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AIデータセンター

本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には

できる限り現実の知見を参考にしています。

ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。

気軽に読み進めていただければ嬉しいです。

数週間後、杜氏とし まさるは、

五菱電気・新規事業開発本部の会議室で、

一連の資料を前に固まっていた。


「……これ、本気でやってくれるのか?」


机上に置かれた分厚いファイルには、

安倍あんべコンツェルンと五菱電気の共同事業――

「次世代AIデータセンター構想」

のロゴが印刷されている。


本来は経理部門からの出向として、

予算管理や投資判断の補助をするだけのはずだった。


だが、先日の“婿取り宣言”と、

涼香の震える指先の白さが、

まだ胸の奥に残っている。


(発作が起きれば、数時間で命を落とす……)


涼香の父の湿った声が、耳の奥で反芻する。


「杜氏さん、来ました?」


会議室のドアが開き、

新規事業開発本部の主任・佐藤が顔を出した。

合コンの幹事を務めた、あの後輩だ。


「先日は……すみませんでした。色々と」


「いや、いいよ。色々と、な」


二人は苦笑し合うが、

俊の胸の奥には、あの夜以来の“厳しい現実”が重く沈んでいた。


佐藤は資料を指で叩く。


「これ、杜氏さんが以前、提案してたやつですよ。

AIの集合知を医療に使うって案。

上層部を本気で動かすことになりました」


「……俺の、案?」


「そうです。特に“免疫疾患の新薬開発”の部分が評価されて。

五菱と安倍コンツェルンの共同事業として、

正式にプロジェクト化されました」


俊は、資料の一文に目を通す。


《免疫暴走の予兆検知アルゴリズム》

《自己抗体パターン解析》

《古来薬草・発酵成分データベース統合》


(……涼香の病だ)


あの夜、お祖母様が言った言葉が蘇る。


「元気なうちに、婿取りを」


あの冷徹な宣言は、

涼香の病が“時間との戦い”であることを示していた。


佐藤が続ける。


「杜氏さん、プロジェクトの副責任者に抜擢されました。

経理からの出向じゃなく、正式な異動です」


「……は?」


「上層部が言ってましたよ。

“杜氏の家系は古代の醸造と薬学に通じる。

AIと組み合わせれば、新しい医療が生まれる”って」


(あの家の……あの祖母の……)


昨夜の応接間の冷たい空気が、

背筋をひやりと撫でた。


佐藤は、少し声を落とす。


「それに……安倍(あんべ)コンツェルン側から、

“杜氏俊を指名する”って要請があったらしくて」


「指名……?」


「小瀬川COOの直々です。

“娘の病の治療に必要な人材だ”って」


胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。


涼香の震える指。

長い瞬き。

白い顔色。

合コンでの不器用な態度。

そして――

「あなたに逢いたいと」


祖母の言葉が、静かに沈んでいく。


佐藤が言う。


「今日の午後、データセンターの現地視察があります。

杜氏さんも同行してください。

……これ、人生変わりますよ」


人生が変わる――

その言葉は、先日の“婿取り宣言”よりも重く響いた。


涼香の命を救う可能性があるなら。

あの震える指を、もう二度と見たくないなら。


俊は、資料を閉じた。


「……行くよ。俺がやる」


その声は、

自分でも驚くほど静かで、

しかし揺るぎなかった。


午後。

五菱電気・新規AIデータセンター建設予定地。


巨大な敷地の中央に、

白い仮設建物が並び、

無数の光ファイバーが地中へと伸びている。

地下構造物は完成しているのだ。


その手前に――

涼香が立っていた。


風に揺れる薄いワンピース。

袖口を握る指は、以前よりも少しだけ血色が戻っている。

この数週間、二人はそれなりのお付き合いを楽しむことが出来た。

黒服の護衛付きながら、買い物や食事に出かけることも多くなり、

涼香の顔色は以前よりも血色が良くなっていた。


彼女は俊を見つけると、

ほんの少しだけ、嬉しそうに目を細めた。


「……来てくださったんですね」


その声は、

先日の震えとは違い、

確かな温度を持っていた。


俊は、胸の奥で静かに思う。


(この子の命を……俺が、いや人類が彼女を救う)


スーパーコンピューターを用いた新薬開発が、機関車に牽引される貨車列車による一点突破だとすれば、

AIを用いた集合知によるそれは、動力分散型の電車タイプである。

加えて、このシステムには能動的にあるテーマへの機械学習の深度化と蓄積が事前に組み込まれていた。

もちろん「自己免疫疾患」に対しての、有象無象の噂話程度のものから、海外の学会発表の論文まで、すでに取り込み済みであった。

センターの建築中も、システムはアジャイル的に開発が続けられ、基幹システムは稼働を始めている。

それは小瀬川家と安倍(あんべ)家の儚くも切実な願いのあらわれだった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

物語はまだ始まったばかりですが、

二人の関係と、彼らを取り巻く大きな流れが少しずつ動き始めています。

次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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