番頭家
安倍家と小瀬川家──
古代から続く名家の歴史は、時に人の運命を静かに形づくる。
室町の戦場で殿を務めた俊臣の忠義は、
小瀬川という姓を生み、
やがて家老、そして番頭として御屋形様を支える家系へと繋がっていく。
今回は、涼香の父が語る“小瀬川家の歩み”を通して、
俊自身の名前に宿る因縁と、
涼香の家族が背負ってきた重みを描いていきます。
歴史は遠い昔の物語ではなく、
今を生きる者の心にも静かに影響を与える──
そんな一幕をお楽しみください。
世間では一時ほど涼香に対するバッシングが酷くはなくなっていた。
「財閥って言っても、番頭さんの娘さんなんだって」
「治療法が見つからない病気なんだって」
「それって本人のせいじゃないよね」
「それって、どっちのこと?」
「どっちもよ、生まれも病気も」
そんな会話があちこちで行われていた。
「まあ、その番頭家の大奥様に財閥の御屋形様が頭が上がらないという情報が出てしまえば、また騒がれるんだろうがな」
現当主である涼香の父が、俊にこぼした。
彼もすっかり有名人になり、和服に前掛け大福帳を持って「番頭ですが…」と言っている画像はネットミーム化していた。
「さて、それでは今日の授業だが、小瀬川の姓を賜った”小瀬川の戦い”について教えよう」
「はい、よろしく、お願いいたします」
すっかり家風に馴染んだ俊は、諦めきった表情で頭を下げる。
「その頃は、名族とは言えすっかり衰退して大内氏に半ば服属していた安倍氏であるが、永享六年の手伝い合戦で周防国玖珂郡・小瀬川の渡河点で、安倍氏本家の当主を護衛していた分家の俊臣は、敵勢約五十名に包囲されながらも殿を務め、当主を安全に撤退させた。
俊臣は深手を負いながらも最後まで戦い抜き、その忠義と武勇は大内氏の家臣団にも広く知られることとなった。
その功績を称え、安倍氏当主は俊臣に対し、
「そなたが守り抜いたこの地の名を、永く家名とせよ」と述べ、
戦場となった 小瀬川 の地名を姓として与えた。
こうして、安倍氏分家は 小瀬川氏 を名乗ることとなったそうだ」
「はあ、50名の敵勢ですか…」
「まあ当時としても小規模な戦闘で、どの歴史書にも残っていないそうだ」
「なるほど」
「そういえば初代の諱は俊臣で、君の俊と同じ漢字だよ。何か因縁を感じるね」
涼香の父がからかうように言った。近くで涼香が「運命を感じますね」とご満悦だったので、彼はちょっと不機嫌になったが…父は続けた。
「それ以来、小瀬川家は御本家の家老格として代々仕え、明治を迎えると番頭として活躍することになる」
俊は首を傾げた。
「あれ?戦国時代や江戸時代の話は伝わっていないのですか」
俊が不思議がるが、
「大内が滅んだ後は毛利、その後は豊臣と徳川に。
陪臣扱いの御本家の家老職に、何のドラマが有ろうことか……」
父は肩をすくめた。
「それよりも番頭になってからが独壇場でな。
昭和恐慌も戦後の不況も、バブル崩壊も──
適切な運営で御屋形様をお助けしてきたと言われている」
俊は思わず息を呑んだ。
小瀬川家は、ただの“古い家”ではなく、
近代日本の荒波を何度も乗り越えてきた“実務の家”だったのだ。
父は少し声を落とした。
「特にな、涼香のお祖母様は、何度も会社の危機を救ったらしい。
まだここ数十年のことだから、私にも教えられないことだそうだ」
その言葉を聞いた瞬間、、涼香の背中が少し伸びていた。
大好きなお祖母様の話題になると、
涼香はいつも誇らしげになる。
その姿は、どこか幼い頃の記憶を思い出しているようでもあり、
俊には少し眩しく見えた。
「……すごい家なんですね」
俊がぽつりと呟くと、
涼香は嬉しそうに笑った。
「俊さんも、その家の一員になってくれたじゃないですか」
今回もお読みいただきありがとうございました。
小瀬川家の由緒は、室町の戦場から始まり、
家老、番頭、そして現代の企業経営へと続く、
静かで力強い歴史の積み重ねです。
俊の名に宿る“俊臣”の因縁、
涼香の祖母が背負ってきた重責、
そして涼香自身が感じている家の誇り──
それらが少しずつ、俊と涼香の関係にも影響を与えていきます。




