34.
足をチクチクと刺してくる草木を避けながら、私はミサキさんの隣であぜ道を歩いた。段々と後ろから夜が迫って来て、目の前に長い影を敷いていく。
ミサキさんの軽い服の裾が冷えてきた風によってサラサラと揺れる。
声を出す必要は無いように感じて、私はミサキさんの背中をぼんやりと眺めながら空を飛ぶ虫を手で払った。私の胸とミサキさんの背中の間に虫の声が染み込んでいく。でもその静かさは肌に馴染んで心地よかった。
すぐに四角い石の並ぶ墓がずらりと並ぶ墓地へと到着し、ミサキさんは迷う様子もなく進んでいく。時間がなくて花も何も用意できなかった空っぽの手をさわりと握った。だけど多分、添える花もわからなかったと思うから、結局はいいと思った。
ミサキさんの立ち止まった先に、お母さんとお父さんの名前が刻まれた真っ黒の墓石があった。こじんまりと佇む墓石は、細かい石が詰まってできていた。華を添える銀色の入れ物も、手入れがされていなくて枯れた草や雨が溜まって濁った水の上に虫がプカプカと浮かんでいた。地面に敷き詰められた石も汚れていて、間から草が生い茂り自然と一体となっているようだった。
葬式に出ることは出来なかったけれど、目の前の墓石を見たら、二人は死んだんだと改めて実感させられた。腑に落ちなかったハマらないパズルのピースみたいなものが、カチリとハマる音が胸のそこで聞こえた。でも、特に悲しいとは思わなかった。
墓石の前で、何もせずに、しばらく呆然と立っていた。やっぱり体中の水分が全部抜けきったのか、身体がないみたいに身体の重みを感じなかった。ふわふわした頭の中で、私はどうしてかミサキさんに尋ねた。鼓膜にカエルの喉を膨らませる声がトントンとシミを拭き取るように触れてくる。
「ミサキさんは、お母さんとお父さんを憎んでないの?」
なんでそのことを聞いたのかわからないけれど、私は脱力しきった身体を動かさず、隣りにいるミサキさんも見ずに口を閉じた。ミサキさんも私と同じように特に何をするわけでもなく突っ立ったまま、少し考えるようにしてから言った。
目の前の黒い墓石が強い斜陽で照りつく。墓石は、黄色い西日で半分に割れていた。手入れのされていない足元には鬱蒼と雑草が生い茂っている。
「憎んでるよ。そりゃあね。」
空気を掠るような少しだけ割れた声。目の前の石は日差しを受けてテラテラと光った。その上を蟻が登っていく。蟻は私を見上げ触覚を動かした。
「だけど、彼らの親から謝られたことがあってね、その時、あの二人は子供に恵まれなかったんだって教えてくれた。」
ミサキさんは一歩墓の前に進んだ。乾いた髪がサラリと揺れる。草の匂いがすんっと鼻をかする。
「だから何だってわけじゃないけど、多分、愛を注いで育ててくれたんだろうなって。わからないけど。子供をなくす気持ちはわかるけど、子供が出来ない気持ちはわからないから。」
ミサキさんはペットボトルに入った水をパシャリと墓石の上からかけた。乱暴ではないけれど、かといって丁寧な素振りではなかった。黒かった墓石は水をかぶって更に色が濃くなり、尾びれを引く水滴は西日に照らされて光を帯びた。つながった線は、気づけばちぎれていった。
「栞って名前、皆を導けるような人になれるようにってつけたんだ。」
空になったペットボトルから落ちていく残りの雫を見つめながら、ミサキさんは言った。しっとりした声だった。
私も一歩前に出て、墓石を見つめた。雫のこぼれた跡がほんのりと残っている。鼻に残った空気をふっと吐いた。
「光虹は、雨上がりの虹みたいに輝いて、七色の光のように色んな可能性を込めてつけられたんだって。」
ミサキさんは残らずペットボトルの水滴を取り出そうと、容器を振った。少しだけ遅れて雫が落ちていく。透明なペットボトルは内側に張り付いた水滴で光を曲げて、周りの景色の色を全部取り込んだ。
「いい名前だね。」
ミサキさんは振り返らずに、まるで独り言みたいな小さな声で言った。
その後姿は、私と同じくらいの大きさをしてた。目を閉じて、手も合わせずにそっとお母さんとお父さんにさよならと言った。
長い挨拶は今は必要ないと思った。これからは来ようと思えば来れる。
気づいたらミサキさんはこちらを振り返っていて、ぽんと私の頭をなでた。ミサキさんが手を動かすたびに私の髪が顔へと落ちてきた。
「帰ろう、ミク。」
綿あめみたいな声。その声はすぐにシュワシュワと肌を立てながら溶けていった。
二回目。でも今度は、”私”を呼んでくれた。




