↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色王子のバラ色観察日記  作者: こさか りね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/47

25

 私とローレンス様は、微かに西日が差す薄暗い廊下を進み、問題の部屋へと向かっていた。

 この先にいるのは、三人の子供たち。


……今度こそ、助け出すんだ。

 そんな決意を胸に、私は隣を歩くローレンス様を見上げた。

「……開けるぞ」

 扉の前で立ち止まったローレンス様が、静かに告げる。

 そして、ゆっくりと扉を開いた。


ギィ……。

 古びた扉が、軋んだ音を立てる。

 その瞬間、部屋の中にいた子供たちが、一斉にこちらを振り向いた。

 薄暗い室内には、すえた臭いが充満していた。

 窓からの光はほとんど届かず、壁も床も、長い間手入れされていないように見える。

 そんな部屋に、扉から差し込んだ西日が細長く伸びた。

 光に照らされた子供たちの顔が、少しずつ浮かび上がる。

黄色い瞳。

青い瞳。

そして、灰色の瞳。

 三人とも、まだ幼い。

 けれど、その瞳には――はっきりとした怯えが潜んでいた。


 私たちを見つめる目は、まるで次に何をされるのかと警戒しているかのようだった。


……無理もない。

 ここで、どんな扱いを受けてきたのか。

 それを考えれば、突然現れた私たちを簡単に信じられるはずもないだろう。

 私は怖がらせないよう、一定の距離を保ったまま、できるだけ穏やかな声で話しかけた。

「大丈夫。怖がらなくていいよ。私たちは、君たちを助けに来たんだ」

 しかし、子供たちの表情は変わらなかった。

 むしろ、顔を強張らせ、身を縮めている。


……やっぱり、相当ひどい目に遭ってきたんだ。

 いきなり助けに来たと言われても、信じられないのだろう。


 どう声を掛ければいいのか。

 私が言葉を探していると、隣にいたローレンス様が口を開いた。

「お前たちは、アーデンヴァルト王国の出身だろう?」

 三人の肩が、ぴくりと揺れた。

「うまくいけば、親元へ帰してやれる。……それとも、ここに残りたいのか?」

 すると、一番大きな黄色い瞳の男の子が、ゆっくりと口を開いた。

「……でも、帰ったって……また、売られる」

 そう言うと、男の子は俯いてしまった。

「……何?」

 思わず聞き返しそうになったが、私は言葉を飲み込んだ。

 ローレンス様も、わずかに眉を寄せている。

「お前たちは、攫われてきたんじゃないのか?」

「…………」

 男の子は、それ以上答えなかった。

 小さな手をぎゅっと握りしめ、ただ俯いている。

 すると、少し小柄な青い瞳の女の子が、ぽつりと口を開いた。

「偉い人が……子供を集めに来るの」

「……偉い人?」

「うん。だから、帰っても……すぐ連れて行かれちゃう」

 女の子はそう説明すると、再び空の魔石を手に取り、黙々と魔力を込め始めた。

 まるで、そうすることが当たり前であるかのように。


……どういうことだろう。

ただ誘拐されてきたわけではない?

