令和の赤ひげ、腸を断ず
本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には
できる限り現実の知見を参考にしています。
ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。
気軽に読み進めていただければ嬉しいです。
将軍野駐屯地の医務室。
柳 貞明は、涼香の検査結果を静かに読み終えた。
横田一佐が問う。
「先生……どう見えますか」
柳は、涼香の前に椅子を引き寄せ、
まるで手術の切開線を描くような、
無駄のない言葉で語り始めた。
◆柳 貞明の“腸の講義”
「小瀬川涼香さん。
君の病気は――腸が鍵だ」
涼香は思わず息を呑んだ。
「腸……ですか?」
「そうだ。
腸内環境は、精神と免疫の両方を左右する。
これはもう、医学の常識になりつつある」
柳は指を一本立てた。
「まず精神。
腸内細菌は“幸せホルモン”のセロトニンを作る。
腸が荒れれば、心も荒れる。
不安、緊張、涙もろさ、睡眠の質――
全部、腸が引き起こす」
涼香は驚いた表情で聞き入った。
柳は次の指を立てた。
「次に免疫。
腸は免疫細胞の訓練所だ。
ここが乱れると、免疫は敵と味方の区別がつかなくなる。
君の肝臓を攻撃している“自己反応性キラーT細胞”は、
腸の乱れが引き起こした誤作動だ」
横田一佐が静かに補足した。
「制御性T細胞(Treg)が不足しているんですね」
「その通り。
免疫のブレーキ役であるTregは、
腸内環境が整えば自然に増える。
つまり――腸を整えれば、免疫の暴走は止まる」
柳は、涼香の目をまっすぐ見た。
「君の病気は、腸から治す。
生活の医学だ」
◆杜氏俊の構想を聞いて
横田一佐が言った。
「杜氏俊が“醸す技”を使って腸内フローラを活性化する計画を立てています。
臨床体制も整えつつあります」
柳は小さく笑った。
「杜氏の家の発酵技術なら、腸を整えることは十分可能だ。
腸内細菌は発酵食品の代謝物を好む。
生活と発酵を合わせれば、涼香さんの免疫は必ず味方になる」
涼香は胸に手を当てた。
「……私、治るんでしょうか」
柳は即答した。
「治る。
腸を整えれば、精神が安定し、免疫が味方になる。
君の身体は、まだ戦える」
◆佐伯翁の影と、誤認された黒幕
横田一佐がふと笑った。
「杜氏は、佐伯翁を黒幕のトップだと誤解しているようですが……
その方が都合がいいので、黙っておきます」
柳も苦笑した。
「佐伯の爺さんは情に弱い。
意気に感ずればすぐ肩入れする。
あれは家風だ。
黒幕に見えるのも無理はない」
涼香は不思議そうに首を傾げた。
「佐伯さんって……そんなにすごい人なんですか?」
柳は肩をすくめた。
「すごいというより、妙に人を動かす。
あの家は“情が移る”と、すぐに全力で助けてしまう。
杜氏俊が誤解するのも仕方ない」
◆柳 貞明の診断
柳は診断書を横田に渡し、
最後に涼香へ向き直った。
「腸を整えれば、精神が安定し、免疫が味方になる。
君の病は――生活と発酵で治す。
それが令和の医学だ」
涼香は、
その言葉を胸に刻んだ。
そして、
(黒幕って何?誤認してるって、誰が誰を?俊さんに話したらきっと、心配するだろうから、はっきりわかるまでは知らないことにしておこう。早く、俊さんに逢いたいな)
と、疑問には蓋をすることを決意していた。
史実の「赤ひげ先生」の物語も大変興味深いものが有ります。確か何かの小説のモデルになっていたのでは?と、確認したところ大館市十二所で史実で活躍した「赤ひげ先生」と山本周五郎著作の「赤ひげ診療譚」とは別の人物とわかりました。是非、ご紹介したいので、短編を挟みます。




