25_2周目の詩の作成4月
冷え込む学園都市シュトラッセにも温かい日差しや柔らかな風が吹くようになった。
こうなるといよいよ、金組では詩の発表の時期になる。
私はやっぱり自分で詩を書くつもりだったのだけれど、一応声をかけておくべき存在がいる。
「クロ―ヴィス!」
石畳の渡り廊下を歩いていたクロ―ヴィスを見つけて私は声をかけていた。
彼は相変わらず周囲の取り巻きになりたい人たちを無視して歩いていたけれど、流石に幼馴染みの声には反応してくれた。
今回のクロ―ヴィスはまだアリアを知らない。
初授業の時に前回の失敗で学んだのか、アリアが口をはさむことが無かったからだ。
「ちょっと、あなた達控えてくださる? 私はクロ―ヴィスと話をしたいの」
侯爵令嬢からはっきりと邪魔、と言われてしまえば他の生徒たちには反論の余地などなかった。
クロ―ヴィスにしても他人に付きまとわれることは不愉快だったのか、特に止める様子もなく、ただ意外そうな目で私を見ていた。
渡り廊下から2人で並びあって歩きながら、私はクロ―ヴィスの顔を見上げた。
魔王、なんていわれる通り人間味を感じさせない整った横顔、冷たい紫の瞳は威圧感と同時にカリスマ性を持っている。
なによりも、この国の初代宰相の肖像画と彼はそっくりなのだ。
そのせいでクロ―ヴィスは子供のころから過剰な期待を背負わされた。 特に詩に関して、彼が苦手だということを周囲は絶対に許容してくれなかった。
「あなた、詩の発表どうするのよ。 私やオルフェは知ってるけど……」
「どうにも。 提出してふざけていると言われるか、無視をして赤組に編入されるかだ」
クロ―ヴィスはやはり冷たい口調で現状を伝えてきた。
詩が力を持つこの国で初代宰相の直系子孫である彼が詩を苦手としているなんて表立って言えることではなかった。 それは彼の実家の権威を傷つけることでもあるし、何よりもクロ―ヴィス本人の自尊心をいつも傷つけてきたことだ。
クロ―ヴィスが合理主義者になったのも元をただせばそんな理由。
生まれ変わりに違いない、という決めつけで人生を縛り付けられることをクロ―ヴィスは受け入れなかったのだ。
「……ゴーストライターは使わないのよね」
「当たり前だ。 自分以外の作品で評価をされても意味がないだろう」
クロ―ヴィスは一度溜め息をついてから、私の顔を見つめた。
本編ではロベリアはゴーストライターを雇っていたから、お前はやるのか、という意味合いかもしれない。
けれど彼はすぐに視線をそらして、空をまっすぐに見上げた。
塔に囲まれていても学園の空だけはどこまでも広く、そこに飛行船が飛んでいくのが見えた。
「詩が力を持っている、などおとぎ話だ。 仮に力を持っていたとしても、それは個々人の才能に頼った汎用的ではない力だ。 個人の英雄が世界を変える時代はとうに終わっている……この国の在り方はあまりにも時代遅れなのだ」
クロ―ヴィスが語る思想を私は知っていた。
本当ならこれは1年目の年末にアリアに告げられる言葉だったのだけれど、元々オルフェウスとロベリアは幼馴染みでクロ―ヴィスの思想をよく聞かされていただけに今も口にしたのだろう。
「けど、あなたの思想は極端なのよ。 今日まで信じていたことを明日から捨て去るなんてそう簡単にできることじゃないわ」
「それをやらねばこの国は列強によって淘汰される」
「……この国の軍事態勢が旧来然なことくらい、私だって知ってるわよ」
私が言った内容にクロ―ヴィスは一瞬目を見開き、顔を向けた。
ロベリアがそんなことに興味を持つはずがない。 そう言いたげな顔だけれどその通り。
国内の軍事情勢がよくない、というのは続編の2作目で明かされる内容。
貴族以外士官になれないという体制だから実力を持った士官ではなく、やる気のない貴族の子弟たちが名ばかりの将校になっているせいで軍は腐敗しきってしまっている。
それが原因で2では侵略を受けて学園が孤立してしまうシーンもあるのだけれど、それは今よりずっと後の話だ。
「驚いたな、お前が軍に興味を持っていたとは」
「オルフェはじきにこの国の宰相になるのよ? 今の諸外国なんてどこも領土を広げようとしている野獣ばかり……国を変えなければ今後が危ない、というのは分かるわよ」
「……ロベリアが、そんな風に考えていたとは今まで一度も考えたことがなかったな」
言いながら、クロ―ヴィスはその冷淡な眼差しでまっすぐに私を見ていた。
まだ確証がないから私がロベリアでない、と言い切れないけれど、確実に自分が今まで見てきたロベリアではなく、対等に話をできる相手として私を見ていることが分かった。
「赤組に編入なんてされたら国を変えるどころじゃないわよ。 ちゃんと詩を用意しておきなさい」
私はそう言い切るとまだ何かを話そうとしていたクロ―ヴィスを置いて、そのまま渡り廊下の先へと進んでいった。
今はこれで十分だ。 焦りすぎればクロ―ヴィスは確実に私が異世界の人間であることを看破し、それを引き金にアリアへも興味を持ってしまう。
今はロベリアがただの愚かな貴族令嬢ではなく、オルフェウス同様にクロ―ヴィスにとって有意義な意見の交換相手足り得るという事実だけを与えておけばいい。
「……これ、クロ―ヴィスが合理主義者なおかげよね」
攻略時にはクロ―ヴィスの恋愛感情が理解できない性格のせいでめちゃくちゃ苦労した。 そう、めちゃくちゃに。
誕生日プレゼントに手作りのクッキーを送れば受け取り拒否、恋愛感情をにおわせた選択をすれば即座に好感度ダウン……2年目に入りクロ―ヴィスが心を開いてくれるまではとにかく、従者か何かのように彼を肯定しつつパラメーターをあげ続けなければ話もできないような男だった。
その性格が今や救いとなっているなんて想像できなかった。
クロ―ヴィスにとってロベリアは苦手な幼馴染み。
親戚のジズ様はクロ―ヴィスにとっては優しい兄弟のような人で、オルフェウスはよき競争相手だけれど、癇癪持ちで傲慢で勉強嫌いなロベリアはクロ―ヴィスにとって喧嘩さえする価値のない相手、といった具合で恋愛イベントで出てきた時も、すごく苛立った対応をしていた。
その印象を覆すのならロベリアのままでいる必要はない。
彼に対して、私は奈々として持ちえる知識を総動員していく必要がある。
ぐっと拳を握って気合を入れ直すと、私は自分の詩を作るために図書館へと向かっていった。




