11_部活
学園モノの乙女ゲーというのは大抵が部活やアルバイトというのを選択するイベントがある。
『太陽の詩』では登場人物のほぼ全員が貴族ということもあってアルバイトイベントはないのだけれど、その代わりに部活イベントが恋愛パートにおいて重要になる。
例えば、ジズ様を攻略するなら必ず文芸部に入っておいて1年目12月の部活イベントを回収しないと行けないとか。
クローヴィスなら科学部に入っているかいないかでイベントの内容がかなり変わる。
そして、メイン攻略対象であるオルフェウスとでは生徒会に所属していないと発生しないイベントが多い。
「……」
生徒会室の中で私は絶句していた。
1年の生徒会役員として書記になったオルフェウス、そしてその補助としてロベリア……それからアリアが生徒会に所属することになった。
しかし、アリアが当たり前のようにオルフェウスのすぐ隣の席に座っているのは意外だった。
ゲームのスチルでは1番左の席にオルフェウス、右手にはアリア、そして間に不機嫌な顔をしたロベリアがいるという構図だったのに、今はアリアが真ん中の席に座っている。
生徒会室での席順はそのまま家柄によって決まっている。
つまり、貴族であるオルフェウス、ロベリアの間に平民のアリアが座るということは有り得ないはずだった。
「アリアさん、そこ、あたしの席じゃない」
「……オルフェウス様、私、こちらの席ではダメですか?」
唐突に話を振られたオルフェウスは少し考えるようにしてからアリアへと視線を向けた。
どんな対応をするのか、私は固唾を飲んで見守っていた。
正直な話、ロベリアはオルフェウスと婚約関係にあるとはいえ性格面では相性が悪くてオルフェウスはロベリアを避けている節があった。
もしかしたら彼の方から距離を取りたいという理由でアリアの申し出を受け入れるかもしれない、という疑念が僅かながらにあったのだ。
「アリア、席順は学園の決まりだ。 君の席は右だよ」
「で、でも……」
少し意外ではあった。
けれど今回ばかりは理屈が私の方にあるのだから退る必要は無い。
「でも! ロベリアさんはなにも手伝ってくれませんよ!」
アリアはなおも食い下がるように言い切った。
確かにゲームの中のロベリアはなにも生徒会の仕事を手伝わない。 そのせいで1年目の文化祭直前にはオルフェウスに叱り付けられるイベントまであるけれど……それは結果論だ。
「まだ生徒会に入ったばかりで分からないだろう。 アリア、君は少しロベリアを誤解しているんじゃないか」
「ッ…………」
肝心のオルフェウスの心象を損ねた、と判断したのかアリアはぐ、と唇を噛み締めて項垂れた。
いい気味、と私は少し胸のすく思いをしながら真ん中の席へとつくと真新しいノートを開いた。
「名簿を作るのよね、金組の女子だけでいい?」
「ああ、男子は俺の方でやるよ。 これが原簿だ」
差し出された生徒原簿には生徒の名前、家柄、成績がぎっしりと書き込まれていた。
この原簿をまずは家柄の順に並べていかなければならず、私はひとまず自分の原簿とアリアの原簿を抜き出した。
入学生の中で1番家柄の良い女子は無論ロベリア、そして平民であるアリアが最後に来るのは当然だからひとまず最初と最後を取り分けたのだ。
アリアはまだむくれているのか机に向かい合ったままじっとしていた。
ゲーム本編ならロベリアは「こんな雑事をどうしてあたしがやらなきゃいけないのよ! あなた、やっておきなさい」とアリアの机に原簿を投げ捨てるのだけれど、当然私はそんなことはしない。
伊達に考察本5冊も書いていない。
キャラならばモブに至るまで家柄から父親の仕事、母親の立場、嫡子か跡継ぎか妾腹か隠し子か、全部暗記している!
私が次々と原簿を分けているとオルフェウスは意外そうな顔をした。
「ロベリア、手際がいいんだな」
「そ、そう? 家柄は覚えているもの……あ、オルフェ! カズラル卿よりもヴァルト辺境伯の方が先よ」
「おっと………後で見直すつもりだったが、助かった」
並びのミスを指摘されるとオルフェウスはすぐに笑顔を浮かべて原簿を並べ直した。
そうだ、こういうミスの指摘はアリアにはできない。
ゲームのシナリオでは時間はかかってしまうけれど途中で出ていったロベリアと違って残ったオルフェウスとアリアの2人はお互いの頑張りを褒め合う、というものだけれどこの調子なら案外すぐに終わりそうだ。
すると、さっきまでむくれていたアリアが急に席に立った。
「私、インク壺と定規を取ってきますね。 名簿作りには必要ですから」
「ああ、そうだった。 ありがとう」
なるほど、着実に点数を稼ぐ方に移行したのか、と私は少し感心した。
確かにいま名簿作りに割り込むとしたら手伝いをする他ないし、オルフェウスはそういったささやかな努力も見逃さないから地道ではあるが好感度は稼げるものな、と考えながら私は原簿の並び替えにミスがないかと確認していた。
「きゃあー!」
妙に棒読みの声とともに、ガラガラと何かが落下する音。
そして、ビシャっという短い音ともに私の背中に冷たい感触がして私は椅子から飛び上がった。
「きゃあ!」
「ご、ごめんなさい、ロベリアさん!」
私は自分の頭から背中、そして足元に落ちていくインクを見て青ざめた。
こんな真っ白な制服に、アリアはインクをぶつけたのだ。
「インク壺の蓋がかたくって、力を込めたらすっぽ抜けてしまったんですぅ」
わざとらしく両手で自分の顔を覆って言ってるけど、口元が笑ってるのが私からは丸見えだった。
本物のロベリアならこんな相手すぐに引っぱたいて、怒鳴りつけて、そして、オルフェウスに「そこまでしなくていいだろう」と言われるくらいの仕返しをするんだ。
けれど、私はあまりの衝撃に言葉を失ってただ呆然と馬鹿のように立ち尽くした。
仮に、憎い相手がいたとして、好きな相手に振り返ってもらうためとして、私は見知らぬ誰かにインクを叩きつけるような真似ができるだろうか。
唇を震わせている私が怒り狂っているのだと誤解したオルフェウスは急いで私の肩に手を添えた。
「シャワーを、このままインクが渇くと髪が張り付いてしまう。 部屋まで送ろう」
「……オルフェ」
こんな状態のロベリアを1人で帰らすようなことをオルフェウスはしない。
けれど、私はどうせアリアがすぐに名簿の書き方にかこつけてオルフェウスを呼びに来るのが分かっていた。
今回は私の覚悟がぬるかった事が敗因だ、そう息を飲み込んで私はオルフェウスに視線を向けた。
「いいわ、1人になりたいの。 オルフェは名簿を作っておいて」
私はそういうと、もうオルフェウスの言葉も聞かないうちに急いで生徒会室を飛び出た。
そしてそのまま寮ではなく、塔の裏にある小さな林の方へと走っていった。
林にはいつも人がいない。
イベント以外でこの場所に攻略対象がくることもない、そう思って私は大声を上げた。
「あのクソ女ー! ムカつくのよー! 人にインクぶつけやがってぇえええ!!」
これまでの鬱憤をぶつけるかのように怒声をあげ、私は思い切り木の幹を殴り付けた。
殴った拳の方が痛かったけれど、今は怒りを紛らわせてくれるならば痛みでも構わなかった。
「うぉっ、すっげー拳だな」
意外そうな声に私はへ?と声を上げてから顔を上げた。




