五菱商事・中間報告会議と赤ひげ先生
本作はフィクションですが、難病や医療制度についての描写には
できる限り現実の知見を参考にしています。
ただし、医学的な正確さよりも「登場人物の心」を優先しています。
気軽に読み進めていただければ嬉しいです。
朝から将軍野駐屯地はざわついていた。
「おい……大館から熊が来てるって噂だぞ」
「違う違う、あれは“赤ひげ先生”だ。昔、戦場で横田一佐と組んだ名医だってよ」
隊員たちの囁きが広がる中、
涼香は訓練前のストレッチをしていた。
そこへ、横田一佐が静かに言った。
「涼香さん。今日は特別な医師が来ます。
あなたの状態を、医学の視点から診てもらいます」
涼香は小さく頷いた。
◆五菱商事本社・中間報告会議
その頃、五菱商事本社の大会議室では、
杜氏俊が佐伯翁と佐伯隼人に向かって説明していた。
「赤ひげ先生には、涼香さんの免疫データをすべて共有済みです。
自己反応性キラーT細胞の暴走と、制御性T細胞(Treg)の不足。
肝臓への攻撃が続いている可能性が高いと伝えました」
佐伯翁が腕を組む。
「ふむ……赤ひげならば、生活と医学の両面から診るだろうな」
俊は続けた。
「杜氏一族の“醸す技”を使って、腸内フローラを活性化します。
Tregを増やし、免疫の暴走を抑える狙いです。
そして、この効果を定量化する臨床体制を構築します。
腸内細菌の変化、免疫細胞の比率、肝機能の改善……
全部、数値で追えるように」
佐伯隼人が感心したように笑った。
「俊、お前……根回しも人脈も、ずいぶん使いこなしてるじゃないか」
俊は照れながら言った。
「……涼香さんのためなら、何でもやります。
彼女が……毎日必死に訓練しているのを見ていると……
どうしても、助けたいんです」
佐伯翁は目を細めた。
「一皮も二皮も剥けおって……
挫折を経て、ようやく本物になったな」
俊は深く頭を下げた。
「赤ひげ先生の診断結果を受けて、
次の治療計画を固めます。
どうか、支援をお願いします」
佐伯親子は同時に頷いた。
◆将軍野駐屯地・赤ひげ先生の診察
午後。
駐屯地の医務室に、赤ひげ先生が現れた。
白衣ではなく、
山歩き用の古びたジャケット姿。
背中には熊よけの鈴が揺れていた。
「久しぶりだな、横田。
また厄介な患者を抱えているようだ」
横田一佐が敬礼する。
「先生。涼香さんです。
どうか、診てやってください」
赤ひげ先生は涼香の前に座り、
優しい声で言った。
「小瀬川涼香さん。
少し話を聞かせてくれんか」
涼香は緊張しながら頷いた。
「……はい」
赤ひげ先生は、
脈を取り、
腹部を軽く押し、
呼吸のリズムを確認し、
最後に涼香の目をじっと見つめた。
「ふむ……肝臓の炎症は、まだ引き切っていないな。
免疫の暴走が続いている。
自己反応性のキラーT細胞が、肝細胞を敵と誤認している」
涼香は息を呑んだ。病状の説明でも同じことを言われたが、改めて自分の身体の異常さに悔しさを覚える。
「……そんなことが、私の身体で……?」
「あるとも。
だが、希望はある。
制御性T細胞――Tregが増えれば、暴走は止まる。
腸内フローラを整えれば、Tregは必ず増える」
横田一佐が頷いた。
「杜氏俊さんが、腸内フローラを活性化する“醸す技”を使う計画を立てています」
赤ひげ先生は目を細めた。
「杜氏の家か……あの家の発酵技術なら、
腸を整えることは十分可能だ。
生活の医学と本草学を合わせれば、
涼香さんの免疫は必ず味方になる」
涼香は小さく息を吐いた。
「……治るんでしょうか」
赤ひげ先生は、
静かに、しかし力強く言った。
「治す。
君の身体は、まだ戦える。
そして――君を支える人間が、これだけいる」
涼香は目を伏せ、
涙をこらえた。
横田一佐がそっと肩に手を置いた。
「涼香さん。
あなたは、もう一人ではありません」
赤ひげ先生は立ち上がり、
熊よけの鈴を鳴らしながら言った。
「さて……杜氏俊の臨床体制が整い次第、
本格的な治療に入るぞ。
この子は必ず救える」
その言葉は、
将軍野の空気を震わせた。
佐伯親子ですが、本作品以外でも意気に感ずれば、情が移る傾向が強いです。
それを杜氏一族の長が、けったいな化け物を飼っていると表現していたのでしょう。
他の作品の主人公のことですが、本作でも時折、川反の街から姿を現しております。




