新婚生活
本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には
できる限り現実の知見を参考にしています。
ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。
気軽に読み進めていただければ嬉しいです。
杜氏俊と涼香の新婚生活は「入り婿」らしく、小瀬川邸で始まっていた。
何と敷地内には、渡り廊下で接続された別棟が2棟あって南側を大奥様が、東側を新婚夫婦で使うことになった。
名字も小瀬川になったが、仕事上は杜氏のままで使い分けることにした。
分家の出でもあるし、宗家からも何も言ってこなかった。
涼香が目覚めると、俊が彼女を守るように抱えていることに気が付いて赤面すること数日、特に今朝は僅かな体調の変化に気が付いていた。
(身体が芯から暖かい)
今までは俊に温めてもらい安眠が出来ていた。
今朝は、自らの体内から暖かさが湧いているように感じた。
俊を起こさないように、そっとベッドを降りると、ふわり。
身体が、擬音を招くような、軽やかな動きを見せる。
(これがわたし?)
確かに秋田の駐屯地で、自分の体質が改善された認識は有った。
しかし、頭での理解と、身体と心の奥底から満たされている感覚は、これまでに無かったものである。
彼女はベッドを振り返り、涙ぐむ。
(俊さん、ありがとう。私を幸せにしてくれて)
朝食は本棟の食堂で摂るのが、小瀬川家の日常であった。
「あら」
お祖母様が涼香の顔を見るなり、何かに気が付いたような声を出していた。
「おはようございます」
そこは女性同士の阿吽の呼吸で、涼香も赤面しつつも、何事も無かった態で着席をする。
入り婿同志は、隣り合わせに座り、外交的な会話に終始する。
「どうだね、慣れたかな?」
「はい。皆様に大変良くして、いただいております」
「それは何より、僕の時はかなり厳しい指導があったものだが…」
お義父様の視線が、執事をさらりと撫でた。
お義父様の視線を受けた執事は、
まるで長年の軍務を思い出したかのように、
背筋をぴんと伸ばして一礼した。
「旦那様の頃は、まだ家のしきたりも厳しゅうございましたので」
お祖母様が、くすりと笑った。
「俊さんは、涼香を大事にしてくれているからね。
あの子の顔を見れば、わかるものだよ」
涼香は、思わず箸を止めた。
胸の奥が、またじんわりと温かくなる。
(……気づかれている)
自分でも驚くほど、
身体の軽さと温かさが続いている。
まるで、長い冬が終わり、
身体の奥底に春が差し込んだような感覚だった。
俊は、そんな涼香の変化を横目で見て、
静かに微笑んだ。
「涼香さん、今日の体調はどうですか?」
「……なんだか、軽いんです。
身体が、ふわっとしていて」
俊は頷いた。
「良い兆候です。
昨日の検査値も、炎症反応が下がっていました。
腸内環境が安定してきている証拠です」
お義父様が、感心したように言った。
「杜氏君。
君の研究は、こうして“生活の中”で結果が出るのだな」
俊は少し照れたように視線を落とした。
「僕はただ……
涼香さんが普通に暮らせるようにしたいだけです」
その言葉に、
涼香は胸がいっぱいになった。
(俊さん……)
彼女はそっと俊の袖をつまんだ。
その仕草は、誰にも気づかれないほど小さかったが、
俊には十分すぎるほど伝わった。
俊は、涼香の手をそっと握り返した。
「今日も、ゆっくり過ごしましょう。
身体が教えてくれる変化を、大事にしてください」
涼香は、静かに頷いた。
(……幸せって、こういうことなんだ)
その瞬間、
彼女の体内の温かさは、
さらに深く、柔らかく広がっていった。
今日は天気が良かったね。
それだけの会話で幸せを感じることがあります。
寝息を聞いて、安心できる日々もあります。
幸せのカタチは、その家それぞれで、
それで良いと思います。
無理をして、誰かに合わせる。
無理をして、子供の進路を決める。
それは「安らぎ」のある幸せから、
離れていく道です。
自分たちなりの幸せを見つけるのが、
夫婦の仕事だと感じています。