 それとも、故郷に帰っても安全ではないということなのだろうか。

 考えれば考えるほど、疑問が増えていく。

 けれど、今ここで考え込んだところで、答えが出るわけではない。

 まずは、この子たちを安心させることが先だ。

 私は気持ちを切り替え、できるだけ明るい声で尋ねた。

「ねえ、お腹は空いていない? よかったら、私たちと一緒にご飯を食べよう?」

 すると、女の子は不安そうに私を見上げた。

「……でも、終わらせないと怒られちゃう」

「大丈夫だよ」

 私は安心させるように微笑んだ。

「君たちにひどいことをしていた人たちは、もういないんだ。だから、怒られる心配はないよ。もう、魔石に魔力を込めなくてもいいんだ」

「……本当?」

「うん。本当だよ」

 そう答えてから、私は子供たちの足元に目を向けた。

三人の足には、足枷がはめられている。

「だから、まずはそれを外そうか」

 すると、今まで黙っていた一番大きな男の子が、顔を上げた。

「……ねえ」

「うん?」

「本当に……信じていいの?」

 つぶらな瞳が、まっすぐに私を見つめていた。

 その瞳の奥には、ほんの小さな光が宿っている。

 けれど、それはまだ、簡単に信じることのできない不安と隣り合わせの光だった。

 私は何と答えればいいのか、一瞬だけ迷った。


絶対に大丈夫。

もう二度と、こんな目には遭わせない。

 そう言ってあげたい。

 けれど、今の私に、そこまでの約束をしていいのだろうか。

 私が言葉を探していると、ローレンス様が一歩前へ出た。

「俺は、この国の王子だ」

 その言葉に、三人の視線がローレンス様へと集まった。

「君たちを保護し、安全を確約しよう」

 そして、ローレンス様は軽く頭を下げた。

「……君たちが置かれている状況に気づくのが遅くなってしまった。すまない」

「…………」

 私は思わず、ローレンス様を凝視してしまった。

まさか……。

 ローレンス様が、子供たちに謝るなんて。

 これは、ダントン伯爵がしたことだ。

 ローレンス様自身には、何の責任もないはずなのに。


……どうして、そこまで……。

 そんな私の思いをよそに、青い瞳の女の子が不思議そうに首を傾げた。

「……かくやくって、なに?」

……あ。 確約、か。

 確かに、五歳や六歳くらいの子には、難しい言葉かもしれない。

私はしゃがみ込み、女の子と目線を合わせた。

「約束する、ってことだよ」

「……やくそく?」

「うん。君たちを守るって、約束してくれたんだよ」

 女の子はローレンス様を見つめた。

 そして、隣の男の子たちも、互いの顔を見合わせる。

 やがて三人は、ゆっくりと頷いた。


……よかった。

 ほんの少しだけれど、信じてくれたのかもしれない。

 私たちは子供たちに近づき、足枷を外していった。

 金具が外れるたびに、かちゃり、と乾いた音が響く。

 長い間、自由を奪っていたものが、一つずつ取り除かれていく。

 けれど、そこで私は一つ気になることがあった。

 一番小さな男の子が、最初から一言も話していないのだ。

 灰色の瞳をしたその子は、私たちを見ているものの、何も言わずにじっと立っていた。


……大丈夫だろうか。

 私は心配になり、男の子の前にしゃがみ込んだ。

「君も、もう大丈夫だよ。外まで歩ける?」

 男の子はしばらく私を見つめたあと、こくん、と頷いた。

 その様子を見ていた一番大きな男の子が、ぽつりと教えてくれた。

「……テオは、喋れなくなったんだ」

「え……?」

 私は思わず、テオと呼ばれた男の子を見た。

「前は話せたの?」

「うん。でも、ここに来てから……話せなくなったんだ」

「…………」

 ここに来てから。

 その言葉が、重く胸に響いた。

 精神的なショックが原因なのだろうか。

 それとも、喉に何か問題があるのだろうか。

