもよりも幼く見えるヴィンセルに、弟の面影を感じてしまった。
だが、これを言ったら、子供扱いするな!って言われそうなので、口を噤んだのである。
その後は、師匠の屋敷に着き、解散となったのだが、私は、大変な事を思い出したのだ。
「師匠!すみません!
お風呂をお借りしてもいいですか?」
「はぁ?お前、男の家で風呂借りるって、どういう事か分かってんのか?」
「いえ。
ですが、ローレンス様は師匠の匂いが分かるんですよ!」
「・・・どういう事だ?」
と、問いかけてきた師匠に、前回の事を話した。
すると・・・
「・・・犬なのか?」
やっぱり・・・私も思った。
けど、口には出していない。
「師匠。それ、不敬罪になりますよ?」
と、先程もらった言葉をそのまま返したのであった。




