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杜守(ともり)神社へ

本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には


できる限り現実の知見を参考にしています。


ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。


気軽に読み進めていただければ嬉しいです。

涼香の軽度発作から数日後。

杜氏俊(とし まさる)は、山口県境の山岳地帯にある、

自分の一族の“宗家”を訪れていた。


山道を登るにつれ、空気が変わる。

湿度が落ち、風が細くなる。

まるで、山そのものが呼吸を潜めているようだった。


宗家の屋敷は、山の斜面に張り付くように建っていた。

瓦は黒く、柱は太く、

古代の薬師寺を思わせる静謐な佇まいがある。


「俊か。久しいな」


出迎えたのは、宗家の長――

杜氏家の“本流”にあたる人物で、

俊の祖父の従兄にあたる老人だった。


その目は、

人を見るというより、

“その人の背後にあるもの”を見ているような深さがあった。


俊は深く頭を下げた。


「長様……涼香さんの病について、

どうしても伺いたいことがあります」


老人は静かに頷き、

奥の間へと俊を案内した。


部屋の中央には、

古びた巻物が一つ置かれている。


「俊。お前は、杜氏家の由来をどこまで知っておる?」


「……神に捧げる酒を醸す役職。

古代の宮司の家系だと」


「それは半分だ。古来、病への癒しも研究してきた」


老人は巻物を開いた。


そこには、

異国の女神の名が記されていた。


貪食とんこ


「天竺に伝わる女神だ。

我が子を守るため、敵を喰らい続け、

しまいには自らの肉まで喰らい尽くしたという」


俊は息を呑む。


老人は続けた。


「これは、ただの神話ではない。

“自己免疫疾患”を神話化したものだと、

我ら杜氏家は古くから考えてきた」


俊の胸が強く脈打つ。


老人は巻物の一節を指でなぞる。


「貪食は、子を守るために暴走した。

子の害となるかもしれぬ自らを滅するほどに。

涼香の病も同じだ。

弱い身体を守ろうとして、免疫が暴走しておる」


俊は、涼香の震える指を思い出した。


「……では、どうすれば」


老人は静かに答えた。


「まずは“予防”だ。

貪食が暴れぬよう、身体の強度を上げること。

免疫が“守らねば”と思わぬようにする」


「身体の強度……」


「食、睡眠、精神の安定。

そして、古来より伝わる“醸し薬”だ。

発酵の力は、免疫を整える。

これは医学よりも古い知恵だ」


俊は深く頷く。


老人はさらに続けた。


「根本治療は――

“貪食を制御すること”だ」


「制御……?」


「免疫の暴走を、意志で鎮める。

身体の内側で起きている戦いを、

外側から指揮する術を身につけるのだ」


俊は息を呑む。


「そんなことが……可能なんですか」


「可能にするのだ。

AIの集合知と、杜氏家の古代知識。

その二つを合わせれば、

“貪食の暴走パターン”を読み解ける」


老人は俊の目をまっすぐ見た。


「俊。お前は、涼香を救うためにここへ来た。

ならば――

杜氏家の血を使え。

古代の知恵を使え。

そして、AIを使え」


俊の胸が熱くなる。


老人は巻物を閉じた。


「涼香の病は、神話の中に答えがある。

貪食を鎮める術を見つけよ。

それが、お前に与えられた役目だ」


俊は深く頭を下げた。


「……必ず、見つけます。

涼香さんを救う方法を」


老人は静かに微笑んだ。


「ならば行け。

貪食の暴走は、もう始まっておる」


俊は屋敷を出ると、

山の風が強く吹き抜けた。


その風は、

まるで背中を押すようだった。


(涼香を救う。

そのためなら、古代でもAIでも、

何でも使う)


俊は拳を握りしめた。


宗家で授かった言葉が、

胸の奥で静かに燃え続けていた。

偉大な祖先の教えを胸に、決意も新たに俊の挑戦が始まります。

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