秋田駐屯地・横田恵一佐との初対面
本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には
できる限り現実の知見を参考にしています。
ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。
気軽に読み進めていただければ嬉しいです。
秋田駐屯地の正門前。
冷たい風が吹き抜け、杜氏俊は思わず襟を立てた。
(こんな場所に……涼香さんを……)
不安は消えない。
しかし、もう流れは止まらない。
五菱商事、安倍家、小瀬川家、陸自――
すべてが「涼香の身体を強くする」という一点で一致していた。
門衛が敬礼し、
奥から一人の女性が歩いてきた。
階級章は――一佐。
普通科連隊長の証。
「初めまして。
陸上自衛隊秋田駐屯地・第21普通科連隊長、横田恵一佐です」
俊は息を呑んだ。
女性で一佐、それも普通科の連隊長。
前例はほぼない。
しかし横田の立ち姿は、
その異例を当然とするだけの威厳を備えていた。
「小瀬川涼香さん。こちらへ」
横田は涼香に向き直る。
その目は鋭いが、どこか柔らかい。
「まずは訓練棟へ。
走ったり跳んだりはしません。
あなたの身体には、別のアプローチが必要です」
涼香は緊張した面持ちで頷いた。
◆訓練棟・静寂の部屋
訓練棟の奥にある一室は、
畳敷きで、窓から冷たい光が差し込んでいた。
横田は静かに座り、
涼香に向かって手を差し伸べた。
「あなたの身体は、器が少し歪んでいます。
そのまま力を入れると、免疫が“守らなきゃ”と暴走します。
だから――まずは器を整えます」
涼香は息を呑む。
宗家の長が言っていた言葉と同じだった。
横田はゆっくりと呼吸を示す。
「丹田に気を溜める感覚を覚えてください。
お腹の奥に、静かに灯る火を想像するんです」
涼香は目を閉じる。
「吸うたびに、その火が大きくなる。
吐くたびに、身体の隅々まで温かさが広がる。
血が流れ、力が巡る。
あなたの身体は、あなた自身が守るんです」
涼香の肩が、ゆっくりと下がった。
呼吸が深くなる。
横田は静かに頷いた。
「そう。
それが“器を整える”ということです」
俊は横で見守りながら、
涼香の表情が少しずつ柔らかくなるのを感じた。
◆訓練後の変化
訓練が終わると、
横田は涼香を食堂へ案内した。
「糧食を食べてみてください。
身体が整うと、食が入るようになります」
涼香は恐る恐るスプーンを手に取った。
「……おいしい……!」
護衛たちが驚くほど、
涼香は嬉しそうに食べた。
まるで、今まで食べられなかったものが
急に身体に馴染んだかのように。
横田は遠くからその様子を見て、
静かに微笑んだ。
「まずは、これでいい。
身体が食を受け入れれば、強くなる」
俊は胸が熱くなった。
(涼香さん……本当に、強くなれるのかもしれない)
◆横田恵一佐の評価
食堂を出たあと、
横田は俊に向き直った。
「小瀬川さんは、軍事訓練はできません。
しかし――身体の器を整える訓練ならできます。
むしろ、彼女の体質には最適です」
「丹田呼吸は、免疫の暴走を抑えます。
自律神経を整え、血流を均一化し、
内臓の位置を正し、代謝を上げる。
彼女の病には、これが最初に必要です」
俊は深く頷いた。
「……ありがとうございます」
横田は続けた。
「次の段階では、歩行訓練と姿勢矯正を行います。
本草学の薬草も取り入れます。
五菱のAIにもデータを送ります」
俊は驚いた。
「そこまで……?」
横田は淡々と答えた。
「国家が動いています。
あなたも、もう気づいているでしょう?」
俊は言葉を失った。
◆涼香の決意
その日の夜。
宿舎の部屋で、涼香は俊に言った。
「……私、頑張ります。
怖いけれど……でも、強くなりたい」
俊は胸が締め付けられた。
「涼香さん……無理はしないで」
涼香は首を振った。
「無理はしません。
でも、できることは全部やります。
だって……生きたいから」
その言葉は、
俊の心に深く刺さった。
その頃、東京では――
五菱商事の佐伯翁が、
静かに電話を置いていた。
「横田恵一佐は、うまくやっているようだな。
さて……次の段階に進むとするか」
翁の目は、
まるで未来の地図を見ているかのようだった。
涼香が「女コング」となる世界線は消滅しました。
良かったです。




