27
王宮へ到着したローレンス様は、休む間もなく動き始めた。
救出した子供たちを医者に診せる手配に、第一王子への報告書の作成。今回の事件についても、早急に対応しなければならないことが山積みらしい。
そんなローレンス様の邪魔をするわけにもいかず、私はレノンさんに声を掛けた。
「レノンさん、特殊部隊へ報告して参ります」
「承知いたしました。こちらはお任せください」
そうして私は、自分の所属する特殊部隊室へと向かったのだった。
扉を開けて室内に入ると、窓際のデスクで書類仕事をしているヴィンセルの姿が目に入った。
ちょうどいい。
私は彼のそばまで歩み寄り、隣に立った。
「ヴィンセル、お疲れ様。この二日間で、何か引き継ぎとかある?」
「――ひっ!!?」
……え?
今、悲鳴が聞こえなかっただろうか。
不思議に思って顔を覗き込むと、ヴィンセルは目を見開き、見るからに動揺していた。
「なっ!? なに!? なんの用なの!?」
「……え?」
いや、何その反応。
いつもなら、もう少し普通に会話できるはずなのだが。
しかも、慌てふためくあまり、手元の書類をぎゅうぎゅうと握り潰しているではないか。
……それ、仕事の書類だよね?
「……えっと、その書類は平気?」
私が指摘して、ようやく気付いたらしい。
ヴィンセルは自分の手元を見下ろすと、頭を抱えた。
「……っ、くそ……!」
いや、そこまで落ち込まなくても。
「私も手伝おうか?」
「いや、いい。大丈夫だ」
「そう?」
「ああ。……だから、どっか行ってくれる?」
…………。
……はい?
私は思わず首を傾げた。
先日のヴィンセルは優しかった。だから、これからは上手くやっていけそうだと思っていたのに。
たった二日で、どうしてこうなった?
……私、何かしたかな?
記憶を探ってみるが、これといって思い当たる節はない。
とはいえ、本人が話したくないのなら、無理に聞き出すことでもないだろう。
……まぁ、いいや。
私は早々に考えることを放棄した。
「……そっか。じゃあ、また」
ヴィンセルに軽く手を振り、その場を離れる。
……背後から、何やら苦悶の声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。
◇
そのまま団長室へ向かい、扉をノックする。
「入れ」
「失礼します」
室内に入ると、師匠は書類から顔を上げた。
「おう、アレンか。どうした? 茶でも飲むか?」
「いただきます」
返事をすると、師匠は自らお茶を淹れてくれた。
私はありがたくそれを受け取り、一口飲む。
温かいお茶で喉を潤してから、ようやく本題を切り出した。
「実は昨日、ローレンス様と一緒に、もう一度ダントン伯爵が借りていた古い屋敷へ行ってきたんです。その報告に参りました」
「…………は?」
師匠の動きが止まった。
そして、ゆっくりとこちらを向く。
「……なぜ、ローレンス殿下が一緒なんだ?」
目を丸くする師匠に、私は昨日の出来事を順を追って説明した。
ローレンス様が同行することになった経緯から、子供たちを救出したこと、その後の対応まで。
一通り話し終えると、師匠は深々とため息をついた。
「……お前も、その侍従も、いいように転がされてるだけじゃねーか」
「い、いえ、そんなことは……」
【ありません!】
……と、言い切りたい。
言い切りたいのだが。 何故だろう。
どうしても、そう断言できない自分がいる。
私が黙り込んでいると、師匠は呆れたように続けた。
「いいか? まず、お前がすべきことは何だ?」
「……師匠への報告、です」
「そうだろうが。結果的に何もなかったからよかったものの、もし何かあったらどうするつもりだった? お前一人で責任が取れるのか?」
「……取れません」
「だろうな!」
ぐうの音も出ない。
師匠は腕を組み、さらに念を押した。
「次からは、ちゃんと報告しろ。分かったな?」
「……はい」
「よし」
ひとまず説教は終わったらしい。
私はほっと息をついた。
――が。
「それと、話は変わるが」
師匠が、何でもないことのように言った。
「潜入調査中に、ヴィンセルに女だとバレたんだって?」
「――っ!?」
うそでしょ!?
思わず声が出そうになった。
なんで、私より先に師匠へ報告してるの!?
ヴィンセル……!
