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そして、夜会当日
私が出掛けようとすると、ローレンス様に『今から特殊部隊の仕事か?』と問われた。
「はい。少し遅くなると思います」
すると、予想していた通り『俺も行く』と言い出したのだ。
だから私は、後ろを振り返り、最終兵器を呼ぶ事にした。
「レノンさん、どうぞ」
部屋へ帰ったと見せかけて、私の部屋で待機をしてもらっていたのである。
「ローレンス様、アレンさんの邪魔をしてはなりません!
アレンさんが帰って来るまで、私もここにおりますから、寂しくはないですよ」
そう言うレノンさんを横目に、私はローレンス様を見た。
すると、死んだ魚の様な目をしている。
心の中で(ローレンス様、ごめんなさい)と謝り『では、行って参ります』と、その場を後にしたのであった。
今日だけは、ついて来てもらっては困るのだ。
ドレス姿なんて見られたら、女とバレてしまう。
そうして、なんとか抜け出す事に成功した私は、師匠の屋敷へと向かった。
師匠から聞いていた通りに、人のいない厩舎で着替える。
隊服をバッグに詰めてからエントランスへと向かった。
すると、老執事が出迎えてくれる。
客室へと案内され、メイド達にメイクやドレスを着せてもらい、準備が整ったのであった。
しばらく待つ事数十分、師匠がやって来た。
「準備できたか?」
「はい。大丈夫です」
「似合ってるじゃないか。
馬子にも衣装だな」
「失礼ですよ!
じゃあ、ヴィンセルも待ってるし、行きましょうか」
そうして、私達はエントランスへ向かったのだ。
そこには、馬車と、どこか遠くを見ているヴィンセルがいた。
「ヴィンセル、待たせてゴメン。行こうか?」
「本当だよ。
もう既に何台か馬車が通り過ぎたから早く行かないと遅・・・」
振り向きざまに目が合ったヴィンセルは、目が点になり、言葉を失っていた。
もしかしたら、私だと分かっていないのかもしれない。
「・・・ヴィンセル?
私だよ、アレンだ」
「・・・・・」
食い入る様に見られて、気まずさから師匠に話しかけた。
「師匠。
ヴィンセルが、おかしいのですが・・・。
私は、そんなに変なのでしょうか?」
「いいや、よく似合ってるよ。
コイツは・・・まぁ、なんだ。
そう言う年頃なんだろ?
ヴィンセル!女性が着飾ってるんだ。
褒め言葉の一つや二つ、ないのか?」
すると、視線を私から師匠に向けたヴィンセルが『うわ!叔父上、居たのか!?』と驚いた様に返した。
「居たのか?じゃない!
これから任務なんだぞ!
ちゃんとやれんのか?」
「大丈夫だよ!
ただ、アレンに驚いただけで・・・」
と、決まりが悪そうに、下を向いた。
「ヴィンセル。
・・・驚いたって、なに?」
「いや、えっと。
本当に女なんだと思って、その・・・。
なんて声をかけていいのか、分からなかったんだ。
っていうか、そんな事より早く行かないと遅刻だよ!」
そう言って、そそくさと馬車に乗り込むヴィンセルを目で追っていると師匠が口を開いた。
『・・・はぁ。アイツも、まだまだだな』と言いながら、私に手を差し出した師匠は『ではアンナ嬢、お手をどうぞ』とエスコートをしてくれたのであった。
馬車の中では任務の最終確認をしつつ、揺られる事30分。
ダントン伯爵の屋敷へと到着した。
師匠にエスコートされながら馬車を降りる。
「あの、師匠?」
「師匠じゃない。ジェラルドと呼べ」
師匠を名前で呼ぶ事に、親を名前で呼ぶような抵抗感がある。
だが、今は任務だ。
「その、ジェラルド様?
ヴィンセルの話し方や様子が、普段とだいぶ違いませんか?」
仕事場で、師匠にタメ口を聞いたところを見た事がなかったので、さっきからずっと気になっていたのだ。
「ああ。
仕事場以外だと、普段からあんなもんだぞ。
アイツ、任務だって、分かってんのかね」
言葉遣いは悪いが、終始アルカイックスマイルを浮かべながら、和やかな雰囲気で話す師匠に、なんとも言えない気持ちになる。
きっと、遠目から見たら、恋人達の仲睦まじい様子に見えているのだろう。
・・・師匠って、演技が上手いんだな。
特殊部隊より、役者の方が、向いているんじゃないか?
と、そう思わずにはいられなかった。
「いいか?俺が何を言っても、合わせるんだぞ。
分かったな?」
私は前を見据えながらコクリと頷いたのだ。
会場へ入ると、やはり高位貴族の夜会だけあって、とても煌びやかであった。
「ダントン伯爵から目を離さずに行くぞ」
そう言って、ダントン伯爵から少し離れた位置を陣取ったのである。
「まだ、動きはないようだな。
・・・何か食べるか?」
「いえ。
・・・緊張で、入りそうもありません」
「おい、大丈夫か?
今からそんなに緊張していたら、後がもたないぞ」
すると『ジェラルド様も参加なさっていたのですね』と声を掛けられた。
「これは、ネーベルフ侯爵ではないですか。
貴公も参加されていたのですね」
「ええ。
妻に、どうしても行きたいと、ねだられましてね。
しかし、ジェラルド様は美しい方をお連れの様だ。
嘸かし、ご令嬢達の嘆き悲しむ顔が浮かびますな」
「いえ、そんなことは。
それに私には、彼女以外目に入りませんから」
「それはそれは。
では、そろそろ婚姻されるのですか?」
「そうですね。
こればかりは、女神様のお導きによると思いますが、私は、そうなれる事を願っております」
そう言って、愛おしそうに私の手を握る師匠に、心臓が跳ねる。
師匠にドキドキするなんて、考えられない。
・・・恐るべし、師匠の演技力。
元の師匠を知らない人だったら、きっとイチコロだ。
私は、素敵な貴公子に成りすましている師匠の横顔を見つめた。
「おっと。
私は、お邪魔なようですね。
そろそろ退散する事に致しましょう」
そう言い置いてネーベルフ侯爵は、その場を後にした。
「・・・なんだ?
そんなに、俺がカッコいいか?」
と、いつもの調子で聞いてきた。
・・・やっぱり、師匠だ。
私のドキドキを返して欲しい。
「いえ。
いつもと違いすぎて、ビックリしただけです」
「へぇ?
お前は、こういう貴公子然とした男が好きなんだな」
「そ、そんな事はありません。
それに、王子様みたいな人が好きな女性は、いっぱいいますよ!」
「王子様って・・・。
俺が王子様に見えたのか?
ていうか、毎日本当の王子様と一緒にいるじゃないか。
・・・まさか、毎日乙女のような妄想をしてんじゃないだろうな?」
「し、してません!
ローレンス様は、そんなんじゃないです!
王子様だけど、王子様じゃないんです」
「何だそれ?
それと、今の言葉は不敬罪になるから気を付けろよ。
・・・ダントン伯爵が動いたな、行くぞ」
私達は、不自然に思われないように、距離を開けて尾行を開始したのであった。




