軽発作
本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には
できる限り現実の知見を参考にしています。
ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。
気軽に読み進めていただければ嬉しいです。
視察の説明が続く中、
涼香は隣で静かに頷いていた。
だが――
その指先が、ふと震えた。
最初は風のせいかと思った。
薄いワンピースの袖口が揺れ、
指がかすかに震えて見えただけだった。
しかし次の瞬間、
その震えが“止まらなく”なった。
「涼香さん?」
俊が声をかけると、
彼女はゆっくり瞬きをした。
その瞬きが、妙に長い。
まるで、
目を閉じたまま戻ってこられないかのように。
「……大丈夫、です……」
言葉は出た。
だが、声が細い。
息が浅い。
黒服の護衛が即座に動いた。
「お嬢様、脈を確認します」
「いえ……大丈夫……少し、疲れただけ……」
涼香は笑おうとした。
だが、その笑みは形にならない。
頬の血色が、みるみるうちに引いていく。
白い。
陶磁器のように。
俊の胸が、ぎゅっと掴まれた。
(来た……発作の前兆だ)
護衛が小声で言う。
「指先の震え、瞬きの遅延、顔色の変化……
軽度の発作の兆候です。
すぐに休ませます」
「涼香さん、座ろう。ほら」
俊が手を差し出すと、
涼香はその手を掴んだ。
その握力は弱い。
まるで、指先から体温が抜けていくようだった。
「……ごめんなさい……せっかく……来てくださったのに……」
「謝らなくていい。涼香さんは悪くない」
彼女はゆっくりと座り、
深呼吸を試みるが、
胸が上下するたびに苦しげな音が漏れる。
護衛が薬の入った小さなケースを取り出した。
「補助剤を投与します。
これで数分で落ち着くはずです」
涼香は震える指でケースを受け取ろうとしたが、
指が思うように動かない。
俊はそっと手を添えた。
「俺が持つよ」
涼香は、弱々しく頷いた。
薬を飲み込むと、
数分後、呼吸が少しずつ整い始めた。
だが――
その間の沈黙は、
俊にとって“永遠”のように長かった。
涼香は、かすかに笑った。
「……すみません。
こういうこと、たまに……あるんです」
「たまに、で済む話じゃないよ……」
俊の声は震えていた。
涼香は、彼の手をそっと握り返す。
「でも……あなたが来てくれて、嬉しかった……」
その言葉は、
弱いのに、
まっすぐで、
胸の奥に深く刺さった。
(この子は……本当に、時間がない)
黒服が静かに告げる。
「お嬢様の発作は、軽度でも油断できません。
次が重度であれば……」
言葉は続かなかった。
続けられなかった。
俊は、涼香の手を握りながら、
胸の奥で静かに決意した。
(必ず救う。
AIでも、古来の知識でも、何でも使う。
この子の命を……絶対に)
風が吹き、
データセンターの白い仮設建物が静かに揺れた。
その揺れは、
まるで未来が、
二人を試すようだった。
二人に残された時間は?俊に焦りの心が生まれます。
彼は、ある決意をすることになります。




