55.
カタン、と薄く汚れのついた靴を下駄箱に詰める。
すると少し遠くからパタパタと足音が聞こえた。
すぐに足音の人物が下駄箱から顔をのぞかせる。
「ミクちゃん、おはよ」
いつもより語尾を省略してカオリが言う。私も「おはよ、カオリ。」と同じように返した。
今日はカオリは違うクラスから手伝いを要請されたようで、一緒での朝の登校はなしになった。
いつも通りゆるく巻かれた髪。色素の薄いカオリの髪は陽の光で透けたように見える。天使の輪のように結んだ髪の艶を、風が吹いて壊した。
私はカオリの隣に並んで、教室へ向かった。
廊下を歩く途中、カオリも私も何も口に出さなかった。
私とカオリの間に静かな沈黙が訪れる。
あれから、カオリは明らかに元気がなくなった。学校を休むことはないけれど、あの時の瑠夏の言葉を気にしてるようだった。何も知らないカオリの友達たちも、いつも通りカオリに話しかけるし、カオリもいつも通りを装って話返すけれど、その背中はずっとずっと小さくて脆く見えた。
亜美たちも、あれから変わらず欠席が続いている。ネットの様子は、段々と新しい情報が出なくなってきたせいか、亜美たちのいじめを批判するコメントも一気に減っていった。どうせ、正当な理由をつけて正義の名のもとに石を投げたいだけの自分の欲望を晴らしているような奴らだけだ。味のしないガムなんて興味がないんだろう。
階段の数段先を、カオリが進む。
風も吹いていないのに、カオリの髪がさらりと流れた。
「カオリ!」
一瞬だけ、このままカオリが落ちていってしまうんじゃないかと思った。反射的にカオリの制服の首元を掴む。
カオリは、薄い笑みを浮かべて振り返った。
「どうしたの?」
口の奥で、奥歯を噛んだ。
私はカオリに向けて首を振る。「待って」と声をかけてカオリの隣に並んだ。離さないように、私から手をつないで。
今のカオリに何か言うこともできなくて、私は拳を握った。
私が、カオリにとってのハクのようになれたらいいのに。