 今の段階では、判断できない。

「……そっか」

 私はテオの頭をそっと撫でた。

「帰ったら、お医者様に診てもらおうね。……喉は痛くない?」

 テオは小さく首を横に振った。


……やっぱり、心の傷なのかもしれない。

もちろん、素人判断はできないけれど。

 今は無理をさせず、安心できる環境を整えることが先だろう。

 そう考えていると、ローレンス様の声がした。

「行けるか?」

 振り返ると、ローレンス様が女の子を抱き上げていた。

「……えっ!? どうしたんですか?」

「右足を強く打たれているようだ。医者に診せるまでは、歩かせない方がいいだろう」

「私が抱えます!」

 そう言って手を伸ばしたが、ローレンス様は首を横に振った。

「いや、いい。アレンは残りの二人を頼む。無理をさせないようにな」

「……分かりました」

「では、行こう」

 そう言って、ローレンス様は颯爽と歩き出した。

 私は二人の様子を確かめながら、その後に続いた。

 こうして、三人の子供たちは、ようやくあの薄暗い部屋から解放されたのだった。

◇

 屋敷を出た私たちは、レノンさんに子供たちを託したあと、再び屋敷へと戻った。

 目的は、魔石の回収だ。

私たちは、完成した魔石と空の魔石を運び出した。


……とはいえ。

すべてを持ち帰るのは、さすがに無理がある。

 そこで、どうしても運びきれない分については、以前通った川へと投げ捨てることにした。

 そうして必要な作業を終える頃には、すっかり日が暮れてしまっていた。


「……そろそろ戻ろう」

 ローレンス様の言葉に頷き、私たちは馬に乗った。

 今夜の宿は、レノンさんが手配してくれている。

 子供たちの存在を第三者に目撃されると、後々厄介なことになりかねない。

 そのため、三人には荷物を入れるための大きな袋に入ってもらい、できるだけ人目につかないように移動することになった。

 もちろん、息苦しくならないよう、十分に配慮したうえでのことだ。


そして――。

私たちは、何事もなく宿へと到着した。

◇

「……あの、レノンさん?」

 宿の部屋に入って早々、私は思わず声を掛けていた。

ーーーというのも。

「では、食事を手配している間に、私が子供たちの湯浴みを済ませます」

 レノンさんが、そんなことを言い出したからだ。

 いや、確かに子供たちは何日も風呂に入っていないらしい。

 身体を清潔にするのは大切だし、本人たちにとっても気持ちがいいだろう。


……けれど。

「その子、女の子ですよ?」

 私は、ルーナを見ながら言った。

 見た目は五歳か六歳くらい。

 まだ幼いとはいえ、知らない男性に裸を見られるのは嫌だろう。

 そう思って注意したのだが――。

 レノンさんは、心外だと言わんばかりにこちらを振り返った。

「何をおっしゃるのですか?」

「……え?」

「たとえ主人が成人した女性であろうとも、そういう目で見ないのが侍従というものです!」

「…………」

「ですから、アレンさんよりも、私の方が安全なのですよ!」


…………。

……いや、ちょっと待って。

言いたいことは分かる。 分かるけれど。


……こういう時、自分が女だって言えないのが辛い。

 私は、内心で頭を抱えた。

 男に成りすましている以上、主張を続けるわけにもいかない。

 しかも、レノンさんは今、公私混同など決してしません、と言わんばかりの真剣な顔をしている。


……ならば。

ならば、どうしてあなたは今ここにいるんですか?

そもそも、今回の任務は潜入調査ですよね?

侍従の仕事ではありませんよね?

……と、言いたい。

けれど、言えない。 言えるはずがない。


 結局、私は引きつりそうになる笑顔をどうにか保ち、レノンさんを信じて任せることにした。


……本当に、大丈夫だよね?

