24_やり直しの4月
汽車から降りると私はオルフェウスと離れる前に声をかけた。
「ねえ、今年から金組に平民の子も入ることになったんでしょう?」
「らしいな……試験的な導入とはいえ、他の生徒も戸惑ってるだろう」
「……親切にして差し上げましょう。 きっと不慣れでしょうから」
オルフェウスは驚いた表情を浮かべて私を見ていた。
そうでしょう、ロベリアはそんなことを口にするキャラじゃないから。
多分、オルフェウスは戸惑いを自分の中で消化できない、かといって他の生徒はまだ大して仲良くないし、そもそもロベリアとの接点も薄いからオルフェウスの違和感を共有できる相手は――クローヴィスただ1人。
クロ―ヴィスは2年目に入り、アリアへの恋心を抱くまでは合理主義で機械のような男だから……おそらくはまた私がロベリアじゃないことに気付く。
そして、ロベリアではない私が彼にとって利益をもたらす存在だと分かれば、クロ―ヴィスは絶対に私に対して関心を示すはずだ。
……本音を言うなら、アリアを見つけて女子談話室まで連れていき、オルフェウスとの出会いを潰してやりたい気もするけれど、それをやればアリアはまたロードしてやり直すのが目に見えている。
こっちはスキップ機能もないのだからとにかく今は表立った問題を起こすべきじゃない。
とにかく水面下で好感度を稼ぎ、表面上はまるで1周目のことなんて覚えていない――アリアだけがもう一度やり直していると誤解させる必要がある。
だから私は前の通りにジズ様と出会って、女子談話室でアリアとの初対面を果たした。
分かりきっていたこととはいえ、オルフェウスから疑いの眼差しを向けられるのはきつい。
といっても、今回は事前に「親切に」と言っていたのがよかったのか、1周目の時より私の方へ心情が傾いていた気が僅かにする。
「オルフェウスは素直な正義感の持ち主だから……彼には私の事を打ち明けられないわね」
優しくて誠実なオルフェウスはだからこそ、ロベリアとの婚約破棄が最終盤まで行えなかった。
責任感があるから家のために婚約を破棄できず、けれど最愛の相手となったアリアを守るために行動をとっていく、その姿はゲーム内で見ていた時に思わず泣いてしまうくらいかっこよかった。
「……待てよ」
オルフェウスのルートでグッドエンドを取る条件は、12月にロベリアがアリアを刺して殺人未遂イベントが発生することだ。
そのイベントが発生することでオルフェウスは正式にロベリアとの婚約破棄を行うことができる。
逆にいうとロベリアとの婚約破棄イベントを発生しない場合のエンディングはイフエンドの駆け落ちか、バッドエンドのお別れしかない。
流石に私はアリアを刺すつもりもないし、アリアは駆け落ち狙いをするしかない……。
「つまり、私は常にオルフェウスの好感度を高い状態にしておかないと」
これはなかなかに難易度が高い。
オルフェウスの好感度は純粋に恋愛イベントをこなすだけではそんなにたまらない。
元々婚約者がいる、という設定的にも恋愛イベントだけでホイホイ新しい女に惚れるわけにはいかないのだろうけど、アリアが高いパラメーターを示し、試験やイベントで高評価を出すことによって彼の好感度がぐっとあがっていくのだ。
要するに、本来のシナリオとしては家の地位と財産にあぐらをかいた性悪女よりも努力家で一途なヒロインに恋してしまう、というものだ。
「私も勉強頑張っておかないとまずいじゃない!」
一気に跳ね上がった難易度に私は表情を引きつらせていた。
しかし、ここで諦める訳にはいかない。
逆ハーレムエンドのためにも気合を入れ直すと、私は早速中庭へと移動していった。
学園の中庭の片隅にある大きな木、この木は本当なら学園でいじめられ、クラスに溶け込めないアリアが泣きながら訪れる場所なのだけれど、今の私はロベリアだ。
私は木の幹にもたれかかると、ゆっくりと息を吐き出し、自分の顔に両手を添えた。
「溜め息なんてついて、どうしたんだよお嬢様」
頭上からかかった声に私が視線を上げると、予想通りそこにいたのはリーメイだ。
褐色の肌に人のいい笑顔を浮かべて木の幹の上に座っていた。
ここはリーメイの特等席でもある。
「なんでもないわ、いろいろあって疲れたのよ」
「ふうん。 まあ、こんな学校に来たの初めてだから俺も気持ちは分かるよ」
そう笑ってリーメイは身軽に木の上から飛び降りた。
攻略対象の中では唯一海外出身のキャラであるウォン・リーメイ。
東の大陸の果てにある大帝国央華からの留学生であり、豪商の息子……というのは表の顔。
本当の彼の役割は学園都市全域のスパイだ。
この国の中枢を担う人間たちとのパイプを作り、それと同時に国内の情勢、重要人物の子息のあらゆる情報を入手するのが彼の本当の役割。
「あなた……留学生?」
「そう、俺はウォン・リーメイ。 央華帝国の豪商の息子でね、金組の男子唯一の平民だよ」
「あなたが! 私はロベリア・ローベ・パトリスク。 金組の女子の級長よ」
私とリーメイは朗らかに談笑をしていたけれど、本来ならこの会話もあり得ない。
リーメイルートに入ると、ロベリアは「平民同士でお似合いね」と言ってリーメイにまで嫌がらせを行う。
そして、リーメイは自らのスパイとしての能力を総動員してロベリアの悪事全てを暴露し、彼女を退学に追い込んでいくのだ。
けれど、別にリーメイはロベリアを嫌っていたわけじゃない。
リーメイは女の子の味方。 3年前に流行病で妹を失ったせいでリーメイは泣いている女の子を見ると放っておけなくなり、彼女たちを笑顔にしてあげないといけないという強迫観念に駆られている。
だからこそ、泣いているアリアを見たときに妹と重なって気にかけるようになったのだけれど……あの女、どうもリーメイに気付いていないぽいのよね。
好きなキャラのルート以外は攻略しないタイプなのかな、なんて考えながら私は軽く伸びをした。
「ねえ、リーメイ。 そっちにオルフェウスとクロ―ヴィスて人がいるでしょう?」
「ああ、級長とその幼馴染みだろ? すっごいよな、あいつら、もう部屋に入った瞬間から喧嘩してんの! 2人とも真面目だから全然譲んないしさあ!」
「その2人ね、私とも幼馴染みなの」
「え? それじゃあ、ロベリアもすごいお嬢様だったんだな」
驚いた顔をして私をまじまじと見つめるリーメイは嘘をついている。
リーメイは入学前から主だった生徒を全員覚えていたのだから。
けれど私はそれに気づかないふりをして、木の幹から離れるとスカートの裾を軽く撫でた。
「今度いっしょにお茶会をしましょ? あなたにお礼もしたいもの」
「お礼? なんかしたっけ」
「落ち込んでるところを励ましてくれたから」
リーメイはまだ納得しかねているようだけれど、きっと最初の私の行動を落ち込んでいたと解釈したのか笑顔で快諾してくれた。
そう、ここは2周目の4月。 インクをかぶせられたロベリアのいない時間なのだから。
私はほんのわずかな寂しさを感じながらもリーメイに手を振って女子寮へと向かっていった。




