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灰色王子のバラ色観察日記  作者: こさか りね


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37/50

ヴィンセル視点

 アレンシアとローレンスが屋敷へと潜入している頃――。

 ヴィンセルもまた、自分なりの目的を果たすために動いていた。


「叔父上、今よろしいですか?」

 オレは特殊部隊室の奥にある団長室へ向かい、扉を開けた。

 すると、机に向かって書類を捲っていた叔父が、ちらりとこちらに目を向けた。


「おい。仕事中は団長と呼べ」

「……はい、団長」

「それと、昨日はご苦労だったな」

 叔父は一度手を止めると、眉間に皺を寄せた。

「……で、どうした?」

 その問いに、オレはすぐには答えられなかった。


 何を、どこから話すべきか。

 頭の中で言葉を整理してから、意を決して口を開いた。

「団長は……知っていたんですよね?」

「何をだ?」

「……アレンシアのことを」


 その瞬間。

 叔父の目つきが、明らかに変わった。

 先ほどまで書類に向けられていた視線が、鋭くオレを射抜く。

「…………」

 短い沈黙。

 そして、低い声が返ってきた。

「……お前、何故それを?」


 やっぱりか。

 その反応だけで、確信が持てた。

「……実は、昨日の任務でアレンが斬られまして――」

「何!?」


 ……え?

「どうして昨日報告しなかった!? 怪我の具合はどうなんだ!!?」

「…………」

 話の途中であり、まだ最後まで話していない。

 それなのに、叔父は机から身を乗り出さんばかりの勢いで問い詰めてきた。

 その剣幕に、オレは思わず言葉を失った。


ーーーいや、ちょっと待て。

 確かに、特殊部隊の任務は危険と隣り合わせだ。

 怪我をすることだって、命を落とすことだってある。

 そして、その危険性を誰よりも理解しているのは、特殊部隊を率いる叔父自身のはずだ。

 だからこそ、普通ならまず状況を確認し、冷静に対処するはずなのに……。


……これは、いったい何なんだ?

 ただの教え子に向ける反応とは思えなかった。

 少なくとも、普段の叔父なら、こんなふうに取り乱すことはない。

 もし相手がほかの隊員だったら、もっと落ち着いて話を聞いていたはずだ。


……つまり。

 アレンに、何か特別な感情があるんじゃないのか?

 そう考えずにはいられなかった。

「団長、話は最後まで聞いてください」

「……っ」

「アレンは斬られていません。刃が服を掠めただけです」

 その言葉を聞いた途端、叔父の表情が変わった。

 張り詰めていた眉間の皺が緩み、あからさまに安堵した顔になる。


 ……おいおい。

今の反応、見間違いじゃないよな?

「……叔父上?」

 思わず、普段の呼び方が口をついて出た。

「……何だ?」

 叔父は一瞬こちらを見たあと、すぐに付け加えた。

「そして、団長だ」

「いや、今は甥として聞きたいことがある」

「……何だ?」

 オレは叔父の目を真っ直ぐに見つめ、尋ねた。

「アレンに、特別な感情を持っているのか?」

 すると、オレと同じオレンジ色の瞳が、真正面からぶつかった。

 叔父はしばらく黙っていたが、やがて淡々と答えた。

「あいつは教え子だ。それ以上の感情はない」

「……そう」

 返事をしながらも、オレは叔父の顔を観察していた。


……本当だろうか?

 この叔父は、昔から何を考えているのか分からないところがある。

 表情ひとつ変えずに、とんでもないことをやってのける人間だ。

 だからこそ、今の言葉をそのまま信じていいものか、判断がつかなかった。

 だが、ここで問い詰めても答えは変わらないだろう。

 オレは一度息を吐き、今度は自分の話をすることにした。

「実はオレ、昨日の任務でアレンの肌を見てしまったんだ」

「……何?」

 叔父の目が、再び鋭くなる。

「それで、アイツが女だと知った」

「…………」

「だから、責任を取ろうと思うんだけど……叔父上、それでもいいか?」

 言ってしまった。

 口にしてから、オレ自身が一番驚いていた。

 責任を取る。

 まさか、自分の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 しかし、昨日のことを考えれば、知らなかったでは済まされない気がしたのだ。


すると――。

ギロリ。

 叔父が、鋭い目でこちらを睨みつけた。

「……お前、あいつに何かしたのか?」

「っ、いやいや! そんなに怒らなくても、何もしてないよ!」

 思わず両手を振って否定する。

 何だ、その目は!

