22_外出日
6月の初め、この学園に来て初めての外出日に校内の空気はどこか浮き足立っていた。
外出日、といっても門限もあるからシュトラッセから外に出ることはまずできないけれど、普段学園の敷地から出ることの無い生徒たちからすれば漸く訪れた息抜きの日に気分が浮つくのも理解出来た。
私はといえば、クローヴィスに言われた「ロベリアの立場」という内容にいくらか気落ちしていたけれど、折角シュトラッセを実際に歩けるのだからと気合を入れていた。
「ロベリア様、今度はどこに行きましょう?」
「少し休憩いたしますか? あちらによいカフェがありますわ」
当然のようにロベリアに着いてきたイライザとスザンナの2人を引き連れながら私は少し考えていた。
確か、ゲームではシュトラッセに初めて来たアリアが道に迷ってしまって、行き先で会える攻略対象が変わってくるんだったか。
私は少し考えてから今回はジズ様の元に向かうことに決めた。
「私、探している本があるのだけれど……本屋に寄ってもいいかしら?」
「もちろんですわ!」
サラウンドの双子の声を聞いてから、私は石畳を踏んで本屋へと向かっていった。
本屋の見た目もゲームの中そのもの。 緑の屋根に白いレンガの建物、黒い看板に銀色で店の名前が書いてある。
ガラスのはまった扉を開いて中へと入っていくとすぐにジズ様の姿を見つけた。
「ジズ様、ご機嫌麗しく」
「ああ、ロベリア。 あなたも本を探しに来たのですか?」
「ええ……ブランフールの画集が今日発売だったのを思い出しましたの」
「え! ブランフールの画集なら、これが最後で」
そう言ってジズ様が申し訳なさそうに自分が手にしていた包みを見た。
もちろん、今日のジズ様が何を買っているかなんてゲームでしっかり確認済。 テキスト確認のために好感度の上がらない買い物の内容まで全部選んでおいてよかったわ。
「まあ、そうだったんですか……では、今日は諦めます」
「あ、あの、良ければ今度お貸ししますよ」
ジズ様の反応はわかりやすい。 控えめで優しい人だからこそ相手が折れると申し訳なくなって善意の行動に出てしまうのがジズ様だ。
私は内心でガッツポーズを決めながらも、表面上では驚いた、というように自分の口元を両手でおおった。
「よろしいんですか? ジズ様にとっても大事な品なのでは……」
「画集ならいつだって見れますから。 それにあなたが僕と同じ絵を好きになってくれたらとても嬉しいです」
そういって微笑むジズ様の笑顔は背後に花のエフェクトが出てるんじゃないかと思うほど綺麗で、女の私が見とれてしまいそうになるくらいだった。
新規スチルごちそうさまです、と手を合わせたい気持ちになりながらも私はにこにことして話を続けていた。
「私、外に連れを待たせているんですがよければこのままカフェにでも行きませんか?」
「私が行ってもお邪魔ではありませんか?」
「むしろ、2人も喜びますわ」
ジズ様はロベリアとこれまでほとんど接点がなかっただけに悪女ぶりを知らずすんなり好感度が上がる。
オルフェウス、クローヴィスの対応とはまるで違う純粋にロベリアへ交換を向けてくれる態度に私は鼻歌でも歌いたい気分だった。
イライザとスザンナもジズ様が出てくると驚いたが、一緒にお茶をしようと誘うと飛び上がらんばかりに驚いていた。
カフェはオープンテラスになったゲーム内でも登場していた「金猫のミルク」にした。 ここでの会話によっては一度に好感度がぐっと上がるのだ。 ただし選択肢をミスると容赦なく強制帰宅なのでまったく好感度が上がらないこともありえるハイリスクハイリターンなのだが。
どこの席にしようか、と目線をさまよわせた先に見慣れた金色の髪を見つけて私は視線を注いだ。
そこにいたのはオルフェウスとアリアだった。
本当にオルフェウス狙い、この最初の外出日でカフェまで来れるてことはそれなりに好感度上げもしてたんだな、と逆に関心してしまった。
「ジズ様、それにロベリアたちも……お茶かい?」
オルフェウスの方でもこちらに気付いたのか立ち上がってにこやかに私たちに挨拶をしてきた。 ここ暫くでロベリアへの好感度も上がってきているし、オルフェウスの私へ向ける視線は4月の頃に比べてうんと優しいものになっていた。
で、アリアはといえば私たちの登場にあからさまに不機嫌そうに唇を尖らせていた。
ゲーム画面の前ならともかく、本人が目の前にいる状態でそんな顔をしてたら上がる好感度も下がるわよ、と思いながら私はにこやかにしていた。
「ええ、ジズ様と本屋でお会いして。 ゆっくりお話しましょう、てことになったの」
「そうか、俺はアリアと郵便局で会って案内がてら。 シュトラッセの街は迷いやすいからな」
そう、初回の外出日ではオルフェウスは実家に手紙を送るために郵便局に行っていた。 ゲームの本編では確か成績だとかロベリアの行動について家族に伝えてたんだけど、少なくともオルフェウスのこの反応を見る限り悪くは無いでしょう。
「ロベリアさんはオルフェウス様という婚約者がいるのに他の男の人に声かけてるんですかぁ?」
唐突に、アリアが割って入ってきた。
本当にこの女はろくなこと言わないな、と呆れながら私はアリアに視線を向けた。
