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36.

 予鈴が鳴って、白は「ん、」と鼻にかかったようないつもより高い声を出した。

 「もう行かなきゃね」

 そう言って立ち上がる白を見上げる。ローアングルの白はいつもと違った顔に見えて、頭の天辺から足先までもが太陽を遮って影を落とすせいか、いつもより表情が硬く見えた。

 本をかがんで床から拾い上げる白を横目に、私も重い腰を持ち上げた。ずっと座っていたせいで少しだけ視界がふわっとしている。柵によしかかっていてゴキゴキと鳴る背骨をきれいに並べようと大きく伸びをすると、脇腹が少しだけ鈍く痛んで私はすぐに腕をおろした。

 腕をおろした先に白がいて、「いて、」と、白の頭にカツンとあたった。白は頭に落ちてきた私の拳を握ってぐるぐる回す。

 ふわりと秋の匂いがする。乾燥した空気に乗った木や葉っぱの深みに感じるウッディな匂い。白の甘い香りと混ざってさっぱりとした匂いが鼻を通って肺に満ちた。

 「それじゃあ、先に行くね。」

 そう言って振り返った先で本の表紙をいじる白に手を振った。

 白は「またね」と飴を溶かしたみたいな声で片手を上げた。重い制服の裾は揺れないが、白の髪は軽々と風で持ち上げられた。ふわふわと髪を踊らせる白の顔は口をにいっと広げている。

 私は多分まだ手を振っているであろう白に心の中で手を振って屋上から出た。

 ガチャンッと金属がきしむような音が鳴ってドアが閉まる。ザラザラしたドアノブから手を離して私は手のひらをこすった。

 屋上から出てしまえばもうここは違う世界で、さっきの秋の匂いは残ってなくて鼻がほんのり冷たくなった。私は人差し指ですっと鼻を触った。窓から差し込む光はさっきよりも弱く見える。

 二年生の教室の前を通っていると、後ろから香織が「光虹ちゃん!」と私の名前を呼んだ。その声が思いのほか大きくて、一瞬だけ周りの生徒がこちらをちらりと一瞥した。

 背の低くて細い足を忙しなく動かしてこちらに駆け寄るカオリは小動物みたいで、ゆるく巻かれた髪が自身の走る勢いでふわふわと揺れている。

 私のもとにつくと走ったせいで乱れた前髪をさっさと軽く梳かして香織が舌を噛んで笑ってみせた。

 「文化祭の係何にする?裏方とかなら、衣装とか、小道具とか、あとシナリオ関係のもあるけど。あ、それとあれだ。ポスター作りとかも。」

 香織は指をパッと広げて一つ一つ曲げながらパクパクと口を速く動かした。

 「あー、私は裏方だったら何でも良いかな。香織は何が良い?」

 早口でまくしたてる香織に私が「何でも良い」と言うと、香織は「それが一番困るんだよー」と頬に垂れた髪を耳にかきあげた。香織はしばらく考え込んだ様子で言った。香織の薄い唇はいつもより濃く見える。

 「んー、じゃあ小道具かなー。一番楽そうだし。でも、やりたい人多いかも。もし人数的に無理そうだったら大道具のとこ移ろ。」

 「そうだね。あ、でもの前照明やりたい!とか言ってなかったっけ?」

 私は記憶の中に突っかかったものを掻い摘んで引っ張ってみる。

 香織は細いアーチ型の眉をぐっと寄せて不満のようなものをこちらに示した。

 「それがねー、照明なんかかっこよさそうだし楽しいかなーって思ってたんだけど、担当の先生があの怖い先生なんだよ。知ってる?林先生っていうんだけど。」

 「ああ、事務の先生だっけ?」

 香織はぐるりと目の玉だけ反時計回りに回して頭を振った。

 「いや、一年生の技術じゃない?だから多分いつもつなぎ着てるんだよ。」

 「あ、そうかも。そんな怖いの?」

 香織は下唇を突き上げて、目の端をぐっと指で引っ張って吊り上げた。いつもアーモンドを丸くしたような瞳をしているから、糸目のように目を吊り上げる香織の顔はなんだか面白い。

 「そうだよ。皆怖いって言ってる。この前なんてクラスの子が忘れ物しただけでブチギレてたもん。理不尽だよ。」

 香織がパッと手を離すとまたいつもの丸い水晶みたいな瞳が窓から差し込む光を円を描くように反射した。

 「ん、そろそろ時間やばいね。光虹ちゃん、またね。」

 下唇を軽く噛んで笑みを浮かべる香織に、私は左手を上げて別れを告げた。

 窓からパリッとした風と共に秋が運ばれてくる。あながち屋上もここもあまり変わらないのかもしれない。


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