さっきの挙動不審ぶりといい、いったい何を考えているのだろうか。
「えーっと……はい。報告が遅くなって、すみません」
しどろもどろになりながら答えると、師匠は二度目のため息をついた。
「状況は、全部ヴィンセルから聞いている。斬られたんだってな」
「……はい」
「……大丈夫か?」
思いがけず真剣な声で尋ねられ、私は少し面食らった。
……あれ? 怒ってない?
先ほどまでの説教を思えば、もっと厳しく追及されてもおかしくないと思っていたのだが。
「はい。大丈夫です。怪我もありません」
「そうか。それならいい」
師匠は短く頷いた。
「ヴィンセルにも、俺から口止めしておいたからな」
「ありがとうございます」
そこまではよかった。
問題は、その次だった。
師匠は何かを思い出したように、ふっと口元を緩めた。
「……それと、お前の裸は、ガキには刺激が強かったみたいだぞ」
「ぶっ――!!?」
口に含んでいたお茶が、盛大に飛び出した。
「げほっ、げほっ……!」
「うおっ!? おい! 茶を吹き出すな! 汚ねぇだろ!」
「師匠が変なことを言うからでしょう!?」
私は慌てて口元を拭いながら、抗議した。
「というか、裸って何ですか!? 私、裸になんてなってませんよ!」
「いや、そう言われてもな……」
師匠は飛び散ったお茶を拭きながら、呆れたようにこちらを見た。
「ああ。ヴィンセルが、服を切られたって話してたぞ」
「服を切られたのと、裸なのは全然違います!」
思わず身を乗り出してしまった。
「少しですよ! 少し! あれは断じて、裸ではありません!」
「分かった、分かった。そんなにムキになるな」
師匠は適当に頷いている。
……絶対、分かっていない。
「まぁ、そんな感じだから、とりあえず頑張れよ」
「……え? 何をですか?」
今の話の、どこに頑張る要素があったのだろう。
眉を顰める私に、師匠は意味深な笑みを浮かべた。
「そのうち分かる」
「…………?」
まったく意味が分からない。
けれど、師匠はそれ以上説明する気がないらしい。
「ほら。昨日のことを、もっと詳しく話せ」
そう言って、あっさりと仕事の話へ戻ってしまった。
……結局、何だったのだろう。
釈然としないまま、私は任務の詳細を改めて報告することになったのだった。
◇
報告を終えて団長室を出ると、特殊部隊室にはもうヴィンセルの姿がなかった。
……裸なんて見せた覚えはないのに。まったく、何てことを言いふらしているんだ。
私は頬を膨らませ、心の中でぶつぶつと文句を言いながら、執務室へと戻った。
すると、部屋の中ではローレンス様とレノンさんが何やら話し込んでいた。
「アレン、今いいか?」
私に気付いたローレンス様が声を掛けてくる。
「はい」
私はレノンさんの隣まで歩み寄り、二人の話に耳を傾けた。
「先ほど、医者から報告があった」
ローレンス様は落ち着いた声で説明を始めた。
「ルーナは打撲で、骨に異常はないそうだ。テオについては、やはり精神的なものが原因らしい。声が出せるようになるまでは、時間がかかるだろうと言っていた」
「そうなんですね……。承知しました」
ルーナに骨折がなかったのは、不幸中の幸いだ。
けれど、テオのことは心配だった。
あの子が再び安心して話せるようになるまで、どれほどの時間が必要なのだろう。
焦らせることなく、ゆっくりと心を癒やしていける環境が必要なのだと思う。
私はふと、疑問に思っていたことを尋ねた。
「それと、子供たちは今、どこにいるのでしょうか?」
「ああ。客室で三人一緒に過ごしている。話を聞くにしても、心身ともに落ち着いてからになるだろうな」
「……そうですね」
まずは、あの子たちが安心して過ごせることが一番だ。
これ以上、怖い思いをさせるわけにはいかない。
そう考えていると、不意に扉をノックする音が響いた。
「失礼いたします」
レノンさんが扉を開けると、そこには侍従が立っていた。
侍従は一礼し、用件を告げる。
「ローレンス殿下。レオナード殿下がお呼びです」
「分かった」
ローレンス様はすぐに頷き、こちらへ視線を向けた。
「では、行こうか」
「はい」
そうして私たちは、第一王子レオナード殿下の執務室へと向かったのだった。
――ダントン伯爵の屋敷で見つかった子供たち。
そして、その背後に潜む人身売買の組織。
救出はできたものの、事件の全容はまだ明らかになっていない。
第一王子への報告によって、次に何が動き出すのか。
私はまだ、その先を知らなかった。




