52.
「最低でごめんね、」
ポタリと雫が私の手元に落ちた。
「ずっと苦しかったんだ。轢いたのはお父さんだって知ってるけど、みんなと話すときも私はみんなと同じように暮らしていいのかって。人の命奪ってまで。」
いつもと違った声だった。飾りについてない真っ白な紙みたいな声。
お母さんとお父さんが轢かれたのは、香織のお父さん。一瞬だけ、気持ち悪いものが胸を擦った。それを無視しようと思ったけど、私には無理だった。
顔を覆う香織を私は押し倒した。肘に痛みが走ったが関係ない。腕を押し付けた香織は私の名前を呼んで困惑したように痛みで顔を歪ませた。目尻の端から涙が伝っていた。
「誘拐犯でも、私のお母さんとお父さんはちゃんと私の親なの。」
目を一度大きく開いて、香織は苦しそうに目を閉じた。
諦めたような顔。
私は続けて話した。
「だけど、香織は二人を轢いてない。香織は悪くない。」
香織は驚いたような、脱力したような顔で私を見た。いつもより素朴な目元。息継ぎをするみたいに、何度か口を開いて私にしがみつく。
「だけど…」
私は香織の言葉を遮った。
「だって、お父さんが人を殺したから香織も悪いなら、私だって悪くなるでしょ?私の親は誘拐犯なんだから。」
香織はひっと喉の奥が鳴って顔を手で覆った。
私も落ちた髪をすくう。直線上にかかった影は香織を真っ二つに割った。顔の凹凸に合わせて歪んでいる。
「私だって、きれいじゃないよ。香織が思ってるみたいに優しくもない。亜美たちが学校に来なくなって、精々した。クラスの子たちが話しかけてくれるようになって、このまま学校に来なければいいのにって。なんなら、死んじゃえばいいのにって思った。最低だよ。」
胸の中にあった、巣食っていた汚い感情。それを香織になら伝えてもいいと思った。
ふは、と腕の間でカオリが笑った。
カタカタと机がゆれる。静かな教室に少しだけ日が差した。
「私たち、最低同士だ。」
カオリは私の背中に腕を回して、私を引き寄せるみたいに起き上がった。私もカオリの首の隣に埋めるみたいに顔を寄せる。甘いマスクみたいな匂いがした。




