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ピカレスク・ロマンス  作者: 行雲流水
19/28

18_姉の歌

クローヴィスの冷たい紫の瞳が真っ直ぐに私を見下ろす。

普段ならロベリアとしてどう振る舞うべきか考えるけれど、今の私にそんな余裕はなかった。


「離して、今は1人になりたいの!」

「あの女の、アリアの演奏が癪に障ったのか」


クローヴィスはただ真っ直ぐ私に問いかけてくる。

手袋に包まれた指は細いのに、力を込めてもまるで手を離してくれない。

私はもう泣きたい気持ちの方が勝ってしまい、ぐ、と唇を噛みながら顔をうつむけて、そのまま嗚咽をこぼしていた。

クローヴィスは私の肩に手を添え、静かな口調で告げた。


「ロベリア、何が気に食わない。 普段のお前ならば癪に障るならばあの女を張り倒していただろう。 なぜ、逃げ出した」

「そ、れは……」


怒りの理由を説明できない。

お姉ちゃんも、お姉ちゃんが作った歌も、あの歌のために作った動画も、なにもかもこの世界にはない。

私はボロボロと泣きながらクローヴィスの濃い紫の礼装を握りしめて、そのまま首を左右に振った。


「クローヴィス、今から言うことは絶対誰にも言わないで! 私を、狂ってると笑わないで……お願いっ」


もはや、私にはロベリアの仮面を被り続ける余裕さえ無くなっていた。

私は悲鳴のような声を上げてクローヴィスを見上げた。


「あの曲は、お姉ちゃんの作った歌よ! 歌詞だって、あたしが書いた! あ、あれは、あの曲は、お姉ちゃんがはじめてミリオン再生を突破した歌なの!」


ロベリアに姉はいない。

侯爵家の一人娘として生まれ、溺愛されて育ったロベリアがこんなことを言ってもまともに考えればアリアを追い落とすための嘘に過ぎないと思われる。

けれど、クローヴィスはただ静かに頷いて私の背中を撫でてくれた。

その温もりに流されるように、私は泣きながら10年前、お姉ちゃんがはじめてミリオンを達成した、と大喜びしていたのを思い出していた。


10年前、姉はある動画サイトで音楽をアップロードしていた。 最初のうちは私や姉の友達の数人だけしか聞いてなかったけれど、作曲に慣れてきた姉の曲は徐々に人気を増していき、はじめてミリオン再生を突破した後には固定のファンも着くようになっていった。

最初のうちは私もお姉ちゃんもただ楽しくて、曲を作ったり、歌詞を書いたりしていたけれど、次第に無断で楽曲を別サイトにアップロードされることが増えていった。

そして、お姉ちゃん以外の人が「私が作った歌なの」といって勝手に曲を売り始めた。

やめてほしいとお姉ちゃんがどれだけ頼んでもネットの海は広くて、お姉ちゃんの言葉はどんどん届かなくなっていった。

決定打になったのは動画サイトで人気の歌手が、「作曲してくれた人から直接歌をもらった」といって配信した歌がお姉ちゃんが身内向けのサークルで作った曲だったのだ。

お姉ちゃんは当然、その曲は自分のものだと言って歌手の人もすぐに配信を止めてくれたけれど、その周りは酷かった。

何日もメールボックスやサイトには罵詈雑言が届いて、姉はサイトもサークル活動も全部やめ、作曲もやめた。

毎日笑いながら曲を作って、今度の曲はこのコードがかっこいいんだ、新しい音声ソフトを買うためにバイトのシフトを増やした、と言っていた姉から作曲の楽しみを奪い取った人達が当時の私は憎かった。

けれど、その誰も彼も顔も知らない誰かでしかなかったし、私も姉も何も出来なかったけれど、今こうやって目の前でお姉ちゃんの曲を我が物顔で演奏するアリアに私は悔しくて悲しくてたまらなかった。


吐き出すように泣き出す私の背中を撫でながらクローヴィスは静かに目を伏せた。

クローヴィスは愛を理解しない。 感情という非合理的なものを嫌う。

けれど今、クローヴィスは静かな決意を持って私を見つめていた。


「あの曲は歌だった、と言ったな」

「……そうよ、歌詞を書いたのはあたし。 今だって覚えてる、あの歌は……お姉ちゃんが1番好きだったの」

「ならば話は早い。 今月の詩の発表はその詩を読め」

「え?」


私は泣き腫らした目でクローヴィスを見つめた。

クローヴィスは決して冷やかしや適当な気持ちで言った訳では無いのか、しっかりと私の肩を両肩で掴み、見下ろしてきた。

黒髪が縁取る彼の整った顔の中で紫の瞳が爛々と輝いていた。


「読む順番はお前が先だ。 誰もがお前が盗作したのではないと証明してくれる」


淡々とした口調ではあるがクローヴィスのいう言葉はもっともだ。

相手よりも先に発表する。 それはいちばん簡単な自分の作品だという証明になる。


「後は私も援護をする、お前のやりたいようにすればいい」

「どうして……手伝ってくれるの」

「なに、あの女が気に食わないだけだ」


そう断言するとクローヴィスは私の手にハンカチを渡して、そのまま廊下から中庭の方へと向かっていった。

クローヴィスの背中を見つめたまま、私は静かに……10年前に作り上げた姉との歌を思い出していた。

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