44.
今日も、亜美たちは来なかった。数日経ってあの投稿も少しだけ落ち着いたように思えたが、変わらずコメントは何件も押し寄せ、クラスの雰囲気も変わらないままだった。
「ちょっと、それ先生にバレるって!」
「制裁だ制裁!」
ガタガタと机と椅子が倒れるけたたましい音が教室に響く。一人の生徒が瑠夏の机の中に入っていたアイパットを床に落とした。床にアイパットが触れた瞬間、鈍い金属音と共にノイズのかかったラジオのような、大きな笑い声が空を裂いた。
「割れたんじゃない!?」
「やばいって!」
「壊れててもあいつらが弁償するからいいだろ。」
気持ち悪い。私は耳を塞いだ。ほんのりと籠もった空気が熱を浴びる。
あのときのように私に謝ってきたクラスメイトたちも笑いながらそれを眺めている。私は目を細めた。視界の上に覆いかぶさるまつ毛は目の前の景色の彩度を落とす。
冷たく冷えた朝の机の上を肘を滑らせ、胸を当てるように私は机の上で寝そべった。夏の日焼けの残った指の隙間から防ぎきれない音が忍び込んでくる。私は腕の中に顔を埋めて目を閉じた。
「なんでそんな顔してるの?」
ふと、隣の生徒が私に向けて声を発した。私に向けられたものだと思わず、少しだけ反応が遅れてしまった。
顔を上げて、乱れた髪を手である程度整える。
名前は分からない。短めの髪を揺らして私の方へ首を曲げている。逆光で、肌が薄暗くなっているが、まだ真っ黒に顔が塗り潰されていなくて目が緩んだ。
「なんでって?」
「だって、今までいじめてたやつが学校に来なくなったんだよ?いいことじゃん?」
首をかしげる生徒の黒髪が、移るように顔へインクのようにもやが滲んでいく。
私は何か口を開くこともできず唇を横に結んだ。少し乾燥した唇が引き伸ばされて痛む。胸の奥の奥の方でむず痒いものが息吹いた。
「嬉しくないの?」
隣の生徒は、私が答えないのを不審に思ったのか、さらに私に話しかけた。
肌が粟立った。頬の横を冷たい風が通り、乾燥したウッディな風は私の胸を透かす。
嬉しい。
風のせいとは違う。ふと、それは一瞬で、私は腕の傷もさらうような胸のすく気持ちに気づいてしまった。
顔が、途端に熱くなった。胸のあたりはスカスカで冷たいのに、ざわざわと何かが私の体に根を張るように肌が突っ張る。
キーンと耳鳴りのする、バグの起こった鼓膜に、また斜め前から机の蹴る音が触れた。ガチャガチャと雑音が騒がしい教室の中で私の耳にしっかりと届いた。
真っ黒に塗られ始めた生徒の顔は、白い線で輪郭線が描かれていた。その小さな瞳の中に映る私は、いつものように無表情じゃなくて、中途半端に口角の上がった顔は彼らのように真っ黒だった。
ハクの声が聞こえた気がした。




