揺れる世論
本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には
できる限り現実の知見を参考にしています。
ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。
気軽に読み進めていただければ嬉しいです。
秋田駐屯地の訓練棟で、
横田恵一佐による丹田瞑想の初訓練を終えた翌日。
小瀬川涼香の体験入隊には、
すでにカメラクルーが密着していた。
黒服の護衛が横に立ち、
横田一佐が淡々と説明し、
涼香は緊張しながらも笑顔を見せる。
その映像が――
熊谷真実のチャンネルで紹介された。
公開から一時間も経たないうちに、
コメント欄は炎上した。
◆賛否の爆発
「可愛い子を軍隊に入れるな!」
「持病のある女性を訓練に?危険すぎる!」
「いや、これは勇気ある挑戦だろ」
「弱さを克服する姿は応援したい」
「防衛省が後援って何事だ?」
「文科省まで?国家ぐるみのプロパガンダか?」
「美少女×自衛隊は新しいジャンルだな」
「俄かは知らんのか、横須賀の歌姫はだな〇▽□」
「秋田駐屯地の飯が美味いのはガチ」
「婚姻率が高く、嫁さんの美人度が高いのも、ガチ有名」
「横田一佐が出てる!普通科初の女性連隊長だぞ!」
賛否が入り乱れ、
SNSは瞬く間にトレンドを埋め尽くした。
涼香の名前は、
一夜にして全国区になった。
◆杜氏の動揺
五菱電気の自席で、
杜氏俊はスマホを握りしめていた。
(……こんなに広まるなんて……)
涼香の体験入隊は、
本来は「身体の器を整えるための訓練」であり、
軍事的な意味はほとんどない。
しかし映像は、
「華奢な美少女が自衛隊で鍛えられる」
という分かりやすい構図を持っていた。
そして――
それを仕掛けたのは、
間違いなく佐伯翁だ。
俊はため息をついた。
(完全に……掌の上だな)
◆横田一佐の反応
その頃、秋田駐屯地では、
横田恵一佐が広報班から報告を受けていた。
「横田一佐、動画が拡散しています。
賛否両論ですが、視聴数は急上昇中です」
横田は眉一つ動かさず答えた。
「想定の範囲内です。
小瀬川さんの訓練は、あくまで医学的・体質的な理由によるもの。
軍事的な意図はありません。
それを丁寧に説明すればよいだけです」
「はい。
ただ、横田一佐が映っていることで、
“女性連隊長の指導する美少女訓練”という構図が……」
横田は苦笑した。
「それは……まあ、仕方ありませんね」
◆小瀬川家の反応
東京・小瀬川家本邸。
大奥様は動画を見て、静かに頷いた。
「涼香は……よくやっているわね」
側に控える家令が言う。
「賛否はありますが、
“弱さを克服しようとする姿”として、
若い女性の支持が強いようです」
「それでいいのよ。
弱さを隠す時代は終わったの。
弱さを認めて、それでも前に進む姿が、
今の日本には必要なのよ」
大奥様の目は、
どこか遠くを見ていた。
◆安倍家の反応
山口の安倍家本邸。
当主は動画を見て、静かに笑った。
「……なるほど。
佐伯翁の仕掛けは、こう来たか」
側近が問う。
「問題はありませんか?」
「問題?
むしろ、これでよい。
小瀬川の娘は、国の象徴になる。
弱さを抱えたまま、強さを求める象徴に」
当主は画面を閉じた。
「杜氏俊も……逃げられなくなるだろうな」
◆涼香の反応
宿舎の部屋で、
涼香はスマホを見て震えていた。
「……こんなに……広まってる……」
俊は隣で言った。
「気にしなくていい。
君は君のために訓練しているだけだ」
涼香は首を振った。
「でも……応援してくれる人がいるのは……嬉しいです。
怖いけど……頑張りたい」
俊は胸が締め付けられた。
(この子は……本当に強い)
その頃、五菱商事の佐伯翁は、
静かに動画を再生していた。
「ふむ……悪くない。
横田一佐も、涼香嬢も、杜氏も……
それぞれが役割を果たしている」
翁は電話を取った。
「次の段階に進む。
“歩行訓練”と“姿勢矯正”を開始させろ。
本草学の薬草も投入する。
AIへのデータ送信も強化だ」
未来を見据えるような目で、
翁は静かに言った。
「この国は……変わるぞ」
後日、涼香は秋田での日々を宝物の記憶として話したという。
初日から全くストレスを感じなかったこと。
空気が綺麗で、食事が美味しかったこと。
人々が純朴で、警戒し続けなければならない東京とは、まるで違うこと。
すれ違う人、声を上げる人、振り返る人、その全てを警戒しなければならない東京は、異常な街であること。命がまだ続くのであれば、それは秋田での生活の賜物と彼女は、公言したという。