王弟であるジズ様の手前、オルフェウスも椅子から立ち上がっていたのにアリアだけはカフェの椅子に腰かけたまま周囲を見上げていた。
「声をかけるもなにも、同じ組の友人なんですから一緒にお茶をするくらい普通でしょう」
「ええ〜? そうですかぁ? だってロベリアさんたらクローヴィス様にもしょっちゅう声かけてるし、この上ジズ様まで、なんて……あたしならオルフェウス様みたいに素敵な方が婚約者なら他の人なんて目にも入らないのに」
「クローヴィスは幼馴染よ、話くらいするでしょ。 第一、将来国家の中枢を担うオルフェウスの妻になるなら他人に目を向けてしっかり考えることも必要でしょう」
私が反論するとアリアはわざとらしく傷ついた、というように手を握って口元へやり俯いた。
この手口に引っかかる人間がいるなら逆に見てみたいけれど、これ以上何かを言ってもオルフェウスとジズ様の好感度が下がりそうだし、何よりも無駄だろうから私は少し離れた位置の席に向かった。
それに逆ハー狙いなのは本当なだけに反論しきれない。
「ジズ様、どうぞおかけになってください」
「え、ええ……あの、私のせいですみません」
「お気になさらないでくださいな」
「そうですよ! ジズ様……あの子、アリアはすごく無礼なんですよ」
「入学したばかりの時からロベリア様を目の敵にしてて」
ゲーム本編なら根も葉もない噂を広げてる図なんだけれど、今回の場合アリアの中身がアレなせいで根も葉もあるのよね、と苦笑しつつ私はミルクティーを注文した。 これはジズ様が好きな飲み物で、同じ飲み物を選ぶと好感度が上がるからだ。
「試験的に平民が金組に入ることになったから、彼女も緊張してるんでしょう。 そんなに気にすることじゃないわ」
私がイライザとスザンナの言葉を止めると2人は少し不満げにしたけれど、ジズ様の方は逆に安心したような顔をした。
兄弟間の骨肉の争い、というトラウマを抱えるジズ様の前ではことさら私は寛容な態度をとる必要がある。 争う気なんてないのよ、あの子も悪い子ではないのよ、と思ってなくても口にすることで好感度があがるのなら安いものだ。
「ロベリアはとても優しいんですね」
「そんなことありませんわ。 ただ、私だってきっと同じ立場なら緊張して空回りそうですから」
「そうですね……けれど、相手を思いやれる方はとても親切な人ですから」
そういってジズ様はまたはにかむような優しい笑顔を向けてくれた。
好感度アップの手応えと、その可憐な表情とに私は内心で祈るような姿勢をとりながら、上品に微笑みを浮かべた。
ふと、物音が聞こえたので視線を向けるとオルフェウスが立ち上がっていた。
そうか、今回はチュートリアルみたいなものだからカフェでの会話は長引かせられないんだ、と思い出しつつ挨拶をしてから戻ろうとしたオルフェウスがこちらに近寄ってきたので私もにこやかにした。
「それじゃ、俺たちは先に戻るよ。 アリアを女子寮まで送っていかないと」
「オルフェウスも気を付けてくださいね」
「ジズ様、ありがとうございます」
にこやかにオルフェウスがジズ様へとお辞儀をしていると、アリアが不意に私の側に近寄ってきた。
なんだろう、まだなにか言いたいことでもあるのか、と思っていた直後、アリアは私の前に置いてあったミルクティーを思い切り自分のワンピースへとかけてグラスを床にたたきつけた。
「きゃあ! ろ、ロベリアさん……ひどい……」
唖然としたのは私とイライザ、スザンナだ。
やられた、今オルフェウスとジズ様はお互いに視線を向けていたから私とアリアのことは見えていなかったはずだ。
油断していたとはいえ4月にも同じことをやられたのに、と私が唇を噛み締めていると、ジズ様が立ち上がった。
「ロベリアはそんなことをする人ではありませんよ」
そう言って、ジズ様はハンカチをアリアへと差し出した。
優しい彼がこうもはっきりと他人の意見を否定することは珍しい。 私の方が驚いてしまって言葉を失っていたが、アリアは両手で顔を覆った。
「そんな、あたしが嘘をついてるとおっしゃるんですね……」
「え、い、いえ、そういう事は……」
ああ、クローヴィスと違って他人の心に寄り添うジズ様には泣き落としが通用する。 けれど、今度はオルフェウスがため息をついた。
「アリア、俺も今のロベリアがそんなことをするとは思わない。 もしかしたら手がすべってグラスを落としたのかもしれないが、それは悪意あっての事じゃない。 寮まで送るから、帰ろう……そのままでは風邪をひいてしまう」
明らかに、オルフェウスがロベリアを擁護している。
ゲーム内ではありえない事だったのに今はそれが当たり前かのようにオルフェウスは真面目な顔でアリアを見つめていた。
これは決定打だ! アリアはオルフェウスから明確に嫌われた。
いくら好感度の回復ができるとはいえ攻略対象から率直に信じていない、と言われるのは相当なダメージのはずだ。
「オルフェウス様……」
「早く行こう」
口調こそまだ丁寧だけれど、オルフェウスはもうアリアと視線も合わさず先に歩き出していた。
私は胸がすくような心地で2人が立ち去るのを眺めていた。
これでアリアはオルフェウスを諦めてくれるかしら、なんてことを考えながら私は微笑んでいた。