 そんな私の心配をよそに、ローレンス様が口を開いた。

「レノン、その子は右足を怪我している。動かさないように頼む」

「かしこまりました」

 レノンさんは恭しく頭を下げると、三人を連れて部屋を出ていった。


……行ってしまった。

 大丈夫だろうか。

 いや、レノンさんの言い分を信じるなら、問題はないはずなのだが。 どうにも、釈然としない。


 私は小さく息を吐き、ソファーに腰掛けているローレンス様へと視線を向けた。

 そして、先ほどから気になっていたことを尋ねてみる。

「……ローレンス様。さっき、どうして子供たちに謝ったんですか?」

「ん?」

「ローレンス様は何も悪くないですよね?」

 ダントン伯爵が行ったことだ。

 ローレンス様自身が、子供たちを傷つけたわけではない。

 それなのに、あの場で謝るなんて。

 私には、少し不思議だった。

 すると、ローレンス様は穏やかな表情で答えた。

「悪い、悪くないの問題ではないんだよ」

「……どういうことですか?」

「ダントン伯爵は、ハインデルト王国の貴族だ。その貴族が、他国の人間に危害を加えた」

 ローレンス様は、一度言葉を切った。

「……であれば、王家の俺たちにも、少なからず責任がある」

「…………」

「謝ったからといって、許されることではない。それでも、誠意を見せるのが王族としての務めだ」

 その言葉に、私は思わず黙り込んだ。


……そう、なのか。

 貴族の頂点に立つのが王族。

 爵位の叙任や解任を決めるのも、王家だ。

 その貴族が他国を巻き込むような問題を起こしたのであれば、王家にも責任がある。

 そういうことなのだろうか。


……私は、何も分かっていなかった。

 ローレンス様が子供たちに謝ったのは、単なる個人としての謝罪ではない。

 王族として、自分たちの責任を認めたうえでの行動だったのだ。

 自分の浅はかな考えに、恥ずかしさを覚えた。

「……ありがとうございます。勉強になりました」

 そう告げると、ローレンス様は小さく笑った。

「そうか。なら、よかった」

 そして、少し真剣な表情に戻ると、話題を変えた。


「ところで、アレン。さっき子供たちが話していたことだが……」

「はい?」

「国へ帰っても、また売られると言っていただろう?」

「……はい」

「君は、アーデンヴァルト王国について、どの程度知っている?」

「衰退した国だとは聞いておりますが、詳しい事情までは知りません」

「……そうか」


 ローレンス様は頷くと、以前、書物で読んだというアーデンヴァルト王国の歴史について、詳しく教えてくれた。

 魔法の国と呼ばれた豊かな王国。

 強大な魔力を持つ女王。

 そして、女王が討たれたことで始まった衰退と、他国からの侵攻。

 さらに、魔力を持つ民が高値で取引され、子供たちが誘拐の対象になっていること。

 話を聞けば聞くほど、胸が重くなった。


……豊かな魔法の国、か。

 今では、その面影も残っていないのだろう。

「俺が知っている情報も、そう新しいものではない。それに、女王が討たれてからは国交も途絶えている」

 ローレンス様は腕を組み、考え込むように視線を落とした。

「今回の件を機に、一度詳しく調べることも視野に入れた方がよさそうだな」

「……そうですね」

「それと、子供たちを医者に診せる件だが、明日、王宮へ戻ってからにしようと思う」

「分かりました」

 私は頷いた。

 確かに、ここで慌てて動くより、王宮に戻ってから適切な医師に診せた方がいいだろう。

 特に、テオのことが気がかりだった。

 どうか、少しでも早く元気になってくれますように。


そう願っていると――。

「ただいま戻りました」

扉が開き、レノンさんが子供たちと一緒に戻ってきた。

「……わぁ!」

 思わず声が漏れた。

 三人とも、見違えるほど綺麗になっていたのだ。

 薄汚れていた髪は洗われ、本来の色がはっきりと分かる。

 顔についた汚れも落ち、先ほどまでとはずいぶん印象が違っていた。


……よかった。

 少しでも、気持ちがさっぱりしてくれていたらいいのだけれど。

 それから、私たちは部屋で食事を取ることにした。

子供たちも、久しぶりのまともな食事だったのだろう。

 最初は遠慮がちだったものの、少しずつ食べ進めていった。

 食事の合間には、三人の名前や年齢についても聞くことができた。

 一番大きな男の子は、八歳のリオン。

 青い瞳の女の子は、六歳のルーナ。

 そして、一番小さな男の子が、五歳のテオ。

 三人とも、まだまだ幼い。

 こんな子たちが、あんな場所で働かされていたなんて……。

 改めて考えると、胸が痛んだ。

 けれど、今はもう大丈夫。

 少なくとも、今夜は安心して眠れるはずだ。


そう思っていたのだが――。

 食事が終わった頃、レノンさんがとんでもないことを口にした。

「では、私と子供たちは隣の部屋で休みます。アレンさん、ローレンス様をよろしくお願いします」

「…………」

……え?


私は、思わず部屋を見回した。

ソファー。

ダイニングテーブル。

そして、奥にはベッドルーム。

……以上。

 ゲストルームなど、どこにもない。

つまり。

……それは、非常にまずい。


 この部屋に泊まるのは、ローレンス様と私。

 そして、レノンさんと子供たちは隣の部屋。

……いやいやいや!

ちょっと待ってください!

 私は慌てて、ローレンス様の寝支度を始めようとしているレノンさんを呼び止めた。

「あの、レノンさん?」

「はい、何でしょう?」

「私が子供たちと一緒に寝ましょうか?」

 そうすれば、ローレンス様のそばを離れずに済むし、子供たちも安心できるのではないだろうか。

 我ながら、悪くない案だと思ったのだが――。

「アレンさん」

 レノンさんは、真剣な表情でこちらを振り返った。

「護衛の貴方が、ローレンス様から離れてどうするのですか!」

「……それは、そうですけど」

「それに、ルーナさんだって、知らない男性と一緒では安心して眠れないでしょう?」

「…………」

「その点、私は湯浴みを許された身。私の方が適任です」

…………。

……いや。

言っていることは分かる。

 護衛対象から離れるのは、確かに問題だ。

 ルーナが知らない男性と一緒に寝るのを不安に思う可能性だってある。

 そして、レノンさんなら、子供たちを安心させてくれるだろう。


理屈は分かる。 分かるのだが……。

……なんだか、納得できないのは私だけだろうか。

 だが、これ以上反論したところで、きっとまた言い負かされるだけだ。

 私は諦めて、レノンさんを見送ることにした。

「……分かりました。よろしくお願いします」

「お任せください」

 レノンさんは満足そうに頷くと、ローレンス様の湯浴みを済ませてから、部屋を出ていった。


……こうして。

 子供たちの救出という大仕事を終えた私たちの夜は、何とも言えない気まずさを残したまま、静かに更けていくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。