 まるで、オレが取り返しのつかないことをしたかのようじゃないか!

「ただ、結婚前の女性の柔肌を見てしまったんだ。責任を取るのが、男として当たり前だろう?」

 そう説明すると、叔父は頬杖をついた。

 そして、いかにも面倒くさそうな顔で言った。

「……あいつが責任を取れと言ったのか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「なら、義務感から求婚したところで、あいつが頷くと思うなよ」

「…………」

……それは。

 確かに、そうかもしれない。

 アレンは、そういうことを他人に強制されて受け入れるような性格ではない。

 自分のことは自分で決める。

 そういう芯の強さを持っている。

「……まあ、程々に頑張れよ」

「え?」

 思わず聞き返した。

 今、何と言った? 頑張れ?

「それと、このことは口外するな」

叔父はそれだけ言うと、再び書類へと視線を落とした。

「……分かってるよ」

オレは曖昧に返事をし、団長室を後にした。

◇

廊下を歩きながら、オレは先ほどの会話を思い返していた。


……本当に叔父上は、アレンに教え子以上の感情を持っていないのだろうか?

…………。

いや、分からない。

 叔父はオレよりも一枚も二枚も上手だ。

 本気で何かを隠されたら、見抜ける自信はない。

 もしかすると、先ほどの動揺だって、すべて演技だったのかもしれない。


……いや、さすがにそれは考えすぎか?

 けれど、あの反応はどう考えても普通ではなかった。

 アレンの怪我を聞いた途端、あれほど取り乱すなんて。


……まあ、今考えても答えは出ないか。

 オレは小さく息を吐いた。

 それよりも、今は自分のことだ。

 そもそも、先ほどは勢いで言ってしまったが……。

 まさか、自分から責任を取るなんて言葉が出るとは思わなかった。

 つい昨日まで、アレンのことは男だと思っていたのだ。

 一緒に任務をこなし、同じ部隊のバディで、しかも気に食わない奴として接してきた。

 それなのに、突然、女だと分かった。


……いや。

 女だと分かっただけなら、まだよかったのかもしれない。

 問題は、昨日の光景だ。

 ふと、あの瞬間が脳裏に浮かぶ。

 アレンの服が乱れ、その肌が目に入った。

そして――。

…………。

(っ……!)

 オレは慌てて頭を振った。

 駄目だ。 思い出すな。

 思い出したところで、どうしようもない。

 そもそも、あれは事故だった。

 故意に見たわけではないし、アレンだって責めてはいなかった。


……だから、余計に困るのだ。

あんなことがあったというのに、次に顔を合わせた時、今まで通りに接することができるのだろうか。


……どうすればいいんだ。

 今まで、女性と接する機会はほとんどなかった。

 家族以外の女性と、これほど近い距離で関わったことなどない。

 それに、相手は、あのアレンだ。

 男だと思っていた、いけすかない奴。

……そのはずなのに。


…………。

 ……そういえば。

 ふと、別の光景が頭に浮かんだ。

 あの時。

 アレンが、安心したように微笑んでくれた。あの柔らかな表情。

 いつもより少しだけ緊張が解けたような、穏やかな笑顔。


……可愛かったな

…………。

………………。

………………!!?

えっ!?


オレは思わず足を止めた。

 今、何を考えた?

 可愛かった?

 誰が?

 ……アレンが、か?


……嘘だろ?

 次に会った時のことを考えるだけで、妙に落ち着かない。

目を合わせていいのか。

今まで通りに話していいのか。

そもそも、アレンはオレのことをどう思っているのだろう。


……いやいやいや!

何を考えているんだ、オレは!

……次に会う時、どうすればいいんだよ……。

 答えは出ない。

 考えれば考えるほど、分からなくなっていく。


 結局、ヴィンセルは自室へと戻る道すがら、同じことを何度も考え続ける羽目になった。

 そして部屋に戻ってからも、寝台に腰を下ろし、腕を組んだまま悶々と思い悩むことになる。

 自分が抱き始めた感情の正体も。

 アレンにどう接すればいいのかも。

 何ひとつ、分からないまま。


――こうしてヴィンセルは、生まれて初めての恋心かもしれない感情に振り回され、途方に暮れることになったのだった。


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